Google Quantum AIは2026年3月24日、10年以上にわたって注力してきた超伝導量子量子ビットに加え、中性原子量子ビットを用いた量子コンピュータの研究開発を開始すると発表した。JILA(コロラド大学ボルダー校とNISTの共同研究センター)フェローのAdam Kaufman氏を新設チームのリーダーに迎え、コロラド州ボルダーを拠点とする体制を構築する。超伝導方式では困難な大規模量子ビット数の確保と、中性原子方式の弱点である深い回路深度を相互補完させる、創業者のHartmut Neven氏が「時間次元と空間次元の相補」と呼ぶこの二刀流戦略は、量子コンピュータの商用化に向けた最終局面で直面する物理的制約を正面から突く試みだ。

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超伝導は「深さ」、中性原子は「広さ」:2方式が補う技術的限界

現在、GoogleのWillowチップに代表される超伝導量子プロセッサは、ゲートと測定サイクルを数百万回実行でき、1サイクルあたり約1マイクロ秒という高速動作を実現している。量子計算の精度と複雑な問題への対応力を決める「回路深度(circuit depth)」では、現時点で他の方式を圧倒する。その一方で、超伝導方式の次の課題は数万量子ビット規模のアーキテクチャを実現することにあり、固定配線によるビット間の接続制約がスケールアップの壁として立ちはだかっている。

中性原子方式はその逆の強みを持つ。研究段階ではすでに約1万量子ビットのアレイが実証されており、量子ビット数のスケールアップでは現状最も有望な方式の一つだ。さらに、中性原子はどのビット間でも自由に相互作用できる「任意接続(any-to-any connectivity)」を持ち、量子誤り訂正コードの効率化や耐障害性アーキテクチャの設計において有利に働く。その代償として動作速度は1サイクルあたり数ミリ秒と超伝導の約1000倍遅く、多ステップの複雑な計算——すなわち深い回路——が課題として残る。

Nevenはこの補完関係を「超伝導プロセッサは時間次元(回路深度)でのスケールが容易で、中性原子は空間次元(量子ビット数)でのスケールが容易だ」と整理する。両方式を並行して進めることで、片方の課題をもう片方の知見で加速する「研究成果の相互移植(cross-pollination)」が生まれ、一方式に集中し続けるよりも商用化を早められるという見立てだ。2方式の物理的特性の差異そのものを戦略の核心に置く——これがGoogleの判断の本質だ。

Kaufman採用とボルダー選択:量子研究の聖地に根を張る意図

新設する中性原子ハードウェアチームのリーダーとして、Google Quantum AIはAdam Kaufman氏を招聘した。Kaufman氏は原子・分子・光学(AMO)物理学の第一線で活躍するJILAフェローで、中性原子の制御技術において国際的に認知された研究者だ。Google Quantum AIのCOO(最高執行責任者)であるCharina Chouは「過去2〜3年でとりわけ中性原子量子コンピューティングで非常に興味深いことが起きていることが明確になった。Adamはこの分野で際立って重要な専門家だ」と採用の背景を語る。

チームはボルダーで約10名からスタートし、コロラド州内での採用を前提とする。GoogleにとってこれはAI・クラウドとは切り離した、初めての量子分野でのコロラド拠点となる。現在シアトルとLAに「数百人」が在籍するGoogle Quantum AIの主力拠点とは独立した体制だ。Kaufman氏は引き続きJILAフェローおよびCU Boulder物理学部の所属を維持する。「科学実験を商用製品へ転換する過程でJILAとCU Boulderとの連携は欠かせない」とChouは説明し、この二足のわらじはKaufman氏採用の「大きなプラス」として評価された。

ボルダーを選んだことは、量子研究の歴史を見れば必然に近い。NISTが1950年代にボルダーへ量子計量の研究拠点を置いたことに端を発し、NISTとCU Boulderの共同機関JILAが設立された経緯がある。以来70年以上にわたり、ボルダーはAMO物理学のグローバルハブとして機能し、Quantinuum(ブルームフィールド)、Atom Computing(ボルダー)、Infleqtion(ルイビル、2026年2月にIPOを果たし5億5000万ドルを調達)など、中性原子・超伝導両方式のスタートアップを育ててきた。GoogleがこのエコシステムにKaufmanを通じて根を張ることは、NSF Q-SEnSE InstituteやU.S. EDA Quantum TechHubといった連邦投資の果実にアクセスする回路を開くことでもある。

CU BoulderのMassimo Ruzzene副学長(研究・イノベーション担当)は「この連携はボルダーの全国的に認知された量子エコシステムをさらに強化する」とコメントした。NISTのJames Kushmerick所長は「Adamを失うのは残念だが、こうした動きこそがNISTが米国産業を強化する方法の一つだ」と述べた。Kaufmanが研究者としてJILAに在籍し続ける体制は、単発的な人材獲得ではなく、GoogleとボルダーのAMO研究コミュニティが双方向の知識交流を前提に関係を設計したことの表れだ。

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3本柱の研究計画とQuEraとの協調——エコシステム戦略の全体像

Google Quantum AIが設計する中性原子プログラムは3つの柱で構成される。量子誤り訂正(QEC: Quantum Error Correction)では、中性原子アレイ固有の接続グラフに最適化した耐障害性プロトコルを開発し、物理量子ビットのオーバーヘッドの最小化を目指す。モデリングとシミュレーションでは、Googleが保有する大規模計算資源を活用してハードウェア設計を仮想環境で最適化してから実機に移行するアプローチを採用する。これは超伝導プログラムで確立した手法を中性原子に横展開するものだ。実験的ハードウェア開発では、実用スケールでの原子量子ビット操作の実現を目標に掲げる。

Google Quantum AIはあわせて、Google投資先企業であるQuEra(中性原子量子コンピューティングの先駆的スタートアップ)との協力関係を継続することも明言した。QuEraの研究者が開発した基礎的手法——特に大規模原子アレイの制御技術——がこの分野の進歩を支えており、内部チームとの知見共有は中性原子プログラムの立ち上げ速度にも直結する。外部連携と内部開発を並行させるこの構造は、Google Quantum AIが超伝導プログラムでも採ってきた手法の踏襲だ。

「単一方式神話」の終わりと商用化への最終局面

Google Quantum AIは超伝導方式による商用レベルの量子コンピュータを「今十年の終わりまでに」実現できると確信を持っており、この見通しは中性原子参入後も変わっていない。中性原子を並走させることで、超伝導単独では届かない商用化タイムラインに踏み込む構えだ。超伝導の商用化が確実視される中でもう一手を打つこの判断は、量子コンピュータの実用化競争が最終局面に近づきつつあるという同社の現状認識を映している。

この判断が示す産業的な意味は大きい。超伝導、トラップイオン、フォトニクス、中性原子——量子コンピュータの主要アーキテクチャはいずれも固有の強みと制約を持ち、「単一の方式が近い将来に支配的になる可能性は低い」という認識が研究者・投資家の間で広がりつつある。IBMが超伝導を主軸にしながら量子ネットワーク研究に投資し、Microsoftがトポロジカル量子ビットの独自路線を歩む中、Googleが二方式同時開発という選択をしたことは、「複数アーキテクチャ共存」時代の到来を最大手の一角が追認した出来事として記録される。

超伝導量子コンピュータが数万量子ビットへのスケールアップという次の壁に差し掛かる時期に、任意接続性と大規模量子ビット配列で有利な中性原子の知見を取り込む。その成果をハードウェア設計・誤り訂正・シミュレーション手法にフィードバックすることで、超伝導の開発も加速する。物理的に異なる2つのアプローチを相互作用させ、単独では越えられない技術的天井を突き破る——それが二方式並走の設計思想だ。10年以上超伝導一本でフロンティアを切り開いてきたGoogleが、その自信の上に第二の柱を立てた事実が、すでに業界へのメッセージになっている。


Sources