NVIDIAが、次世代の低電力DRAMモジュール「SOCAMM (Small Outline Compression Attached Memory Module)」の商用化計画に調整を加えた模様だ。当初、今年後半に市場投入が期待されていた「Blackwell」シリーズのAIアクセラレータ「GB300」での採用が見送られ、その先の「Rubin」アーキテクチャでの搭載が有力視されている。この戦略変更の背景には、AIアクセラレータの高性能化に伴う技術的な課題と、安定供給を優先するNVIDIAの現実的な判断があると見られる。
SOCAMMとは何か? AIアクセラレータの未来を担う革新的メモリ技術
まず、SOCAMMについて簡単に触れておこう。これはNVIDIAが主導し、主要メモリメーカーと共同で開発を進めているとされる新しいメモリモジュール規格だ。低消費電力DRAMであるLPDDRを複数集積し、電力効率を大幅に高めつつ、従来のLPDDR製品が基板に直接はんだ付けされるオンボード方式だったのに対し、SOCAMMはモジュールとして脱着可能になる点が大きな特徴と言える。これにより、性能アップグレードやメンテナンスの柔軟性が格段に向上すると期待されている。
データ転送のボトルネック解消もSOCAMMの重要な役割だ。そのI/O(入出力端子)数は694ピンに達するとされ、モバイルPCなどで採用が進むLPCAMM(644ピン)を上回る帯域幅を実現するという。これは、AI演算のように膨大なデータを処理する必要があるアプリケーションにとって、極めて重要な要素となる。Micronも過去に、同社のSOCAMM製品がNVIDIA GB300 Grace Blackwell Ultra SuperchipをサポートするためにNVIDIAと共同開発されたLPDDR5Xメモリソリューションであると言及しており、その期待の高さがうかがえる。
なぜBlackwellでの採用は見送られたのか? 技術的ハードルと戦略的判断の交錯
では、なぜこれほど期待されたSOCAMMのBlackwell GB300での採用が見送られたのだろうか?いくつかの技術的課題と、NVIDIAの戦略的判断が浮かび上がってくる。
「Cordelia」ボードの課題と「Bianca」への回帰
当初、GB300は「Cordelia」と呼ばれる新しい設計のボードを採用し、このCordeliaがSOCAMMをサポートする計画だったとされる。Cordeliaは2つのCPUと4つのGPUを統合する野心的な設計だったようだが、このCordeliaボードでデータ損失などの信頼性問題が発生したとの情報がある。結果として、NVIDIAは既存の「Bianca」と呼ばれるボード設計(1CPU、2GPU構成)に回帰し、メモリもSOCAMMではなく従来のLPDDRをオンボードする方式に変更したという。
SOCAMM自体の技術的課題とBlackwellの製造難易度
SOCAMM自体にも課題がなかったわけではないようだ。特に「放熱特性」に関する信頼性の問題が指摘されている。加えて、Blackwellチップそのものの設計およびパッケージングにおける歩留まり確保も難航していると伝えられており、革新的な技術を積み重ねることによるリスクを避ける判断が働いた可能性は否定できない。AIチップの性能向上は常に限界との戦いであり、新技術の導入には慎重な検証が求められる。
サプライチェーンの現実と安定供給への配慮
サプライチェーンの問題も延期の一因であると指摘されている。NVIDIAはGB300のサプライチェーンを拡大する過程で、歩留まり管理に苦慮しているとの情報もあり、新技術の導入による更なる複雑化を避け、既存プラットフォームを活用してBlackwell世代での製品の安定供給を最優先したという見方もできるだろう。AI市場の急拡大に対し、製品を確実かつ大量に供給することは、NVIDIAにとって至上命題のはずだ。
「Rubin」世代での再挑戦へ:期待される登場時期と技術的展望
SOCAMMのデビューは、Blackwellの次、あるいは次々世代とされる「Rubin」アーキテクチャまで待つことになりそうだ。NVIDIAはGTC 2025で「Rubin Ultra」AI GPUをプレビューし、2027年後半のリリースを示唆している。一部では、Rubinが2026年、Rubin Ultraが2027年に登場するとも伝えられている。
Rubin世代では、HBM4メモリの採用など、さらなるメモリ技術の進化が見込まれている。例えば、12スタックのHBM4Eを搭載し、TSMCの先進的なCoWoSインターポーザー技術を活用する可能性も浮上している。SOCAMMがこの次世代メモリ階層の中でどのような役割を担うのか、HBMのような超広帯域メモリとの組み合わせで、より効率的なデータ処理を実現するのか、今後の情報に注目が集まる。
また、NVIDIAの方針転換は、当然ながら主要メモリパートナーであるSamsung Electronics、SK hynix、MicronのSOCAMM供給計画にも影響を与える。各社はNVIDIAの通知を受け、量産スケジュールの調整に入ったと見られる。HBM市場が活況を呈する中、LPDDRベースのSOCAMMは、特にAIワークステーションやエッジAIといった分野で新たな市場を開拓する可能性を秘めていただけに、各社の戦略見直しは避けられないだろう。
NVIDIAのロードマップとAI半導体競争の行方
今回のSOCAMM採用延期は、NVIDIAの技術的野心と市場の現実との間で、一時的な調整が行われた結果と筆者は見ている。AIアクセラレータの進化は、もはや単一の技術革新だけで達成できるものではなく、GPUコア、メモリ、インターコネクト、そしてソフトウェアが複雑に絡み合ったシステム全体の最適化が求められる。その過程で、個々の技術要素の導入タイミングを見極めることは極めて重要だ。
Blackwell世代では安定性を重視し、その先のRubin世代で満を持してSOCAMMを投入するというNVIDIAの判断は、長期的な視点に立てば合理的と言えるかもしれない。しかし、AMDやIntelといった競合他社も猛追しており、AI半導体市場の競争はますます激化している。NVIDIAが技術的リーダーシップを維持し続けるためには、ロードマップの着実な実行と、市場へのタイムリーな製品投入が不可欠だ。
今回の延期が、NVIDIAの牙城を揺るがすほどの大きな後退とは考えにくい。むしろ、より完成度の高い製品を市場に送り出すための戦略的な「踊り場」と捉えるべきだろう。AIの進化が止まらない以上、それを支える半導体技術、特にメモリ技術の革新は今後も加速していくはずだ。
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