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5G電波は遺伝子に影響しないことが最新研究で明らかに:長年の懸念に終止符か

Y Kobayashi

2025年5月16日

5G通信技術の普及が加速する中、「5Gの電波は人体に有害なのではないか」「遺伝子を傷つけるのではないか」といった不安の声が一部で根強く囁かれてきた。しかし、この長年の懸念に対し、科学的な見地から非常に重要な研究結果が発表された。ドイツの研究チームが行った最新の研究によると、5G電波を人間の皮膚細胞に照射しても、遺伝子発現やDNAの化学的修飾(メチル化)といった遺伝情報に関わる部分に、懸念されるような変化は引き起こされないことが明らかになったのである。この研究成果は、科学誌『PNAS Nexus』に掲載され、5Gの安全性に関する議論に大きな一石を投じるものとして注目される。

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5Gの電波は細胞を傷つけるのか?長年の疑問に最新科学が挑む

5G技術は、超高速・大容量通信、超低遅延、多数同時接続といった特徴を持ち、私たちの生活や社会を大きく変革する可能性を秘めている。しかしその一方で、新しい技術に対する漠然とした不安や、電磁波の健康影響に関する過去の議論と結びつけて、5Gの安全性を疑問視する声も後を絶たなかった。特に、細胞レベルでの影響、とりわけ遺伝情報への影響は、多くの人々が最も懸念する点の一つであったと言えるだろう。

今回、ドイツ・ブレーメンにあるコンストラクタ大学のVivian Meyer氏を中心とする研究チームは、この核心的な疑問に正面から向き合った。彼らは、実際に5Gで使用される周波数帯の電磁波を、ヒトの皮膚細胞に、しかも法的な許容レベルの10倍という極めて高い強度で照射するという、厳しい条件下での実験を計画・実行したのである。

徹底した実験デザイン:信頼性を追求した「熱」との戦い

これまでの電磁波の健康影響に関する研究の中には、実験条件のコントロールが不十分で、「電磁波そのものの影響」なのか、それとも「電磁波によって生じた熱の影響」なのかが区別できていない、という批判を受けるものも少なくなかった。細胞は熱によってもダメージを受けるため、この区別は極めて重要である。

Meyer氏らの研究チームは、この点を非常に重視した。実験では、照射中の細胞培養器内の温度を厳密に一定に保つことで、熱による影響を徹底的に排除。これにより、純粋な5G電波の影響のみを評価することを可能にしたのだ。

さらに、研究の客観性を高めるため、「ブラインドテスト」が採用された。これは、データ解析を行う研究者が、どの細胞サンプルが5G電波に曝露されたものか、あるいは対照群(曝露されていないもの)かを知らされない状態で行う手法で、解析者の先入観が結果に影響を与えることを防ぐ。

実験に使用されたのは、ヒトの皮膚を構成する主要な細胞であるケラチノサイト(表皮角化細胞)と線維芽細胞の2種類。これらに、将来の5Gネットワークでの利用が計画されている27GHzおよび40.5GHzという高周波数の電磁波を、法的許容値の1mW/cm²、そしてその10倍にあたる10mW/cm²の強度で、それぞれ2時間および48時間にわたって照射した。

比較対象として、細胞に明確なダメージを与えることが知られている紫外線(UV)を照射した細胞群(陽性対照)も用意された。これにより、もし細胞に何らかの変化が生じた場合に、それを確実に検出できる実験系であることを確認している。

解析結果は「変化なし」:遺伝子発現もDNAメチル化も影響受けず

厳密にコントロールされた環境下で5G電波に曝露された細胞は、その後、遺伝子レベルでの詳細な解析にかけられた。研究チームが注目したのは、主に以下の2点である。

  1. 遺伝子発現の変化(RNAシーケンス解析): 細胞内でどの遺伝子がどれだけ活動しているか(mRNAが作られているか)を網羅的に調べることで、外部からの刺激に対する細胞の応答を捉える。
  2. DNAメチル化パターンの変化(メチル化アレイ解析): DNAメチル化は、遺伝子のスイッチのオン・オフを制御するエピジェネティックな修飾の一つである。このパターンが変化すると、遺伝子の働きが長期的に変わる可能性がある。

これらの詳細な解析の結果、驚くべきことに、そして多くの人々にとっては安心できることに、5G電波に曝露された細胞では、対照群の細胞と比較して、遺伝子発現にもDNAメチル化パターンにも、統計的に有意な変化はほとんど見られなかったのである。

研究チームは、「曝露による遺伝子発現およびメチル化の違いは小さく、偶然によって予想される範囲を超えるものではなかった」と報告している。つまり、観察されたわずかな差異は、実験に伴うランダムなばらつきの範囲内であり、5G電波による特異的な影響とは言えない、という結論である。

対照的に、紫外線を照射した細胞では、予想通り、遺伝子発現に劇的な変化が見られた。これは、実験手法自体が細胞の変化を捉える感度を持っていたことを明確に示しており、5G曝露群での「変化なし」という結果の信頼性をより一層高めるものだ。

さらに、研究チームは「コンビナトリアル解析」という新しい統計手法も用いて、標準的な解析では見逃される可能性のある微細なパターンも検出しようと試みたが、それでもなお、5G曝露による意味のある影響は見いだせなかった。

興味深いことに、温度管理を行わずに5G電波を照射し、細胞の温度がわずかに上昇する条件では、細胞にいくつかの変化が見られたことも報告されている。これは、過去の研究で指摘されてきた「熱効果」の存在を裏付けるものであり、今回の研究のように温度管理を徹底することの重要性を改めて示していると言えよう。

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科学的根拠に基づく安心感:陰謀論や誤情報に惑わされないために

今回の研究結果は、「5Gの電波は細胞の遺伝情報を書き換えてしまう」といった種類の不安に対し、強力な科学的証拠を提供するものである。研究者たちは論文の中で、「ここで検証された周波数では、量子エネルギーが光化学的影響や電離作用を引き起こすにはあまりにも低すぎる」という生物物理学的な事実に言及しており、今回の実験結果はこの基本的な物理法則とよく一致すると述べている。

これまでも、世界保健機関(WHO)や米国国家毒性プログラム(NTP)などの専門機関は、携帯電話基地局などから発せられる電磁波の健康影響について評価を行ってきたが、発がん性などに関して明確な証拠はないとの見解が主流であった。今回の研究は、特に5Gで利用される高周波数帯の電磁波について、細胞レベルでの詳細なメカニズムに踏み込み、その安全性を裏付ける重要なデータを提供したと言えるだろう。

研究チームは、「今回のデータは、曝露によるヒト皮膚細胞への損傷の証拠はないという評価を強く支持するものである」と結論付けている。また、「この研究結果が、不確実性に対して確固たる事実で対抗し、特に非熱効果(電磁波そのものによる生物学的影響)の存在に関する根本的な疑念を払拭することに貢献することを期待する」とも述べており、5G技術を取り巻く誤情報や根拠のない不安を払拭したいという強い意志が感じられる。

私たちに求められること

もちろん、今回の研究結果が5Gの安全性に関する全ての疑問に終止符を打つわけではない。この研究は、特定の条件下(ヒトの皮膚細胞、試験管内での実験、特定の周波数と曝露時間など)で行われたものであり、人体全体への影響や、より長期間の曝露、あるいは異なる周波数帯の影響などについては、さらなる研究が必要であろう。

しかし、最も懸念されていた遺伝子レベルでの直接的な影響について、これほど厳密な条件下で「変化なし」という結果が得られたことは、非常に大きな意味を持つ。

新しい技術に対して不安を感じることは自然なことだ。しかし、その不安を解消するためには、信頼できる科学的根拠に基づいた情報に触れ、冷静に判断することが重要だろう。今回の研究は、まさにそのような情報の一つと言えるのではないだろうか。5G技術の恩恵を安全に享受していくためにも、今後も科学的な知見の集積に注目していく必要がある。


論文

参考文献

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