終わるはずだった技術が、最新技術を価格で上回る。PCメモリ市場で今、そんな常識を覆す「逆転劇」が起きている。主役は、一世代前の規格であるDDR4メモリだ。大手メーカーが2025年末での生産終了を宣言したことで供給不安が広がり、その価格はわずか8週間で約3倍に高騰。次世代規格DDR5よりも高価になるという異例の事態に発展した。
この予期せぬ市場の歪みを受け、一部の小規模メーカーは「生産終了」の計画を撤回し、再びDDR4の製造ラインを稼働させることを決断したようだ。この一見すると異常な事態は、AIブームという巨大な潮流と、大手と中小メーカーの生存戦略が複雑に絡み合った、現代の半導体市場の力学を象徴する出来事と言えるだろう。
データが示す市場の狂気:8週間で3倍、DDR5を凌駕する価格
市場の混乱を最も端的に示しているのが、DDR4チップのスポット価格だ。
台湾の市場調査会社TrendForce傘下のDRAMeXchangeによると、8Gbit DDR4-3200チップについて、2025年4月末に1.75ドルだった価格は、2ヶ月後の6月末には5ドル以上にまで急騰。上昇率は約185%に達している。16Gb (2Gx8) 3200 (2枚組に相当)に関しては、 4月末の3.57ドルから、平均8.80ドルへと高騰。100%を超える値上がりとなった。この結果、多くの製品でDDR4メモリが、本来より高性能で新しいはずのDDR5メモリよりも高価で取引されるという「価格の逆転現象」が発生している。なぜ、このような事態に至ったのだろうか。引き金は、主要メモリメーカーの相次ぐ生産終了宣言だった。
Micron、Samsung、SK hynixというDRAM市場の巨人たちが、2025年末までにDDR4の生産を終了する方針を発表。さらに5月には、中国最大のメモリメーカーである長江存儲科技(CXMT)もこれに追随する姿勢を見せた。この「供給停止」のアナウンスが市場に強烈な供給不安をもたらし、生産終了を見越したユーザーや企業の「駆け込み需要」「買いだめ」を誘発したことが、今回の価格高騰の直接的な原因である。
「終わるはずだった」DDR4、なぜ今、生産継続へ舵を切るのか?
市場原理は、時に教科書通りに機能する。DDR4の価格がこれほどまでに高騰し、収益性の高い製品へと変貌したことで、一部のメーカーが事業計画の見直しを迫られるのは、ある意味で自然な流れだ。しかし、ここには大手と中小企業とで明確な戦略の違いが見て取れる。
小規模メーカーの生存戦略:Nanyaの決断
今回の生産継続の動きを主導しているのは、Nanya(南亜科技)に代表される台湾の小規模なメモリメーカーだ。彼らにとって、DDR4の価格高騰は絶好のビジネスチャンスとなる。
ComputerBaseが指摘するように、Nanyaの製品ポートフォリオは依然としてDDR4に大きく依存している。同社はまだLPDDR5を商用生産しておらず、DDR5製品のラインナップも限定的だ。このような状況下で、主力であるDDR4の価格がDDR5を上回ることは、短期的に莫大な利益を生む可能性を秘めている。大手が見捨てつつある市場で、その「最後の果実」を確実に収穫し、次世代メモリ開発への投資原資を確保するという、したたかで合理的な経営判断と言えるだろう。
大手は静観:MicronらがDDR4に戻らない戦略的理由
一方で、Micronをはじめとする業界大手は、このDDR4特需に背を向けている。彼らが生産ラインをDDR4に再び割り当てる可能性は極めて低い。その理由は、彼らの視線が「今」の短期的な利益ではなく、「未来」の市場覇権に向けられているからだ。
Micronは、DDR4の生産を終了して空いたラインを、DDR5や、そして何よりAIサーバーに不可欠なHBM(High Bandwidth Memory)の生産に振り向けることを明言している。同社にとってDDR4/LPDDR4の売上高比率はすでに1桁台に過ぎず、経営資源を成長分野へ「選択と集中」させることは当然の戦略だ。
つまり、大手メーカーにとってDDR4生産からの撤退は、単なる旧製品の整理ではない。AI時代におけるデータセンターの性能を左右するHBMの生産能力こそが、今後の企業の成長と収益性を決定づける最重要課題であり、そのための生産キャパシティ確保が最優先事項なのだ。
市場の力学を読む:価格高騰の裏にある「3つのドライバー」
今回のDDR4を巡る一連の騒動は、複数の要因が絡み合った複合的な現象だ。その構造を理解するためには、少なくとも3つの推進力(ドライバー)を読み解く必要がある。
- 大手の生産終了アナウンスという「供給ショック」
前述の通り、これが全ての引き金だ。市場の需給バランスを意図的に、あるいは必然的に崩壊させた直接的な要因である。 - AIブームがもたらす「HBMへの大転換」
これが今回の事態の最も根深く、本質的な背景と言える。生成AIの爆発的な普及は、GPUと共に使われるHBMの需要をかつてないレベルにまで押し上げた。HBMは極めて高い収益性が見込めるため、大手メモリメーカーは我先にと既存の生産ラインをHBM用に転換している。その「割を食う」形で、DDR4の生産能力が急速に削減されているのが実情だ。つまり、AIという巨大な地殻変動が、レガシーなPCメモリ市場の需給バランスを根底から揺るがしているのである。 - 米中対立とサプライチェーンの緊張
米中の技術覇権争いや関税問題といった地政学的リスクも、サプライチェーンに不透明感を与え、価格を押し上げる一因となっている。中国のCXMTが生産終了に追随した背景にも、こうした国際情勢が影響している可能性は否定できない。
今後の展望と消費者への影響:DDR4はいつまで「高値の花」か?
Nanyaなどが生産継続に動いたというニュースを受け、DDR4のスポット価格は足元でわずかに下落傾向を見せ始めている。市場が「供給が完全には途絶えない」という情報を織り込み始めた証拠だ。
しかし、これが本格的な価格正常化にすぐつながると考えるのは早計だろう。まず、買いだめ需要は依然として根強く残っている。そして、Nanyaのような小規模メーカーの生産能力には限りがあり、大手3社が抜けた穴を完全に埋めることはできない。
したがって、DDR4の価格は当面、高止まりの状態が続くと見るのが妥当だ。自作PCユーザーや旧世代プラットフォームのアップグレードを考えている消費者にとっては、悩ましい状況が続くだろう。Intelの最新CPUプラットフォームではDDR5を選択することがより経済的で合理的な選択肢となり、AMDのRyzen 7000シリーズ以降はDDR5が必須であるため、市場全体のDDR5への移行はさらに加速する可能性が高い。
結局のところ、今回のDDR4を巡る一連の騒動は、市場から姿を消しゆく技術が最後に放つ、鮮烈な輝きのようなものかもしれない。しかしその背景には、AIが産業構造そのものを書き換えるという、より大きな地殻変動が存在する。この「逆転劇」は、テクノロジーの世代交代が決して一直線には進まないことを示す、示唆に富んだケーススタディとして記憶されることになるだろう。
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