住友化学が、AI向け光通信の材料を外部へ供給する事業を一歩進めた。同社は2026年8月31日、茨城県日立市の茨城工場で4インチInP(インジウムリン)エピウェハー(エピタキシャルウェハー)の量産体制を確立し、販売を始めたと発表した。中国では武汉天源がInP基板企業を買収し、JX金属も基板の大型投資を計画している。同じInPでも、結晶の基板を作ることと、その上に光半導体用の薄膜を成長させることでは担う工程が違う。今回の販売開始が光通信の供給網にどう効くかは、この工程の違いから見えてくる。
4インチの基板とエピウェハー、その間にある製造工程
住友化学が1月に公表した展示会案内では、InPエピ技術は研究開発の対象として紹介されていた。8月の発表では4インチ品の量産と販売へ進み、2030年代半ばにはInPエピウェハー製品群で売上高100億円規模を目指すとした。化合物半導体事業全体ではなく、今回の製品群に置いた成長目標である。
半導体の基板は、素子を作る結晶の下地になる。InPではその上にInPやInGaAsなどの薄膜を積み、発光や受光に必要な層構造を作る。この薄膜成長がエピタキシャル成長、製品がエピウェハーである。基板を作る工程と、その表面に層を成長させる工程は同じではない。さらにエピの後には、チップに加工し、試験し、光学部品として組み立てる工程が続く。
JX金属の技術資料が示すように、基板の表面状態、結晶方位、不純物や欠陥は、その後のエピ成長に影響する。住友化学は高温での成長時に、組成と表面状態を精密に制御し、原料ガスまで含めて工程を管理する必要があると説明する。ガリウムヒ素(GaAs)と窒化ガリウム(GaN)のエピウェハーを25年以上量産してきた技術を使い、均一な結晶と膜厚、量産時の再現性を実現したという。外部へ継続して売るには、繰り返し同じ品質の薄膜を作れることが前提になる。
4インチという口径は製品を選ぶ条件の一つだが、必要な層構造を安定して作れ、後工程でも良品になるかが生産性を左右する。住友化学は月産枚数や歩留まりの数値、具体的な積層仕様を公表していないため、供給規模や他社とのコスト差はまだ測れない。確認できる変化は、光半導体メーカーが調達を検討できるInPウェハーの供給先が加わったことだ。
シリコンフォトニクスになぜInPが要るのか
シリコンフォトニクスは、シリコン基板上の回路で光を導き、分け、制御する技術である。一方、シリコンは効率よく光を出す材料ではない。このため、発光を担うInP系半導体と、光を運ぶシリコン導波路を組み合わせる発想が生まれた。Intelとカリフォルニア大学サンタバーバラ校が2006年に公表したハイブリッドレーザーは、その原理を早くから示した例だ。
ただし、InPの光源をどこに置くかは一通りではない。Intelは現在、レーザーを光集積回路に内蔵する光I/Oを公開しており、外部光源を必須としない構成と、ウェハー段階での試験や、一定条件で動作させて初期不良を調べるレーザーのバーンインを説明している。部品を細かく分けて組み立てる前に品質を確認する設計である。
光回路を電子回路の近くへ置くCPO(Co-Packaged Optics)では、両者を同じパッケージへ実装する。これと光源を内蔵するか外付けにするかは別の設計上の選択だ。NVIDIAが紹介した構成では、温度を独立に管理し交換できる外部レーザー光源を使い、8個のレーザーで32本の送信レーンを駆動する。光源だけを交換できる構成は、スイッチ側の保守にも役立つ。光源の共有により、従来構成との比較ではレーザー数を4分の1にできるという。同社の技術解説の数字は、その設計例の範囲で読むべきだ。
この光源共有は、材料需要を考えるうえでも無視できない。光通信ポートが増えた数だけレーザーが増え、その数だけInPウェハーが必要になるわけではない。光源を共有する構成もあれば、集積の方法も異なる。チップ面積や良品率も効く。ポート数だけで材料売上を算定するのは早計である。
750万元の買収後に必要となる量産資金
武汉天源は8月、中讯半导体の60%を取得し、半導体基板事業へ参入した。対価は750万人民元で、買収後には設備、施設、運転資金に6,700万元超を追加投入する計画を示した。合計は約7,450万元超となる。買収で経営権を得た後に、量産設備をそろえ、事業を回す資金を入れる計画である。
中讯半导体は2022年設立で、有効特許は29件。武汉天源の説明では、2〜4インチの単結晶InPなどの生産に必要な技術を備える。だが、8月30日時点で2026年の売上はまだなかった。今後の投資は顧客認証の進捗を見て判断するという。基板を作れることと、認証を終え、継続して売上を立てることの間には距離がある。
同社は環境・グリーンエネルギーを主力としながら、AI計算基盤へ事業を広げ、800Gおよび1.6Tの光モジュール需要を挙げた。主力事業の運営キャッシュフローで新規分野を育てる方針である。環境事業で得た資金を半導体材料の育成へ振り向ける経営判断だが、その資金が顧客の継続購入につながるかは今後の検証と生産の進捗に左右される。
JX金属の大型投資と並べると見える供給の段階差
住友化学の販売開始、中讯半导体への資本投入、JX金属の設備投資方針は、供給量への効き方も時期も異なる。
| 主体 | 対象工程 | 確認できた状態 | 今後の確認点 |
|---|---|---|---|
| 住友化学 | InPエピウェハー | 4インチ品の量産体制を確立し、販売開始 | 顧客、数量、製品構成は非開示 |
| 中讯半导体/武汉天源 | InP基板 | 60%取得と追加投資計画。2026年売上は8月30日時点で未発生 | 顧客認証と投資判断 |
| JX金属 | InP基板 | 4か年で最大1,200億円の投資方針 | 能力拡大の詳細と実稼働 |
JX金属は6月、既公表分を含めて2025年度比7〜10倍へ基板生産能力を広げる方針を発表した。投資は今後4か年で最大1,200億円であり、顧客から従来の見立てを上回る増産要請を受け、価格改定も要請する考えを示している。同社の発表は基板の供給能力を増やす計画であって、住友化学のエピウェハー販売や武汉天源の買収と同じ指標では比べられない。
JX金属の計画が効くのは、エピ成長より前の基板の供給である。住友化学の外販は、基板上に必要な層構造を作る工程を担う。基板が増えてもエピ加工が追い付かなければ、光半導体メーカーへ届く材料は増えない。逆も同じだ。工程ごとに能力を広げる動きとして捉えると、各社の投資が供給網のどこを支えるかが分かる。ただし、これらの会社間の取引関係は確認されていない。
光通信の伸びを良品供給へつなげる条件
AI向けの高速光通信が材料市場を押すとしても、完成品までの道筋は一つではない。基板の平坦度や不純物はエピ成長に影響し、エピ層は素子の性能と歩留まりに関わり、チップは実装と試験を経て初めて使える部品になる。内蔵レーザーならウェハー段階の試験が設計に組み込まれ得るし、外部光源なら温度管理や交換性が別の価値を持つ。
顧客にとっての採用判断は、自社の素子や実装に適した材料を安定して受け取れるかにかかる。住友化学の次の判断材料は販売開始後の供給数量や採用実績、中国の新規参入では顧客認証から継続売上への進展となる。基板からエピ、光源の実装まで品質と供給量がつながれば、AIデータセンターの光通信を増やす計画を、実際に調達できる部品へ変えていける。
