現代社会はモーターによって駆動している。電気自動車(EV)、家電製品、産業用ロボットから、スマートフォンの中で振動を生み出す極小の部品に至るまで、我々の生活は電気エネルギーを物理的な運動エネルギーに変換する装置に完全に依存している。しかし、その根幹を支える技術は、19世紀に発明されて以来、驚くほど変わっていない。すなわち、銅線を巻いたコイルと強力な磁石(電磁石または永久磁石)を用い、磁場の力を利用して回転を生み出す「電磁モーター」だ。
だが今、日本の研究チームが、この100年以上続くモーターの常識を根本から覆す画期的なブレイクスルーを達成した。東京科学大学物質理工学院 材料系の西村涼特任教授および塚本翔大研究員らのチームは、株式会社ENEOSマテリアルとの共同研究により、磁石も金属製ローターも一切使用しない、全プラスチック製部品の回転を可能にする「強誘電モーター」の駆動実証に世界で初めて成功した。
この成果の鍵を握るのは、これまで物理学の世界で「弱すぎて実用化は不可能」と見なされ、100年以上にわたって見過ごされてきた「横方向静電力(Transverse Electrostatic Force: TEF)」と呼ばれる静電気の力である。研究チームは、「強誘電ネマチック液晶」という特殊な有機材料を用いることで、この力を従来の1,000倍以上に増幅し、肉眼ではっきりと確認できるレベルで可視化することに成功した。
電磁力への依存と「静電気」による駆動という叶わぬ夢
新しい発見の意義を深く理解するためには、まず現在のモーター技術が抱える限界と、科学者たちが長年追い求めてきた「別の力」について知る必要がある。
現在主流の電磁モーターは、非常に強力な動力を生み出すことができる反面、構造的・資源的な課題を抱えている。高効率な電磁モーターを作るためには、ネオジムやジスプロシウムといったレアアース(希土類元素)を使用した強力な永久磁石と、大量の銅線が不可欠である。これらの重要鉱物資源は特定の国に偏在しており、地政学的リスクや価格高騰の波に常に晒されている。経済安全保障の観点からも、レアアースや銅に過度に依存しない新しい動力源の開発は、資源の乏しい日本のみならず、世界中の産業界における悲願であった。
電磁力に代わる動力源の候補として、古くから理論的に存在していたのが「静電力(静電気の力)」である。プラスとマイナスの電荷が引き合う力、あるいは同じ電荷同士が反発する力を利用して物体を動かす「静電モーター」のアイデア自体は新しいものではない。磁石やコイルを必要としないため、原理的には劇的な軽量化と構造の簡素化が可能となる。
しかし、静電モーターが社会の主役になることはこれまでなかった。その最大の理由は、発生する力があまりにも弱いという点にある。静電デバイスの出力は、同サイズの電磁デバイスと比較して数千分の一から一万分の一程度にとどまっていた。実用的な力を捻り出すためには10キロボルト(10,000V)を超えるような危険な高電圧を印加する必要があり、発火やショートによる感電のリスクがつきまとう。そのため、静電デバイスの応用は、極小の力を扱うMEMS(微小電気機械システム)などのごく限られた特殊用途に留まっていたのである。
見過ごされてきたMaxwell応力の「横成分」

静電気の力によって物体を動かそうとする時、科学者たちは主に「引っ張る力(引力)」を利用してきた。電極と電極の間に電圧をかけると、プラスとマイナスの電荷が向かい合い、互いに引き寄せ合う。この力を利用して一方の電極を動かすのが従来の静電アクチュエーターの基本原理である。
この電極間に生じる静電気の力は、19世紀の物理学者James Clerk Maxwellによって体系化された「Maxwell応力(Maxwell stress)」という物理量によって記述される。Maxwell応力は複雑なテンソル(多方向の成分を持つ量)であり、電場と平行に働く「引力(Attractive force)」だけでなく、実は電場と垂直な方向に働く「斥力(Repulsive force)」すなわち物質を横方向に押し出そうとする力も同時に発生させている。これが「横方向静電力(TEF)」である。
直感的に言えば、水風船を両手で挟んで潰そうとした時、手のひらが押し合う力(引力に相当)に対して、風船の中身が指の隙間から横に逃げ出そうとする力(TEFに相当)が生じるようなイメージである。
しかし、この横方向に押し出すTEFは、静電デバイスの開発において長らく無視されてきた。なぜなら、電極の面積に比例して強くなる引力に対し、横方向の斥力は電極の端のわずかな面積にしか作用せず、電極間の距離を狭めれば狭めるほど、引力に対して圧倒的に弱い力にしかならないからである。通常の絶縁体(誘電体)を用いた場合、TEFを利用して実用的な機械を動かすことなど、到底不可能であると考えられていた。
強誘電ネマチック液晶:100年の常識を打ち破る「奇跡の流体」
この「弱すぎて使い物にならない」という物理学の常識を覆したのが、2017年に相次いで発見された「強誘電ネマチック液晶(Ferroelectric nematic liquid crystals)」という革新的な材料である。
液晶とは、液体の流動性と固体の結晶のような規則的な分子配列(秩序)を併せ持つ物質状態を指す。その中で、分子の重心はバラバラだが、向きだけが一定の方向に揃っている状態を「ネマチック相」と呼ぶ。ディスプレイなどに広く使われているお馴染みの物質である。
2017年に発見された強誘電ネマチック液晶は、このネマチック相の性質に加えて、極めて強い「強誘電性」を併せ持っている。強誘電体とは、外部から電圧をかけなくても物質内部で自発的にプラスとマイナスの電荷の偏り(分極)が生じており、さらに外部から電場を与えると、その方向に向かって分子が綺麗に整列し、巨大な分極を生み出す物質である。これまで強誘電体といえばセラミックスなどの硬い無機固体が常識であったが、この物質は「サラサラの液体」でありながら強誘電性を示すという、極めて特異な性質を持っていた。
西村涼特任教授らの研究チームは、この強誘電ネマチック液晶(DIO/DIO-CNと呼ばれる混合物)の驚異的なポテンシャルに着目した。通常の絶縁体の誘電率(分極のしやすさを示す指標)が「1〜10」程度であるのに対し、この液晶は「10,000」を超える巨大な比誘電率と、通常の物質の1,000倍以上に達する分極量を持っていた。
研究チームは大胆な仮説を立てた。この桁違いの分極量を持つ流体を用いれば、これまで無視されてきたMaxwell応力の「横方向成分(TEF)」も、実用的なレベルにまで増幅されるのではないか。引力ではなく、横方向に押し出す力を使えば、電極同士を固定したまま(ショートのリスクを排除して)、対象物を動かすことができるはずだ。こうして、100年の眠りについていたTEFを呼び覚ます挑戦が始まった。
重力に逆らい上昇する液体:TEFの肉眼観測と定量化
仮説を実証するため、研究チームは極めてシンプルかつ精密な実験装置を構築した。容器の中に強誘電ネマチック液晶を満たし、そこに隙間を空けて2枚のステンレス製定規(電極)を垂直に差し込んだ。そして、この定規の間に電圧を印加し、液晶がどう振る舞うかを観察したのである。
結果は劇的なものであった。直流電圧をかけると、定規の間の液晶が、まるで生き物のように重力に逆らってスルスルと這い上がり始めたのである。電極間距離を2.5mmに設定し、わずか80Vの電圧を印加しただけで、液晶の液面は約100mmも上昇した。また、電極間距離1mmの条件下では、20Vの印加で約70mmの上昇が確認された。
比較として、一般的なパラ電気材料であるシリコーンオイルや、従来のネマチック液晶で同じ実験を行っても、液面は全く微動だにしなかった。横方向静電力(TEF)によって誘電体が巨視的(マクロ)なスケールで、しかも数センチメートルもの高さまで押し上げられる様子を肉眼で観測したのは、これが世界で初めての快挙である。
さらに驚くべきは、力の立ち上がり方であった。通常の物質では、電圧を上げても発生する力は電圧の2乗に比例して緩やかにしか増加しない。しかし強誘電ネマチック液晶では、特定の閾値を超えると電圧の増加に対して力が「1乗(正比例)」で急激に増大する特異な振る舞いを見せた。
詳細な偏波(分極)解析の結果、これは電場をかけることで流体の中の分子が秩序立って整列し、微小な「極性シボタクチック・クラスター(polar cybotactic clusters)」と呼ばれる秩序の塊が形成・成長していくプロセスを反映していることが判明した。電場という外部からの指示によって、バラバラだった分子たちが一斉に同じ方向を向き、強烈な極性の波を作り出す。その結果として生み出されるTEFは、1ミリメートルあたり30V(30 V/mm)の電場下において、約1,000 N/m2という、通常の物質の1,000倍以上に達する驚異的な圧力を叩き出したのである。
磁石も金属も不要:全プラスチック製ローターの回転実証
TEFという「横に押し出す巨大な力」を手に入れた研究チームは、次なるステップとして、この原理を回転運動に応用する「モーター」のプロトタイプ開発に着手した。
モーターとして機能させるための設計思想は極めて独創的である。従来の静電モーターのように電極同士を引き合わせるのではなく、流体を介して電場に垂直に働くTEFを利用する。モーターの固定子(ステーター)となる電極の間に強誘電ネマチック液晶を満たし、そこに回転子(ローター)を配置する。ローターとステーターの極の幅を戦略的にずらして配置し、3相のパルス電圧を順番に切り替えて印加していく。すると、特定の極の下で発生したTEFがローターの端に作用して横へ横へと押し出し、これが連続することで回転運動が生み出されるという仕組みである。
この設計の最大の利点は、「ローター側に一切の電圧をかける必要がない」ということだ。電磁モーターではローターに磁石や金属コイルが必要であり、従来の静電モーターでもローターに電気を逃がす仕組みが必要だった。しかし、強誘電モーターにおいてTEFはステーターと流体の間で生じた力がローターを物理的に押すだけであり、ローター自体は電気を通す必要も、磁性を持つ必要もない。
研究チームは自らのデータに基づき、金属を一切使わず、3Dプリンターで造形した全プラスチック(樹脂)製のローターを作製した。固定子(3相24極)と樹脂製ローター(16極)を組み合わせ、隙間に強誘電ネマチック液晶を充填した。
そして、振幅わずか60V、周波数10Hzの3相パルス波をステーター側に印加した瞬間、プラスチック製のローターはスムーズに回転を始めた。毎分約40回転。それは、レアアースも、銅線のコイルも、金属製のローターすら持たない「常識外れのモーター」が、人類の歴史上で初めて駆動した瞬間であった。
西村特任教授は、この歴史的瞬間について次のように語っている。「モーターのローターを金属で作る必要がないという実験の示唆は、最初は信じがたいものでした。しかし、我々がデータを信じて完全にプラスチック製のローターを作ったとき、それは本当に回転したのです。100年以上前に理論的に予測されながら、誰も肉眼で見たことのなかった力を、我々が初めて目撃した。科学の本当の面白さがここにあります」。
新世代強誘電モーターがもたらす未来と社会的インパクト

この強誘電モーターの実証は、単なる実験室内の興味深い現象に留まらず、将来の産業と社会構造に計り知れないインパクトをもたらす可能性を秘めている。
第一に、重要鉱物資源からの完全な脱却である。強誘電モーターは、ネオジムなどのレアアースも、大量の銅も必要としない。媒体として使用される強誘電ネマチック液晶は、炭素や水素、酸素、窒素などからなる有機物であり、自然界に豊富に存在する元素から合成できる。資源制約の厳しい日本にとって、地政学的リスクを根本から回避できる次世代の国産動力源として、経済安全保障上の極めて強力な切り札となる。
第二に、圧倒的な軽量化と低慣性化である。重い磁石や金属ローターが不要で、主要部品をプラスチックなどの軽量な樹脂で構成できるため、モーター全体の重量を劇的に軽くできる。回転部が軽いため、動き出しや停止のレスポンス(応答性)が極めて速くなる。この特性は、俊敏な動きが求められるヒューマノイドロボットの関節、ドローンなどの飛行体、あるいはウェアラブルデバイスや精密光学機器のアクチュエーターとして理想的である。
第三に、磁気ノイズフリーと高い安全性である。磁場を全く発生させないため、強力な磁気を嫌うMRIなどの高度医療機器の内部や、ハードディスクなどのデータストレージ周辺など、従来のモーターが使えなかった環境でも安全に使用できる。また、従来の静電モーターが数千ボルトを必要としたのに対し、数十ボルトという低電圧で駆動できるため、感電や火災のリスクが劇的に低下し、家庭用機器への組み込みも現実的なものとなる。
今後の展望
東京科学大学の西村涼特任教授と塚本翔大研究員らのチームが成し遂げた成果は、「基礎物理現象の再発見」と「最先端の材料科学」、そして「独創的な工学設計」が見事に融合した金字塔である。100年以上にわたって「弱くて使えない」と見捨てられていた横方向静電力(TEF)が、強誘電ネマチック液晶という新たな物質の登場によって覚醒し、プラスチックを回す全く新しいモーターを生み出した。
実用化に向けては、まだ歩み始めたばかりである。現在のプロトタイプは毎分約40回転だが、液晶材料の誘電緩和特性を改善することで、毎分1,000回転程度の駆動までは原理的に可能であると予想されている。また、TEFによって発生する応力は電極間の距離に依存しないという強力なメリットがあるため、ステーターとローターを何層にも重ねて多層化(ミルフィーユ状に配置)することで、出力トルクを容易にスケールアップさせることができる。さらに、モーターの原理を逆転させ、環境中のわずかな振動エネルギーを電気エネルギーに変換する「エネルギーハーベスティング(環境発電)」への応用展開も大いに期待されている。
持続可能な炭素循環型社会への移行に伴い、電気エネルギーを動力に変換するモーターの需要はかつてないほど高まっている。レアアースの呪縛から解き放たれ、身近なプラスチックと有機物だけで静かに回り続ける「強誘電モーター」。この日本発の革新的なテクノロジーが、次世代のモビリティやロボティクスを駆動する「未来の心臓」となる日は、そう遠くないかもしれない。
論文
- Communications Engineering: Huge transverse Maxwell stress in ferroelectric fluids and prototyping of new ferroelectric motors
参考文献
- 東京科学大学:重要鉱物資源に依存しない強誘電モータの駆動を実証