電気を通しながら熱を遮断するという熱電材料の長年のジレンマを、二次元ナノ薄膜を三次元のバルク結晶内に「サンドイッチ」する新構造で解決した。 特定の温度帯で鉄の欠陥(空孔)が規則正しく並ぶことで電子状態が劇的に変化し、発電性能の指標であるパワーファクターが従来の鉄セレニドの30倍に跳ね上がる。 結晶内に意図的に配置された空孔が原子間の結合力にばらつきを生み、熱を運ぶ波(フォノン)を強力に散乱させて実用材料以下の極低熱伝導率を実現した。

工場や自動車のエンジンルームからは、日々膨大な熱が使い道もないまま大気へと捨てられ続けている。日本国内だけでも、一次エネルギーとして投入された資源のうち、最終消費の段階で実に約4割ものエネルギーが産業・運輸分野から未利用の廃熱として環境中へ放出されているという推計がある。特に化学工場や発電所などから出る200 ℃未満の中低温排熱は、回収して再利用することが難しく、事実上放置されているのが現状だ。この巨大な未利用熱エネルギーから直接電力を絞り出す熱電発電は、カーボンニュートラル社会を実現するための最重要ピースとして長らく研究の的となってきた。

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電気を流し、熱を遮断する——物理学の矛盾に挑む

熱電材料の性能は、無次元性能指数 $ZT$ という指標で評価される。この値は という式で表される。すなわち、高い電圧を生むゼーベック係数 $S$ と、電気をよく通す電気伝導率 の二乗の積(パワーファクター)を最大化しつつ、熱の逃げやすさを示す熱伝導率 を極限まで小さくする必要がある。温度差を与えられた物質の内部で電子が移動することで電力は生まれるが、その温度差そのものが熱伝導によってたちまち平準化されてしまえば、発電は止まってしまうからだ。

電気をスムーズに流しながら、熱の移動だけをせき止める。この要求は、物理学における大きな壁として立ちはだかる。一般に、電気をよく通す金属は、電子が熱も一緒に運んでしまうため熱伝導率も高くなる。さらに、キャリア濃度を上げて電気伝導率を高めるとゼーベック係数は低下してしまう。長年、材料科学者たちはこのトレードオフ関係の網の目の中で、わずかな最適解を手探りで探し続けてきた。

単層薄膜が見せた幻の高性能と、三次元化への障壁

近年、この閉塞状況に一石を投じたのが鉄系超伝導体である。電気抵抗がゼロになることで知られる超伝導体は、通常、ゼーベック係数が極めて小さく熱電材料の候補にはならない。しかし、その一種である鉄セレニド(FeSe)を原子1層分(約1ナノメートル)の極薄膜にまで削ぎ落としたとき、状況は一変した。二次元空間に閉じ込められた電子が強い相関効果を示し、室温における実用材料のビスマステルル()を凌駕する巨大なパワーファクターを記録したのだ。

ここから自然に導かれる問いは明確である。この二次元薄膜だけが持つ卓越した発電能力を、私たちが手で触れ、モジュールとして組み立てられる三次元の「バルク結晶」に引き継がせることはできないか。

そのままFeSeを厚くしてバルク結晶にしてしまうと、特異な二次元電子状態は失われ、平凡な性能しか発揮しなくなる。さらに、バルクのFeSeは熱伝導率が室温付近で約4.5 W/(m K)と高すぎるため、温度差を維持できない。

東京科学大学(Science Tokyo)の研究チームは、この課題に対して極めて建築的なアプローチを採った。彼らが合成したのは、タリウム(Tl)、鉄(Fe)、セレン(Se)からなる層状化合物 である。これは、厚さわずか0.3ナノメートルのFeSe層とタリウム原子の層が交互に積み重なった結晶構造を持つ。いわば、巨大なパワーファクターを生み出す単層FeSeを、タリウムという絶縁層で挟み込んだ「分子レベルのミルフィーユ」を最初からバルクの形で焼き上げたのである。

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の結晶構造。赤が鉄(Fe)、青がセレン(Se)からなるFeSe原子層を、灰色のタリウム(Tl)原子がサンドイッチ状に挟み込んでいる。緑色の部分は、鉄原子が規則的に欠損した「空孔」を示す。この積層構造と空孔の存在が、電気を流し熱を遮断する鍵となる。(Credit: X. He et al., Journal of Materials Chemistry A (2026). DOI: 10.1039/D6TA02075E)

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秩序ある欠陥が電子の振る舞いを書き換える

この結晶のもう一つの特徴は、FeSe層の中にあるべき鉄原子が20%ほど欠け、意図的な空き地(空孔)が形成されていることである。通常、結晶内の欠陥は電気の流れを阻害する厄介者と見なされる。しかし において、この空孔は熱電性能を引き上げる精密な装置の役割を担っている。

加熱していくと、この物質は約180 ℃(450 K付近)を境に劇的な変化を起こす。低温側では鉄の空孔が規則正しく整列した「秩序相」を保っているが、温度が上がると空孔の配置がバラバラになる「無秩序相」へと相転移するのだ。

研究チームが電気的特性を測定した結果、この秩序相において特筆すべき現象が確認された。50 ℃において、ゼーベック係数はマイナス110 µV/Kという大きな絶対値を示した。FeSeのバルクが示す10 µV/K程度の値とは比較にならない。第一原理計算などの分析により、空孔が規則的に並ぶことで電子状態が再構築され、「モットギャップ」と呼ばれるエネルギーの隙間が開くことが分かっている。これにより、電気伝導率を維持したまま高い電圧を生み出す条件が整ったのである。

結果として、発電性能の直接的な指標であるパワーファクターは、50 ℃の秩序相で5.2 µW/(cm K^2)に達した。これは通常のバルクFeSeと比較して約30倍という圧倒的な飛躍である。一方で、180 ℃を超えて空孔が無秩序化すると、ゼーベック係数は34 µV/K程度まで急落し、パワーファクターも沈み込む。構造の「秩序」こそが、二次元薄膜の潜在能力をバルク結晶の中で目覚めさせる起爆剤だった。

熱の波をかき消す原子レベルの不均一性

しかし、熱電材料としての真価は、もう一つの難敵である「熱伝導率の抑制」を達成して初めて証明される。

熱は、結晶の中を伝わる原子の振動の波、すなわち「フォノン」によって運ばれる。物質が硬く、原子が均等に結びついているほど、フォノンは減衰することなく結晶内を駆け抜けてしまう。

の熱伝導率は、研究者らの期待をさらに上回る低さを示した。50 ℃の秩序相における熱伝導率はわずか0.7 W/(m K)。これは同条件下のバルクFeSe(約3.2 W/(m K))の4分の1以下である。さらに相転移を経て空孔が無秩序化する500 ℃に至っては、0.2 W/(m K)という極限の数値まで低下した。

物質名 状態 / 温度帯 熱伝導率 [W/(m K)] 特徴・用途
秩序相 (50 ℃) 0.7 本研究。空孔の秩序配列と高いパワーファクターを両立
無秩序相 (500 ℃) 0.2 本研究。空孔の乱れにより極限まで熱伝導を抑制
バルク FeSe 多結晶 (50 ℃) 約 3.2 鉄系超伝導体。熱伝導率が高く熱電材料には不向き
多結晶 (室温付近) 約 1.0 〜 1.5 既存の高性能熱電材料の代表格
SnSe 多結晶 (中高温) 約 0.4 〜 0.6 超低熱伝導率で知られる層状熱電材料

この圧倒的な断熱性能の裏には、重層的な物理メカニズムが働いている。 第一に、層を隔てるタリウム原子が極めて重く、かつFeSe層との結合が弱いため、低周波のフォノンの進む速度(群速度)が著しく遅くなる。

第二に、鉄の空孔が引き起こす「結合の不均一性」である。空孔の周りでは原子の配置が歪み、鉄とセレンの結びつきの強さにばらつきが生じる。音波が不均一な材質の壁で乱反射して消えていくように、熱を運ぶフォノンもまた、この結合強度の乱れに衝突して散乱され、その寿命を極端に縮めてしまうのだ。無秩序相においては空孔の配置そのものがランダムになるため、この散乱効果はさらに増幅され、熱の伝播を徹底的に阻害する。

これらの結果、総合的な熱電性能を示すZTは、50 ℃の秩序相において約0.2を記録した。絶対値としてはまだ実用化の域には達していないものの、通常のバルクFeSeと比較すれば優に2桁もの向上である。

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室温動作と無毒化に向けた次なる布石

二次元ナノ材料をバルク内に「埋め込む」というアプローチと、意図的な空孔制御によるフォノン散乱。この二段構えの設計思想は、高性能熱電材料の開発において、組成の微調整に終始していた従来の手法とは全く異なる地平を切り拓いた。工場や自動車から無尽蔵に排出される200 ℃以下の廃熱は、これまで有効な回収手段がなく見過ごされてきた。今回の発見は、まさにこの未踏の温度帯で機能する新しい熱電材料のひな型となる。

残された課題は明確である。今回のモデル化合物である は、キャリア移動度がFeSe単層薄膜と比較して数桁低く、潜在的な電気伝導性を十分には引き出せていない。結晶の多結晶性や、空孔の存在そのものが電子を散乱させている可能性が指摘されている。今後は、結晶の向きを揃えた単結晶やエピタキシャル薄膜を用いることで、FeSe層内の本来の電子伝導性を評価する必要がある。

さらに社会実装を見据えれば、有毒なタリウムをカリウムやルビジウムといったアルカリ金属に置き換えることも急務となる。アルカリ金属系の類似化合物は高い超伝導転移温度を示すことから、よりFeSe薄膜に近い電子状態を持つと期待される。しかし、アルカリ金属を用いた化合物は空気中の水分や酸素と反応しやすく、化学的に不安定になりやすいという致命的な弱点がある。有毒なタリウムを排除しつつ、大気中での安定性をいかに確保し、空孔濃度の精密なコントロールを両立させるかが次なる実験の焦点となるだろう。

社会に満ち溢れる未利用熱エネルギー。それを拾い集めるための材料は、もはや偶然の発見を待つものではない。原子の層を一枚ずつ設計し、欠陥すらも構造の一部として操る。量子力学と材料科学の交差点で、エネルギー変換の新しい青写真が描かれようとしている。