人工知能(AI)開発競争が新たな局面を迎える中、その心臓部となる計算インフラへの投資がかつてない規模で加速している。米IT大手Oracleが、AI研究開発の先駆者であるOpenAIの次世代モデル開発を支えるため、NVIDIA製の最新AIチップ「GB200」約40万個を、約400億ドル(約6兆円超)を投じて購入する計画であると複数の海外メディアが報じた。このチップ群は、テキサス州アビリーンに建設中の超巨大データセンターに搭載され、OpenAIが進める壮大なAIインフラ構想「Stargateプロジェクト」の米国における最初の拠点となる見込みだ。
巨額取引の全貌:AIの未来を形作るOracleとNvidiaのタッグ
Financial Timesの報道によると、Oracleが調達するのはNVIDIAの最新世代AIアクセラレータ「GB200 Grace Blackwellスーパーチップ」。その数およそ40万個、総額にして400億ドルに達すると見られている。この金額は、一部の国家予算にも匹敵する規模であり、AIインフラ投資がいかに巨大化しているかを如実に示している。
これらのGB200チップは、テキサス州アビリーンで現在建設が進められている新たなデータセンターに集約的に導入される計画だ。この施設は、OpenAIが主導し、Microsoft、Oracle、SoftBank、そしてアブダビの政府系ファンドMGXなどが参加するとされる、最大5000億ドル規模のAIインフラ投資計画「Stargateプロジェクト」の米国における最初の主要拠点となる。アビリーンのデータセンターは、完成時には最大1.2ギガワットという膨大な電力を消費すると予想されており、これは一般家庭約100万世帯分の電力に相当し、世界でも有数の大規模AIデータセンターとなる見込みだ。
データセンターの敷地は約875エーカー(約3.5平方キロメートル)にも及び、8棟の建物が建設される予定で、建設は2024年6月に開始されており、2026年中頃の本格稼働を目指しているという。
AI開発競争の最前線「Stargateプロジェクト」とその複雑な座組
「Stargateプロジェクト」は、OpenAIが次世代AIモデル、特にAGI(汎用人工知能)の実現に向けて必要とする莫大な計算能力を確保するために立ち上げた、野心的なインフラ構想である。このプロジェクトには、OpenAI自身に加え、クラウドインフラを提供するOracle、日本のSoftBankやアブダビのMGXなどが名を連ねている。Stargateプロジェクト全体に対してOpenAIとSoftBankがそれぞれ180億ドル、OracleとMGXがそれぞれ70億ドルをコミットするとされているが、これはプロジェクト全体への投資であり、アビリーン施設への直接的な出資額とは異なる可能性がある点には留意が必要だ。
注目すべきは、アビリーンに建設されるデータセンターの所有と運営のスキームである。施設そのものは、AIインフラストラクチャ企業であるCrusoe Energy Systems LLCと米国の投資会社Blue Owl Capitalが所有する。両社はこのプロジェクトのために、主に負債の形で約150億ドルの資金を調達したと報じられている。このうち、JPMorganが2つのローンで総額96億ドルの主要な融資を提供しているという。
Oracleの役割は、このCrusoeとBlue Owl Capitalが所有する施設全体を15年契約でリースし、そこに自らが購入したNVIDIA製GB200チップを設置。そして、その強大な計算能力をOpenAIに貸し出す、というものだ。この複雑な座組は、各社の専門性を活かしつつ、巨額投資のリスクを分散する狙いがあると考えられる。
だが、Stargateプロジェクト自体からはまだ特定のデータセンターへの資金コミットメントは行われておらず、プロジェクトの全体像や資金の流れについては、今後さらに詳細が明らかになるのを待つ必要があるだろう。
なぜOracleなのか?OpenAIとMicrosoftの関係性の変化が示すもの
これまでOpenAIは、その最大の支援者でありパートナーでもあるMicrosoftのAzureクラウドサービスに計算資源の多くを依存してきた。しかし、ChatGPTの爆発的な成功以降、OpenAIのAIモデル開発とサービス提供に必要な計算能力は指数関数的に増大。その需要は、Microsoftが供給できるキャパシティを上回る状況も伝えられるようになっていた。
このような背景から、OpenAIとMicrosoftは独占的なクラウドホスティング契約を終了させ、OpenAIが他のクラウドプロバイダーやインフラパートナーと協力できる道が開かれた。今回のOracleとの提携は、OpenAIにとって計算資源の調達先を多角化し、特定企業への依存リスクを低減するとともに、将来的なAI開発競争を有利に進めるための重要な布石と言えるだろう。
一方のOracleにとっても、この取引は大きな意味を持つ。同社はクラウド市場においてAWS、Microsoft Azure、Google Cloudといった先行する巨人たちを猛追する立場にある。AI分野での計算能力提供は、Oracle Cloud Infrastructure (OCI)の競争力を飛躍的に高め、市場シェアを拡大する絶好の機会となる。Oracleは以前からNVIDIA GPUを積極的にOCIに導入しており、今回の提携はNVIDIAとの関係をさらに強化するものだ。クラウド市場の巨人たちに挑むOracleにとって、これは乾坤一擲の勝負手となるのかもしれない。
NVIDIA GB200「スーパーチップ」が選ばれた理由:AI学習のゲームチェンジャー
今回のプロジェクトで中核をなすNVIDIA GB200 Grace Blackwellスーパーチップは、AIの学習と推論のために最適化された最新鋭のプロセッサだ。1つのGB200は、2基のBlackwell B200 GPUと1基の72コアGrace CPUを統合しており、NVIDIAによれば、前世代のH100と比較して大規模言語モデル(LLM)の推論性能を最大30倍に向上させつつ、エネルギー消費を最大25分の1に削減できるという。
この圧倒的な性能と電力効率は、巨大なAIモデルの学習にかかる時間とコストを劇的に削減し、より複雑で高性能なAIの開発を可能にする。また、GB200に搭載されるGPUは台湾のTSMCの改良型4nmプロセス(N4P)で製造されている。これによりGPUの生産速度が向上し、旺盛な需要に対応しやすくなることも期待されている。
NVIDIAのGB200は、特に推論能力が強化されており、AIモデルの学習と推論の方法論そのものを変革する可能性を秘めた「ゲームチェンジャー」と呼ぶにふさわしい存在だ。OpenAIが次世代AIの開発においてこのチップを選択したのは当然の帰結と言えるだろう。
世界で加速するAIインフラ投資競争とその地政学的意味合い
AIの進化を支える計算インフラへの投資は、もはや一企業や一国の枠を超えたグローバルな競争の様相を呈している。今回のOracleとOpenAIの動きと並行して、Elon Musk氏率いるxAIもまた、数百万個規模のGPUを用いた巨大AIスーパーコンピュータ「Colossus」の建設計画を進めていると報じられている。Amazon Web Services (AWS) もバージニア州北部で1ギガワットを超えるデータセンタープロジェクトを推進中だ。
Stargateプロジェクト自体も、米国テキサスだけでなく、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビでも同様のデータセンター建設計画が進行中であり、G42との提携のもと、200万個以上のNVIDIA GB200チップを使用する可能性も報じられている。こちらは米国政府との連携のもと進められるとされており、AIインフラの構築が地政学的な意味合いを帯び始めていることを示唆している。
こうした巨大プロジェクトの続出は、NVIDIAの市場における支配的地位をさらに強固なものにしている。同社の株価はAIブームを背景に急騰し、2024年後半には一時的に世界で最も価値のある企業となるなど、その影響力は計り知れない。AIチップへの渇望は、半導体サプライチェーン全体にも大きな影響を与え続けている。
AIの未来を左右する巨大投資の行方
OracleとOpenAIによるこの歴史的な投資は、AI技術の進化をさらに加速させることは間違いないだろう。これほどの計算能力が解放されたとき、AIはどのようなブレークスルーを達成し、私たちの社会にどのような変革をもたらすのだろうか。期待は尽きない。
しかし同時に、いくつかの課題も浮上する。1.2ギガワットという膨大な電力消費は、環境負荷への懸念を増大させる。データセンターの持続可能な運用、再生可能エネルギーの活用といった課題への取り組みが不可欠となるだろう。また、これほど強力なAI技術が一部の企業や国家に集中することの倫理的・社会的な影響についても、慎重な議論が求められる。
Stargateプロジェクトは、その名の通り、AIの未知なる領域への扉を開く試みだ。その先に広がる未来がどのようなものであるか、今はまだ誰にも正確には予測できない。しかし、テキサスの大地で今、その未来を形作るための壮大な一歩が踏み出されようとしていることだけは確かだ。この巨大投資が、AI技術の発展とその恩恵の普及という点で、人類にとって真に価値あるものとなることを期待したい。
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