AIブームに沸く半導体業界で、意外な躓きを見せているのが韓国の電子機器大手Samsungだ。同社が野心的に推進してきた高帯域幅メモリ(HBM)事業が予想外の苦戦を強いられていることが明らかになり、皮肉にも、AI時代の主役を担うはずだったSamsungが、その座を他社に明け渡しかねない状況に陥っているのだ。
HBM生産能力、当初計画から大幅ダウン
韓国メディアZDNet Koreaの報道によると、Samsungは2025年末までのHBM最大生産能力目標を、当初の月産20万枚から17万枚へと15%も下方修正した。この動きは、同社のHBM事業が「不振」に陥っているという認識を如実に物語っている。
Samsungは2024年第2四半期までは、2024年末にHBM生産能力を月産14万〜15万枚に引き上げ、2025年末には最大で月産20万枚まで拡大する計画を立てていた。しかし、最新世代のHBM3E製品における品質テストの遅れや、主要顧客であるNVIDIAへの量産供給の遅延が影響し、その見通しは大きく狂った形だ。
業界関係者は「Samsungが最新鋭HBM設備への投資速度を落とすことを決めたと聞いている」と証言。「今後、NVIDIAへの量産供給が確定して初めて、追加投資の議論が進むだろう」と見通しを示した。容量ベースで見ると、Samsungの2025年末までのHBM生産能力は、当初計画の130億ギガビット後半から120億ギガビット程度に引き下げられたことになる。
技術的課題とNVIDIAとの提携の遅れ
Samsungの苦戦は、単なる生産能力の問題にとどまらない。同社のHBM3E開発プロセスは、低い歩留まりに悩まされており、これがNVIDIAとの提携を遅らせる主因となっている。
SamsungはHBM3Eの8層および12層製品について、NVIDIAの厳格な品質テスト(Qualification Test)をパスできていない状況が続いている。当初、同社は2024年第3四半期中にHBM3E 8層製品の量産供給を開始し、12層製品については2024年下半期に複数の顧客向けに供給を開始する予定だった。さらに、HBM売上高に占めるHBM3Eの割合を2024年第3四半期に10%、第4四半期には60%まで急速に引き上げる計画を立てていた。
しかし、これらの目標は、NVIDIAへの品質テスト遅延により、事実上達成が困難になっている。Samsungは最近、平沢キャンパスで実地調査(Audit)を完了するなど進展を見せているものの、確実な成果はまだ得られていない状況だ。
この状況を受け、Samsungは2024年第3四半期の暫定業績発表で「HBM3Eについては、予想に比べ主要顧客向けの事業化が遅延している」と公式に認めざるを得なくなった。
NVIDIAのような厳格な要求水準を持つ顧客を相手に、SamsungのHBM3E製品は熱問題や過剰な電力消費といった技術的課題に直面している。これらの問題は、AI市場で主導的地位を占めるNVIDIAの次世代GPUに採用されるという、Samsungの野心的な計画に大きな障害をもたらしている。
競合他社の台頭と市場シェアの変化
逆に、SamsungのHBM事業における苦戦は、競合他社にとって絶好の機会となっている。特に、SK hynixとMicronは、この状況を巧みに活用し、急成長するAI向けメモリ市場で存在感を高めている。
SK hynixは、SamsungがNVIDIAの要求を満たせない間隙を縫って、大量の製品供給に成功したと伝えられている。同社はHBM3E 12層製品の開発と量産で業界をリードしており、これがNVIDIAとの取引拡大につながっている。一方、MicronもHBM市場で着実に地歩を固めつつある。
この状況は、長年メモリチップ市場でリーダーシップを誇ってきたSamsungの評判に大きなダメージを与えている。AI時代の到来とともに急拡大するHBM市場で、NVIDIAのような主要プレイヤーを失うことは、Samsungにとって長期的な影響を及ぼす可能性がある。
市場アナリストの間では、「SamsungがHBM市場でのリーダーシップを取り戻すには、相当な時間と努力が必要になるだろう」との見方が広がっている。ある半導体業界専門家は「SK hynixとMicronが既に確立した顧客との信頼関係を覆すのは容易ではない。Samsungは技術的課題を克服するだけでなく、失った信頼を取り戻すという困難な課題に直面している」と指摘する。
さらに、AI関連企業の間では、「高性能で信頼性の高いHBMの安定供給は、我々のビジネスの根幹を支える重要な要素だ。サプライヤーがSK hynixやMicronに移行する中、Samsungが再び主要サプライヤーの座を奪回できるかは不透明」といった声も聞かれる。
Samsungの半導体事業全体への影響
HBM事業の不振は、Samsungの半導体部門全体にも波紋を広げている。同社は最近、メモリ、ファウンドリ、System LSI、製造部門のトップ幹部を一斉に交代させる大規模な組織再編を実施した。この動きは、直面する問題に真剩に取り組む姿勢を示すものだが、単なる経営陣の入れ替えだけでは、製品供給と品質に関する根本的な問題解決には不十分だという指摘もある。
特に、ファウンドリー事業では、台湾のTSMCに大きく後れを取っている状況だ。SamsungはAMDやAppleといった大手顧客を引き付けるため、TSMCを上回る性能を約束してきたが、現実は厳しく、生産歩留まりの低さに苦しんでいる。新たに就任したKye-Hyun Kyung氏の最大の課題は、これらの歩留まりを改善し、失った顧客の信頼を取り戻すことだ。
一方、メモリ事業を率いるLee Jung-bae氏は、HBM3Eの問題解決とNVIDIAの厳しい基準を満たす製品の供給という困難な任務に直面している。熱問題や電力消費の課題を克服し、次世代のHBM製品で同様の躓きを防ぐことが急務となっている。
Samsungの業績数字を見ると、2024年第3四半期の営業利益は前年同期比274%増と一見印象的だ。しかし、この数字の裏には、市場機会の逸失や競争上の後退、そして内部の混乱を示す経営陣の大規模交代といった深刻な問題が隠れている。
業界アナリストは「Samsungの半導体戦略は現在、大きな岐路に立たされている。HBM事業の立て直しは急務だが、それと同時にファウンドリ事業でのTSMCとの差を縮めることも重要だ。両者のバランスを取りながら、いかに迅速に問題を解決できるかが、Samsung半導体部門の今後を左右するだろう」と指摘する。
Samsungの広報担当者は「我々は現在の課題を深刻に受け止めており、全社を挙げて改善に取り組んでいる。HBM技術の向上と生産性の改善は最優先事項の一つだ」とコメントしている。しかし、具体的な改善策や今後の見通しについては明らかにしていない。
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