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あなたの体から「永遠の化学物質」が消える?腸内細菌にPFAS除去の可能性、ケンブリッジ大が画期的発見

Y Kobayashi

2025年7月5日7:36AM

体内に静かに蓄積し、私たちの健康を脅かす有害物質、PFAS(ペルフルオロアルキル・ポリフルオロアルキル物質)。「永遠の化学物質」とも呼ばれるこの厄介な存在に対し、英国ケンブリッジ大学の研究チームが驚くべき解決策の扉を開いた。なんと、私たちの腸内に共生する特定の細菌が、このPFASを吸収し、体外へ排出する能力を持つことを発見したのだ。この画期的な研究成果は、科学誌『Nature Microbiology』に発表され、プロバイオティクスを用いた新たなデトックス戦略への道を拓くものとして、世界中から大きな注目を集めている。

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忍び寄る「永遠の化学物質」PFASの脅威

そもそもPFASとは何なのだろうか。これは4,700種類以上も存在する人工の有機フッ素化合物の総称である。炭素とフッ素の極めて強力な結合を持つため、熱、水、油に強く、自然界でほとんど分解されない。その特性から「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」という異名を持つ。

この優れた安定性ゆえに、PFASは私たちの生活の隅々にまで浸透している。焦げ付き防止のフライパン、水を弾くレインコート、油が染みない食品包装、さらには化粧品や消火剤に至るまで、枚挙にいとまがない。しかし、その利便性の裏で、PFASは深刻な環境汚染と健康問題を引き起こしている。

環境中に放出されたPFASは、水道水や土壌、農作物を通じて食物連鎖に取り込まれ、最終的に私たちの体内に蓄積する。研究によれば、PFASへの曝露は、生殖能力の低下、子どもの発達遅延、免疫システムの脆弱化、さらには特定のがんや心血管疾患のリスク上昇と関連付けられている。事態を重く見た英国では2025年4月に議会調査が開始されるなど、世界的に規制強化の動きが加速しているが、すでに体内に入ってしまったPFASへの有効な対策は限られていた。

ケンブリッジ大学の画期的な発見:「腸内細菌スポンジ」の正体

こうした膠着状態に一石を投じたのが、ケンブリッジ大学MRC毒性学ユニットのKiran Patil博士が率いる研究チームだ。彼らは、人間の腸内に自然に存在する膨大な数の微生物群、すなわち「腸内マイクロバイオーム」が、この化学的難題に対する鍵を握っているのではないかと考えた。

研究チームはまず、様々な化学物質と腸内細菌の相互作用を網羅的に調査。その過程で、特定の細菌群がPFASを驚くほど効率的に取り込むことを突き止めた。

研究の核心を担ったマウス実験の詳細は、まさに驚きの連続であった。

  1. 有望株の特定: 研究チームは、人間の腸内から分離された細菌の中から、特にPFASを吸収する能力が高い9つの種を特定した。その中には、健康な人の腸内にも一般的に存在するBacteroides uniformisOdoribacter splanchnicusなどが含まれていた。
  2. マウスへの導入とPFAS投与: 微生物を持たない特殊なマウス(無菌マウス)に、これらの選抜されたヒト由来の細菌を定着させた。その後、マウスにPFASを経口投与し、体内の動態を追跡した。
  3. 驚異的な吸収と排出: 結果は劇的だった。細菌を定着させたマウスは、PFASを摂取すると、腸内の細菌がまるでスポンジのようにPFASを急速に吸収。ある実験では、わずか数分で25%から74%ものPFASが細菌に取り込まれた。そして、PFASを抱え込んだ細菌は、最終的に糞便として体外に排出されたのだ。これにより、PFASの体内への吸収(全身曝露)が抑制されることが示された。

さらに驚くべきは、これらの細菌が高濃度のPFASに曝露されても、その除去能力が衰えなかった点だ。PFASの濃度が上がると、細菌はより一層「働き」、常に一定の割合のPFASを除去し続けた。これは、まるでスケーラブルな高性能フィルターのようだと研究者は語る。

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なぜ細菌は毒性を免れる?細胞内で見られた驚きの現象

PFASは強力な界面活性剤(洗剤のような性質を持つ物質)であり、細胞にとっては有害なはずだ。では、なぜこれらの細菌はPFASを取り込んでも平然としていられるのだろうか。この疑問に答えるため、研究チームは最先端の画像化技術「クライオ集束イオンビーム二次イオン質量分析法(Cryo-FIB-SIMS)」を駆使し、細菌の内部をナノレベルで観察した。

そこで明らかになったのは、驚くべき自己防衛メカニズムだった。細菌の細胞内に取り込まれたPFAS分子は、バラバラに漂うのではなく、密な「凝集体(clumps)」を形成していたのだ。この凝集により、PFASが細胞内の生命活動に不可欠な他の分子と干渉するのを防ぎ、自らの毒性を事実上封じ込めている可能性が示唆された。

この発見は、細菌が単にPFASを蓄積するだけでなく、その毒性を巧みに回避する洗練されたメカニズムを持っている可能性を示しており、このアプローチの実現性に大きな期待を抱かせるものだ。

夢のプロバイオティクスへ ― Cambiotics社の挑戦と2026年への道

この基礎研究の成果を、現実世界のソリューションへと繋げるべく、Patil博士、論文の筆頭著者であるAnna E. Lindell,博士らは、起業家のPeter Holm-Jensen氏と共にスタートアップ企業「Cambiotics」を設立した。

同社の目標は明確だ。PFASを吸収する能力を持つ特定の細菌株(Streptococcus属および嫌気性Bacteroides属の新規株)を利用したプロバイオティクスのサプリメントを開発し、人々が安全かつ自然な形で体内のPFASを減らせるようにすることである。

Patil博士は「私たちの最初の製品は、2026年の発売を目指して順調に進んでいます」と語っており、研究室の発見が数年以内に実用化される可能性を示唆している。

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楽観は禁物?専門家が指摘する課題と「根本解決」の重要性

この発見は間違いなく希望の光だが、冷静な分析も不可欠だ。外部の専門家からは、期待とともに慎重な意見も寄せられている。

ペンシルベニア州立大学のAndrew Patterson氏は、NPRの取材に対し「非常に重要な発見だ」と評価しつつも、「マウスから人間への飛躍は、物事をはるかに複雑にする」と指摘。人間の腸内環境は食生活や遺伝によって個人差が非常に大きく、特定のプロバイオティクスが誰にでも同じように効果を発揮するかは未知数だ。

また、環境疫学者のJesse Goodrich氏は、Scientific Americanで「このアプローチは興味深く、可能性を秘めている」としながらも、「究極的には、健康を守る最善の方法は、そもそも曝露を防ぐことだ」と強調する。

この点については、研究を率いるPatil博士自身も強く認識している。「私たちの開発するプロバイオティクスは、PFASを生産し続ける産業界への免罪符と見なされるべきではありません」と彼は語る。野生生物や生態系全体がすでに深刻な汚染に直面しており、PFASの生産削減と汚染防止、そして持続可能な代替物質の探求こそが根本的な解決策であるという考えだ。

私たちに今できることは?

Cambiotics社のプロバイオティクスが市場に出るまでには、まだ時間が必要だ。それまでの間、私たちは何ができるのだろうか。研究者らは、PFASへの曝露を減らすための身近な対策として、以下の点を挙げている。

  • PFASでコーティングされた調理器具の使用を避ける。
  • 高性能な浄水器を使用する。
  • 食物繊維が豊富な食事を心がける。(野菜、果物、全粒穀物など)

食物繊維は、PFASを直接除去するわけではないが、今回の研究で活躍したBacteroides属のような有益な腸内細菌の「エサ」となり、その増殖を助ける。つまり、自らの腸内環境を豊かに保つことが、将来的にPFASのような有害物質に対する防御力を高めることに繋がるかもしれないのだ。

このケンブリッジ大学の研究は、私たちの体内に共生する微生物が、現代社会が生み出した化学汚染に対する驚くべき防御線となりうることを示した。この発見は、単なるデトックス法の開発に留まらず、環境毒性学や公衆衛生のあり方そのものに大きな問いを投げかけている。壮大なマイクロバイオームの物語の、これはまだ序章に過ぎないのかもしれない。


論文

参考文献

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