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レーザー冷却革命:データセンターの消費電力を40%削減する新技術

Y Kobayashi

2025年4月14日

半導体チップを加熱するはずのレーザーが、逆に冷却するという直感に反する現象を利用した革新的な冷却技術が開発されつつある。この技術は、世界中のデータセンターが抱える電力消費と熱問題の解決に貢献する可能性を秘めている。

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なぜ今、新たな冷却技術が求められるのか?

現代社会を支えるデータセンター。私たちが日常的に利用するWeb検索、メール、SNS、そして近年急速に発展するAI(人工知能)のトレーニングなど、膨大な情報処理を担う施設である。しかし、その裏側では深刻な問題が進行している。それは、コンピュータチップの発する「熱」との戦いだ。

チップが高性能化・高密度化するにつれて発熱量は増加の一途をたどり、データセンター全体のエネルギー消費量も増大している。驚くべきことに、データセンターが消費する電力のうち、実に30%から40%が冷却のために費やされているというのだ。。これは運用コストを押し上げるだけでなく、特に水冷システムを採用している場合、地域の水資源に負荷をかける可能性も指摘されている。

さらに、チップが高温になると「サーマルスロットリング」と呼ばれる現象が発生する。これは、過熱による損傷を防ぐためにチップが意図的に性能を落とす自己防衛機能であり、結果的にコンピューティング能力の低下を招いてしまう。

これまで、空冷、水冷(冷水・温水)、さらにはチップを液体に直接浸す液浸冷却など、様々な冷却方法が試みられてきた。しかし、増え続ける熱量に対応し、かつエネルギー効率を高めるためには、根本的に新しいアプローチが求められているのが現状だ。

レーザーで「冷やす」?フォトニック冷却の驚くべき仕組み

「レーザー」と聞くと、通常は物を加熱したり、切断したりするイメージが強いだろう。レーザー溶接やレーザー刻印などがその代表例だ。しかし、特定の条件下では、レーザーは物質を冷却する能力も持つ。この現象を利用したのが、Maxwell Labsとサンディア国立研究所(Sandia National Laboratories)が開発中の「フォトニック冷却」技術である。

この技術の鍵を握るのが、「ガリウムヒ素ヒ化ガリウム)(GaAs)」という半導体材料だ。GaAsはシリコンと同様に半導体の一種であるが、非常に高い純度で結晶化させ、特定の周波数(波長)のレーザー光を照射すると、熱を吸収するのではなく、逆に温度が下がるという特異な性質を示す。この現象自体は、2012年にコペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所の科学者たちによって初めて観測されていた。

Maxwell Labsはこの原理を応用し、「フォトニック・コールドプレート」と呼ばれる部品の開発を目指している。これは、厚さ1mm未満の極薄のGaAsプレートに、人間の髪の毛の約1000分の1という極めて微細な構造を形成したものである。この微細構造が、冷却用レーザー光をチップ上の特定の「ホットスポット」へと導く光の回路(フォトニック回路)の役割を果たす。

ホットスポットとは、CPUやGPU(画像処理装置)の中でも特に高温になりやすい、数百ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリメートル)程度の微小な領域のことだ。チップ全体を漠然と冷やすのではなく、最も熱を発する箇所をピンポイントで狙い撃ちすることで、効率的な冷却を実現しようというわけである。サンディア国立研究所の物理学者 Raktim Sarma氏は、「我々が冷却する必要があるのは、実際には塵の粒ほどの大きさ、数百ミクロン程度のスポットだけなのです」と語っている。

このGaAsプレートは、既存の水冷システムで使われる銅製のコールドプレート(チップに被せて熱を吸い上げる部品)を補完、あるいは将来的には置き換える可能性がある。

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Maxwell Labsとサンディア国立研究所の挑戦:先端技術の融合

この野心的なプロジェクトは、スタートアップ企業であるMaxwell Labs、米国のエネルギー省傘下の国立研究所であるサンディア国立研究所、そしてニューメキシコ大学(UNM)の三者連携によって進められている。

  • Maxwell Labs: 技術全体の設計、コンセプト開発を担当。CEOのJacob Balma氏、CGOのMike Karpe氏、CTOのAlejandro Rodriguez氏(プリンストン大学教授)らが中心となっている。
  • サンディア国立研究所: フォトニック・コールドプレートの心臓部となる、超高純度GaAsデバイスの製造を担当。サンディア国立研究所は核兵器備蓄用のマイクロチップ製造で培った半導体製造技術、特に「分子線エピタキシー(MBE)」と呼ばれる手法に長けている。MBEは、超高真空中で材料を原子層レベルで一層ずつ積み重ねていく技術であり、極めて純粋で欠陥の少ない結晶層を形成できる。プロジェクトを担当するサンディア国立研究所のSadhvikas Addamane氏は、「MBEを使えば、超高純度の原料を用い、原子一層よりも薄い精度で材料の厚さを制御し、超高真空下で層を成長させることができます」と説明する。
  • University of New Mexico (UNM): サンディア国立研究所が製造したデバイスの熱性能の分析を担当。

この連携は、CRADA(Cooperative Research and Development Agreement:協同研究開発契約)と呼ばれる枠組みを通じて行われており、先端技術の実用化に向けた産学官連携の一例といえる。Maxwell LabsのCTO、Rodriguez氏は以前にもサンディア国立研究所のSarma氏と別のナノフォトニクス構造の設計で協力した経験があり、「この協力から、Sarma博士とサンディア国立研究所が、この高度に学際的で先駆的な材料、電子、フォトニクスコンポーネントのプロジェクトに取り組むためのビジョン、意欲、技術的能力を持つ数少ないパートナーの一つであることは明らかでした」と述べている。

期待される効果と未来:省エネ、性能向上、そしてエネルギー回収

フォトニック冷却技術が実用化されれば、データセンターやコンピューティングの世界に大きな変革をもたらす可能性がある。

  1. 大幅な省エネ: データセンターの冷却にかかる莫大な電力を削減できる。これは運用コストの削減に直結するだけでなく、電力需要の抑制を通じて環境負荷の低減にも貢献する。Maxwell Labsの共同創業者 Mike Karpe氏は、「成功すれば、省エネルギーという当面のニーズに応えるだけでなく、プロセッサーがこれまで不可能と考えられていた性能レベルで動作する道を開くでしょう」と期待を語る。
  2. チップ性能の向上: より効率的な冷却により、サーマルスロットリングを抑制し、チップを本来の性能限界まで稼働させることが可能になる。さらに、冷却能力の向上は、チップ設計における熱的な制約を緩和することにも繋がる。Maxwell LabsのCEO Jacob Balma氏は、「光が持つ、局所的な加熱を空間的および光学的時間スケールで標的化し制御するユニークな能力は、チップ設計にとって非常に基本的な熱設計上の制約を解放します。チップ設計者がそれをどう活用するかは推測し難いですが、コンピュータで解決できる問題の種類を根本的に変えるだろうと信じています」と述べている。
  3. エネルギー回収の可能性: Maxwell Labsによると、この技術は単に熱を除去するだけでなく、除去した熱エネルギーを光(フォトン)の形で回収し、再び電力に変換できる可能性があるという。これが実現すれば、システムのエネルギー効率はさらに向上する。ただし、このエネルギー回収の具体的な効率については、現時点ではまだ未知数である。

実現への課題とロードマップ:コスト、統合、そして実証

夢のような技術に見えるフォトニック冷却だが、実用化までにはいくつかの大きなハードルが存在する。

  1. 製造コストと難易度: フォトニック・コールドプレートに使用される超高純度のGaAsウェハは、製造が非常に難しく、コストも極めて高い。現在、直径200mmのGaAsウェハーは約5,000ドルするのに対し、同サイズのシリコンウェハーはわずか5ドル程度である。MBEのような高度な製造技術が必要であり、欠陥率を下げることも課題となる。
  2. シリコンチップとの統合: GaAs製の冷却部品を、一般的なシリコン製のCPUやGPUと組み合わせる必要がある。これには、「異種3D集積」や「ウェハーボンディング」といった先端的な実装技術が必要となるが、これらの技術もまた複雑でコストがかかる。
  3. 物理的な実証: 現在、この技術の有効性は主にコンピュータシミュレーションによって示されている段階であり、完全なシステムとしての物理的な動作実証はまだ行われていない。Maxwell LabsのBalma CEOは、「我々の主張はすべて、チップの性能、温度、電力に対するレーザー冷却の応答に関する高度なマルチフィジックスモデリングに基づいています」と述べている。個々のコンポーネントの検証は進んでいるものの、統合された形でのテストは進行中である。

Maxwell Labsは、これらの課題を克服すべく開発を進めており、以下のロードマップを描いている:

  • 2025年秋: 実用的なプロトタイプの完成を目指す。
  • 今後2年間: 既に確保している早期導入顧客向けに、最初のシステム(MXL-Gen1 Photonic Cooling system)を納入。
  • 2027年末: 一般向けの提供開始を目指す。

ただし、Balma CEOは、フォトニック冷却が既存の空冷や水冷システムを完全に置き換えるとは考えていないようだ。「フォトニック冷却が既存の冷却インフラを置き換えるのではなく、むしろそれを補強し、古典的なコンピューティング性能の限界を、そうでなければ到達できなかったであろうレベルまで拡張するものだと考えています」と彼は述べている。将来的には、既存の冷却システムと組み合わせたハイブリッドな構成で利用される可能性が高い。「ほとんどの顧客は、既存の空冷および液冷システムの上に、部分的なレーザー冷却を使用することになるでしょう」とのことだ。

レーザーによるチップ冷却は、まだ開発の初期段階にある挑戦的な技術である。しかし、データセンターのエネルギー問題という喫緊の課題に対する解決策として、そしてコンピューティングの未来を切り拓く可能性を秘めた技術として、今後の進展が大いに注目される。


Sources

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