テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Amazonの新型ロボット「Vulcan」が倉庫作業に“触覚”革命をもたらすか? 人間との共存への期待と課題

Y Kobayashi

2025年5月12日

EC最大手のAmazonが、ドイツ・ドルトムントで開催したイベント「Delivering the Future」において、倉庫作業用の新型ロボット「Vulcan(ヴァルカン)」を発表した。このロボットの最大の特徴は、AIを活用した「触覚」を備えている点にあり、これにより従来機では困難だった多様な商品のピッキング(棚からの取り出し)やストーイング(棚への収納)が可能になるという。Amazonはこの革新的な技術によって、倉庫内の作業効率と安全性が向上し、従業員はより付加価値の高い業務に集中できるようになると説明しているが、その一方で、自動化による雇用への影響を懸念する声も上がっている。

スポンサーリンク

“触覚”を持つロボットVulcan、その驚くべき能力とは?

Amazonが「ロボット工学における根本的な飛躍」と称するVulcan。その核心技術は、AIと連携した高度なセンサーシステムにある。 これにより、Vulcanは掴もうとする商品の形状、硬さ、さらには壊れやすさといった特性を「感じ取り」、最適な力加減で扱うことができるのだ。 従来の産業用ロボットが、主に視覚情報(カメラ)と吸引カップや単純なグリッパーに頼っていたのに対し、Vulcanの「触覚」は、より人間らしい繊細な作業を可能にする。

具体的には、Vulcanは2つのピンサー型グリッパーの先端に内蔵されたコンベアベルトと、商品を押し動かすための尖ったプローブ(探査針)を駆使する。 Amazonによれば、このロボットは倉庫内に存在するアイテムの約75%を処理できる能力を持ち、人間と同程度の作業スピードを実現しつつ、最大で約8ポンド(約3.6キログラム)までの商品を扱うことが可能だ。 さらに特筆すべきは、Vulcanが経験を通じて学習し、より効率的に商品を棚に収める方法を自ら見つけ出す能力を備えている点である。 まさに、試行錯誤を繰り返しながら成長するロボットと言えるだろう。

この「触覚」と学習能力の組み合わせは、Amazonが「Physical AI」と呼ぶ概念に基づいている。 これは、AIが単にデジタルデータを処理するだけでなく、現実世界のセンサーデータを通じて物理的な環境を認識・理解し、適切に相互作用する能力を指す。 Vulcanは、このPhysical AIによって、これまでロボットには難しかった、雑多な商品が混在する散らかった状態の中での作業や、商品同士が接触する「コンタクトリッチ」な状況への対応能力を飛躍的に向上させた。

実際、Amazonの倉庫は、多種多様な商品が「シューボックスサイズの布製ビン」に、ある意味「擬似ランダム」に詰め込まれている状態であり、人間にとっては容易な作業でも、ロボットにとっては極めて困難な環境であった。 Vulcanは、こうしたカオスとも言える状況下で、AIが「bin etiquette(ビンの作法)」、つまり次にピッキングしやすいように商品を配置する術を学習し、さらに「visual servoing(ビジュアルサーボイング)」という、自身の動きをリアルタイムで監視・補正する技術によって、作業の精度と信頼性を高めている。

現在、Vulcanは米ワシントン州スポケーンとドイツのハンブルクにあるAmazonのフルフィルメントセンターで既に稼働を開始しており、2026年までには米国とドイツの他の施設にも順次展開される予定だ。 その稼働時間は、メンテナンス時間を除いて1日約20時間に及び、特に人間が作業しにくい棚の最上段や最下段といった場所での商品取り扱いにその真価を発揮すると期待されている。

なぜ今「触覚」なのか? Amazonの狙いと倉庫の未来

AmazonがVulcanのような高度なロボット開発に注力する背景には、深刻化する人手不足や人件費の高騰、そして絶え間ない効率化へのプレッシャーがある。同社は2012年にロボット開発企業のKiva Systems(現Amazon Robotics)を7億7500万ドルで買収して以来、倉庫の自動化に巨額の投資を続けており、現在では75万台以上のロボットが稼働しているとされる。

Vulcanの導入は、この自動化戦略をさらに加速させるものと見られている。Amazon Roboticsの応用科学ディレクターであるAaron Parness氏は、「Vulcanは、ロボットが世界を見るだけでなく、それを感じることを可能にし、これまでAmazonのロボットには不可能だった能力を実現する」と語る。

Amazonが目指すのは、単なるコスト削減だけではない。Aaron Parness氏は、Vulcanが倉庫内の作業効率を向上させ、職場の安全性を高め、そして従業員が身体的に負担の大きい作業から解放されることを強調する。 例えば、高所や低所での作業をロボットに任せることで、従業員はより快適で安全な「パワーゾーン」と呼ばれる中段の棚での作業に集中でき、結果として怪我のリスクを低減できるというのだ。

また、ロボットによるミスの削減も大きなメリットとして期待されている。Gartnerの専門家であるBill Ray氏は、「商品の返品は非常にコストがかかる。もしロボットが箱に入れる商品を間違える頻度を減らせるなら、それは直接的なコスト削減につながる」と指摘する。 Vulcanの「触覚」は、まさにこうしたヒューマンエラーの削減にも貢献する可能性がある。

さらに、IEEE Spectrumによれば、Vulcanの「ストーイング(収納)」能力について、人間の平均的な作業者よりも若干速いと報告されており、将来的には年間140億個以上にも上る手作業による収納作業の80%を、時速300個のペースで処理することを目指しているとされている。 このような具体的な数値目標は、Amazonがいかに本気で倉庫業務の変革に取り組んでいるかを示していると言えるだろう。

スポンサーリンク

人間の仕事は奪われるのか? Amazonが描く「共存」のシナリオとその現実

新型ロボットの登場は、常に雇用への影響という問題を提起する。Amazonは今回も、「Vulcanは人間を置き換えるものではなく、ロボットのメンテナンス、操作、設置、製造といった新しい、より高度なスキルを要する仕事を生み出す」と繰り返し主張している。 同社は2019年以降、35万人の従業員に対して12億ドルを投じ、新たなスキル習得のためのトレーニングを実施してきた実績をアピールする。

実際に、スポケーンのフルフィルメントセンターで働くKari Freitas Hardy氏は、ピッキング作業からロボットと協働する新しい役割に移行した経験を語り、「このような技術革新によってパワーゾーンで作業できるようになれば、日々の業務はずっと楽になるでしょう。多くの同僚が新しいスキルを身につけ、より技術的な役割を担っているのを見るのは素晴らしいことです」とCNBCの取材に答えている。 しかし、彼女自身は新しい役割で給与が増えたわけではないとも述べており、一方でAmazonは、同社のメカトロニクス・ロボティクス見習いプログラムの参加者は通常約40%の昇給があると説明している。

Aaron Parness氏は、「100%の自動化は信じていません。もしVulcanに全てのピッキングとストーイングを100%行わせようとしたら、それは永遠に実現しないでしょう。Amazonはそのことを理解しています」と述べ、完全自動化を否定する。 専門家も、現時点での完全自動化はコスト的にも技術的にも困難であるとの見方を示している。前述のBill Ray氏は、「最後の人間を取り除くことは非常にコストがかかり、破壊的だ。それは巨大な投資と途方もないリスクを伴うでしょう」とコメントしている。

しかし、こうしたAmazon側の説明や専門家の見解をもってしても、長期的な視点で見れば、倉庫内における人間の役割が縮小していくのではないかという懸念は拭えない。事実、ロボットは給与や休憩、組合結成の必要がなく、ノルマ達成のために不適切な行動を取ることもないことから、企業にとってのロボット導入はメリットが大きい。 また、GXO Logisticsといった他の物流大手も同様の自律型ロボットの導入テストを進めているという事実は、この流れがAmazon一社にとどまらない可能性を示唆している。

Vulcanが切り拓く未来:倉庫から家庭へ広がる「触覚AI」の可能性

Vulcanの登場は、Amazonの倉庫業務に留まらない、より広範な影響を持つ可能性がある。Aaron Parness氏は、「Vulcanはより人間らしい方法で世界と対話でき、これにより、顧客が支払うコストを削減し、商品を届けるスピードを向上させるために、自動化を活用できるプロセスパスが大幅に増える」と、そのビジネス機会の大きさを語る。

さらに重要なのは、Vulcanで培われた「Physical AI」や「触覚」技術が、他の分野にも応用される可能性である。Aaron Parness氏はIEEE Spectrumのインタビューに対し、「もし高い接触性と高いクラッターを処理できる科学技術を構築できれば、我々はそれをあらゆる場所で使うでしょう。それは倉庫からあなたの自宅まで、あらゆるものに役立つはずです。我々が今取り組んでいるのは、これらの能力開発を余儀なくされている最初の問題に過ぎないが、これがロボットマニピュレーションの未来だと考えています」と述べている。

これは、Amazonが単に倉庫の効率化を目指しているだけでなく、物理世界で自律的に活動できるAIプラットフォームの構築という、より大きな野望を抱いている可能性を示唆しているのかもしれない。かつてGoogleで検索エンジンの開発に携わった経験から言えば、AI技術の進化のスピードとその変革力は、しばしば私たちの想像を遥かに超えてきた。Vulcanが持つ「触覚」は、その新たなマイルストーンとなるのだろうか。

Amazonが描く「人間とロボットの協調」という未来が、どのような形で実現するのか、あるいは課題が顕在化するのか。Vulcanの今後の展開と、それが社会に与える影響を、引き続き注視していく必要があるだろう。一つ確かなことは、ロボットが「感じる」時代が、もうそこまで来ているということだ。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

「Amazonの新型ロボット「Vulcan」が倉庫作業に“触覚”革命をもたらすか? 人間との共存への期待と課題」への1件のフィードバック

  1. 「いやんばか~ん んふ~ん
    そこはおへそなの んふ~ん」
    「いやんばか~ん んふ~ん
    ゴマを取っちゃだめ」

    返信

コメントする