もはや成熟し、次世代のDDR5に主役の座を譲ったはずのDDR4メモリ市場が、今、にわかに揺れている。台湾の業界紙DigiTimesが報じたところによると、2025年5月後半のわずか2週間で、DDR4メモリのスポット市場価格は約50%という異常な高騰を記録した。これは単なる一時的な価格変動ではなく、大手半導体メーカーの戦略的転換、地政学的な思惑、そして国際貿易の力学が複雑に絡み合い、引き起こした「パーフェクトストーム」の到来を告げる警鐘と言えるだろう。
この記事では、なぜ今、DDR4の「供給ショック」が発生したのか。この動きは誰に、どのような影響を与え、そして我々は何に備えるべきなのかを詳しく見ていこう。
異常事態の幕開け:DDR4価格、前例なき急騰の実態
まず、市場で何が起きているのかを具体的なデータで確認しよう。DigiTimesの報じたデータは、以下の通り衝撃的な内容だ。
2025年5月 DDR4スポット市場価格の変動
メモリチップ | 5月初旬の価格 | 5月末の価格 | 上昇率 |
---|---|---|---|
DDR4 8GB | $1.75 | $2.73 | 56% |
DDR4 16GB | $3.58 | $5.20 | 45% |
スポット価格(短期的な取引価格)だけでなく、PCメーカーなどが長期契約で調達する契約価格も同様に急騰している。5月初旬に交渉された価格と比較して、8GBおよび16GBチップの契約価格は22~25%も上昇した。
さらに、この勢いは当面収まりそうにない。アナリストは、2025年第3四半期(7月~9月)においても、DDR4価格はさらに10~20%上昇すると予測している。市場調査会社TrendForceは、特に2025年第2四半期(4月~6月)の契約価格上昇率予測を大幅に上方修正しており、サーバー向けで前期比18~23%増、PC向けで13~18%増という、当初の予測をはるかに上回る見通しを示した。これは明らかに、市場が尋常ではない状況に陥っていることを示している。
価格高騰の三重奏:なぜ「供給ショック」は起きたのか?
この前例のない価格高騰の背景には、単一の理由では説明できない、供給側と需要側の複数の要因が同時に、そして複合的に作用している。筆者はこれを、以下の3つの大きな潮流が重なった結果だと分析している。
1. 大手メーカーの「戦略的撤退」:DDR5とHBMへの壮大なピボット
第一に、Samsung、SK hynix、MicronといったDRAM市場の巨人たちが、DDR4の生産から意図的に手を引いているという事実がある。これは、DDR4がもはや「儲からない」ビジネスになったことの裏返しである。
彼らの視線は、より高い利益率を誇る次世代製品、すなわちPCやサーバー向けのDDR5、そしてAIブームの心臓部ともいえるHBM(High Bandwidth Memory)に注がれている。TrendForceの報告によれば、これらの新世代メモリの利益率はDDR4をはるかに上回る。企業として、限られた生産リソースをより収益性の高い製品に振り分けるのは、至極当然の経営判断だ。
特にSamsungは、2025年6月上旬にもDDR4の生産を停止する計画だと報じられており、市場の供給減を決定づける動きとなっている。大手サプライヤー各社はすでに主要顧客に対し、DDR4の生産終了(EOL: End-of-Life)計画を通知しており、最終出荷は2026年初頭と見られている。これは、DRAM市場における大規模な「世代交代」が、供給サイド主導で強制的に進められていることを意味する。
2. 中国の「政策的転換」:安値攻勢から一転、DDR4生産放棄の衝撃
第二の要因は、地政学的な側面が強い。かつて、中国のメモリメーカー、特に長江存儲科技(CXMT)などは、積極的な増産と低価格戦略でDDR4市場を席巻し、大手3社の収益を圧迫する存在だった。しかし、その状況は一変した。
複数の報道によると、中国政府がCXMTに対し、DDR4の製造を放棄するよう指示したとされている。これにより、市場を「ダンピング」とも言える状況に追い込んでいた中国からの安価な供給が、事実上停止した。
この動きの裏には、中国の国家的な半導体戦略が見え隠れする。単に安価な旧世代品を作り続けるのではなく、韓国や米国の競合と同様に、より高度なDDR5や将来の技術へ移行することで、半導体産業の自給自足と技術的キャッチアップを加速させたいという北京の強い意志が働いていると考えられる。結果として、市場の価格安定装置(あるいは価格破壊要因)であった中国勢の撤退が、供給不安に拍車をかけた。
3. 需要サイドの「先読み行動」:米関税と生産終了を前にした駆け込み需要
供給が細る一方で、需要は予期せぬ形で膨れ上がった。これが第三の要因だ。TrendForceの分析によれば、この需要増は2つの動きによって引き起こされている。
一つは、米国の対中関税を巡る動きだ。米国が発表した新たな関税措置には猶予期間が設けられており、その免除期限が7月9日に迫っている。これを前に、PCメーカー(OEM)は関税によるコスト増を回避するため、部品の調達と米国向け製品の出荷を急いでいる。この「駆け込み需要」が、ただでさえ供給がタイトなDDR4市場にさらなる圧力をかけた。
もう一つは、サプライヤーの生産終了宣言そのものが引き起こした需要だ。特に、DDR4を搭載したサーバーや産業用・組込み機器を長期間運用する必要がある企業(クラウドサービスプロバイダー(CSP)など)にとって、将来の保守・修理用の交換部品がなくなることは死活問題だ。そのため、彼らは今のうちにDDR4メモリを確保しようと、戦略的な在庫積み増し(備蓄)に動いている。AIサーバーの導入拡大に伴い、それに付随するストレージサーバーの需要が伸びていることも、この動きを後押ししている。
「終わらない需要」と「消えゆく供給」の狭間で
これら「供給の三重苦」の結果、DDR4とDDR5の価格差は、わずか7%程度にまで縮小したと報じられている。ここまで価格が接近すれば、新規にPCを組んだり購入したりするユーザーにとって、性能で勝るDDR5を選ぶことは合理的な選択となるだろう。
しかし、問題はそう単純ではない。市場には、依然としてDDR4を必要とする膨大な数の既存プラットフォームが存在するのだ。例えば、データセンターで今も広く使われているIntelのIce Lake世代やAMDのMilan世代のサーバープラットフォームはDDR4にしか対応していない。これらのサーバーは少なくとも2026年まで稼働が続くと見られており、その間のメモリ増設や交換需要は無視できない。
PC市場だけでなく、産業用機器、ネットワーク機器、各種組込みシステムなど、ライフサイクルの長い製品分野では、DDR4は今なお現役だ。大手メーカーが利益を追求してDDR5やHBMへと舵を切る一方で、置き去りにされた「終わらない需要」が存在する。この供給と需要の深刻なミスマッチこそが、現在の価格高騰の根源であり、市場の混乱を長引かせる最大の要因と言えるだろう。
DDR4市場の未来と我々が備えるべきこと
一連の動きは、我々に何を物語っているのだろうか。
まず、短期的な価格上昇トレンドは続くだろう。第3四半期も10~20%の上昇が予測されており、供給体制が劇的に改善されない限り、高値安定、あるいはさらなる上昇の可能性も否定できない。自作PCユーザーでDDR4の増設を考えている場合、あるいは企業でDDR4ベースのシステムの延命を計画している場合は、決断を先延ばしにすべきではないかもしれない。
次に、DDR5への移行は、市場原理によってさらに加速する。価格差がほぼなくなった今、DDR4を積極的に選ぶ理由は、既存システムとの互換性以外に見出しにくくなった。この流れは、PC業界全体の世代交代を後押しすることになるだろう。
しかし、最も重要な示唆は、半導体サプライチェーンの脆弱性と地政学リスクの現実である。一世代前の、ありふれた部品であったはずのDDR4メモリの価格が、主要企業の戦略転換や一国の政策によって、いかに激しく揺さぶられるか。この現実は、特定の企業や国に供給を依存することのリスクを浮き彫りにした。大手メーカーが撤退した後のニッチなDDR4需要を、今後どのサプライヤーが担うのか。あるいは、この需給ギャップが新たなビジネスチャンスを生むのか。市場は新たな均衡点を模索する、不確実な期間に突入した。
今回のDDR4の価格高騰は、単なる部品の値段の話ではない。それは、テクノロジーの進化、グローバル企業の戦略、そして国家間の競争が交差する、現代の半導体市場の縮図なのである。我々はこの出来事を、より大きな文脈の中で捉え、未来の不確実性に備えるための教訓として記憶しておくべきだろう。
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