キオクシアとSanDiskが、第9世代3D NAND「BiCS FLASH」のサンプル出荷を開始した。この新メモリの投入は、積層数競争が激化する半導体業界の潮流に一石を投じる、極めて戦略的な一手だ。成熟したメモリ技術と最新インターフェースを融合させるハイブリッド設計は、AI時代のストレージに求められる性能とコスト効率を両立させる、巧みな答えとなるかもしれない。
「第9世代」が「第5世代」を纏う?第9世代BiCS FLASHの逆説的な革新性
キオクシアが発表した第9世代BiCS FLASHの仕様は、一見すると不可解に映る。「第9世代」を謳いながら、その中核を成すメモリセルには、2世代前の第5世代BiCS FLASH(112層)など、既存の成熟した技術が採用されるからだ。世代番号と積層数が比例して進化してきたNANDフラッシュの常識からは、まさに逆行しているように見える。
この逆説を解き明かす鍵が、「CBA(CMOS directly Bonded to Array)」と呼ばれる製造技術にある。これは、データを記憶するメモリセルアレイを形成するウェハーと、データの入出力を司る周辺回路(CMOSロジック)を形成するウェハーを、それぞれ最適なプロセスで個別に製造し、後から貼り合わせる技術だ。
このアプローチがもたらす最大の利点は「柔軟性」である。
- コスト効率: メモリセルには、製造プロセスが安定し、歩留まりが高くコスト効率に優れた既存世代のものを流用できる。
- 高性能化: 周辺回路には、最新のプロセスで製造された高性能なI/Oコントローラを組み合わせられる。
つまり第9世代BiCS FLASHは、コストを抑えつつも、最新の高速インターフェースの恩恵を最大限に享受できるハイブリッド設計なのだ。これは、闇雲に積層数を増やすのとは全く異なる、洗練された進化の形と言えるだろう。
見過ごせない性能向上と電力効率という「実利」
このハイブリッド設計がもたらす恩恵は、具体的な数値となって表れている。キオクシアが比較対象とした同容量(512Gb TLC)の第6世代品(BiCS6)と比較して、BiCS9の性能は劇的に向上した。
- 書き込み性能: 61%向上
- 読み取り性能: 12%向上
- 電力効率: 書き込み時で36%、読み取り時で27%改善
- データ転送速度: Toggle DDR6.0インターフェースの採用により、最大3.6Gb/sを実現(デモ環境では4.8Gb/sを達成)
- ビット密度: 平面方向のスケーリング技術の進展により8%向上
注目すべきは、単なる速度向上に留まらない点だ。特にAIや大規模データ処理を行うエンタープライズシステムにおいて、電力効率の改善はサーバー全体の運用コスト(TCO)削減に直結する死活問題である。BiCS9が示す性能と効率の両立は、こうした現場が求める「実利」に他ならない。
積層数競争からの戦略的転換か、AI時代への布石か
今回の発表は、NANDフラッシュ市場におけるゲームのルールを変えようとする、キオクシアとSanDiskの明確な意思表示ではないだろうか。
現在、競合他社は300層、さらには400層超えの積層数競争にしのぎを削っている。しかし、超多層化は製造の複雑化とコスト増を招く諸刃の剣でもある。キオクシアは、CBA技術を武器に、その競争から一歩引いた場所から、より効率的なソリューションを提示した。
この戦略の背景には、爆発的に拡大するAI市場の存在がある。調査によれば、2025年にはAI関連のSSD需要がNANDフラッシュ全体の消費量の9%に達すると予測されている。GPUを常にフル稼働させ続ける必要があるAIシステムでは、ストレージに絶対的な大容量以上に、いかに高速かつ低遅延、そして効率的にデータを供給し続けられるかが問われる。BiCS9の特性は、まさにこの要求に応えるために最適化されているように見える。

次世代のBiCS FLASHでは332層という高密度化を目指す一方、その「橋渡し」として投入される第9世代BiCS FLASHは、AIという巨大市場を確実に捉えるための、極めて戦略的な布石なのだ。
BiCS9の柔軟性:モデルによって中身が変わる可能性
さらに興味深いのは、キオクシアが公式発表で添えた注釈だ。第9世代BiCS FLASHは、モデルによって第5世代BiCS FLASH(112層)だけでなく、第8世代BiCS FLASH(218層)のメモリセルも利用する可能性があるという。
これは、CBAアーキテクチャの真骨頂を示すものだ。市場の需要やコストに応じて、組み合わせるメモリセルを柔軟に変更できることを意味する。キオクシアとSanDiskは、単一のアーキテクチャで、コスト重視のミッドレンジから高性能エンタープライズ向けまで、幅広い製品ラインナップを効率的に展開できる強力なカードを手にしたと言えるだろう。このしたたかな戦略が、今後のストレージ市場にどのような影響を与えるのか、興味深い所だ。
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