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Samsung、1.4nm量産を2029年へ延期し2nmに注力へ:巨額赤字が生んだ「現実路線」への戦略転換とは

Y Kobayashi

2025年7月2日

Samsung Foundryが、最先端の1.4nmプロセスにおける量産開始目標を、当初の2027年から2029年へと2年延期することを公式に発表した。このことは、長年続いてきたTSMCとの「ノード至上主義」競争から一時的に距離を置き、足元の収益性と事業の安定化を最優先するという、同社の未来を賭けた痛みを伴う大きな戦略転換の始まりと言えるだろう。この大胆な舵取りは、半導体業界の勢力図、特にTSMCとの競争軸にどのような影響を及ぼすのだろうか。

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発表された「2年の延期」- プライドより実利を取る苦渋の決断

この方針転換は、2025年7月1日に韓国ソウルで開催された協力企業向けイベント「SAFE (Samsung Advanced Foundry Ecosystem) Forum 2025」の場で明らかにされた。韓国メディアETNewsなどが報じたところによると、Samsungの幹部が発表した最新のロードマップにおいて、1.4nmプロセスの導入時期が2029年と明記されたという。

これは、2022年に発表した「2027年量産開始」という野心的な目標からの大幅な後退を意味する。さらに重要なのは、最大のライバルであるTSMCが、同社の1.4nm相当プロセス「A14」を2028年に量産開始する計画であることだ。これにより、Samsungは最先端ノードの市場投入でTSMCに少なくとも1年の後れを取ることが確定的となった。

長年、技術的な「世界初」の称号をめぐり熾烈な競争を繰り広げてきたSamsungにとって、この遅れを自ら公表することは、プライドよりも事業の現実を優先するという、極めて重い経営判断があったことを物語っている。

「なぜ」延期されたのか? – 巨額赤字と低歩留まりという二重苦

Samsungをこの歴史的な戦略転換に追い込んだ要因は、一つではない。深刻な財務状況と、技術的な課題が複雑に絡み合っている。

深刻化する財務状況と顧客離脱の現実

最大の理由は、ファウンドリ事業の収益性の悪化だ。複数のレポートによれば、Samsung Foundryは昨年、約4兆ウォン(約4200億円)もの巨額な営業赤字を計上したと推定されている。最先端プロセスへの巨額な研究開発費と設備投資が、収益を圧迫する構造に陥っていたのだ。

また、延期の背景として「1.4nmプロセスに関心を持っていた主要顧客が離脱した」点も以前より一部では指摘されている。技術的に世界最先端のプロセスを開発しても、それを採用してくれる大口顧客がいなければ、投資は回収できず、工場の稼働率も上がらない。このビジネス上の厳しい現実が、1.4nm計画の見直しを迫る決定的な一撃となった可能性は高い。

歩留まり問題の根深さ – 「世界初」の称号の代償

Samsungは2022年、TSMCに先駆けて「世界初」となるGAA(Gate-All-Around)トランジスタ構造を採用した3nmプロセスの量産を開始し、技術力を世界に誇示した。しかし、その裏側で深刻な歩留まり率の低さに苦しんでいたことは、業界では半ば公然の秘密だった。

歩留まり率、すなわちウェハー1枚から取れる良品の割合は、製造コストと供給能力に直結する生命線だ。この数値が低いままでは、顧客に安定した品質と量の製品を供給できず、信頼を失うことになる。これまでの報道でも、Samsungは3nm GAAで70%の歩留まり率を目標としていたが、達成には至らなかったと言われている。

最近の報告では、次世代の2nmプロセスの歩留まり率が40%前後まで改善してきたとの情報もあるが、これもTSMCが同プロセスで60%を超えるとされる水準にはまだ及ばない。この経験が、「見切り発車」のリスクを避け、技術の成熟度を優先する今回の慎重なアプローチにつながったことは想像に難くない。

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「世界初」より「利益」- Samsungの新たな生存戦略

今回の決断は、守りに入っただけではない。それは、より現実的で持続可能な成長を目指すための、新たな生存戦略への転換点である。

2nmへのリソース集中と既存プロセスの収益化

Samsungは1.4nmから一時的に視線を外し、そのリソースを2nmプロセスの完成度向上に集中させる。ロードマップによれば、2028年までに第2世代(SF2P)、第3世代(SF2X)と改良を重ね、2nm世代における競争力を徹底的に磨き上げる計画だ。NVIDIAのような大手企業がSamsungの2nmに関心を示しているとの報道もあり、このプロセスを成功させることができれば、事業回復の大きな足掛かりとなるだろう。

同時に、4nm、5nm、8nmといった、数世代前だが依然として市場の需要が高いプロセスの稼働率を向上させ、確実に利益を生み出すことにも注力する。これは、最先端のレースから一歩引くことで、自社の強みと資産を最大限に活用し、財務体質を改善しようという極めて合理的な戦略と言える。

「ノード至上主義」との決別が意味するもの

この一連の動きは、Samsungが長年固執してきた「ノード至上主義」、すなわち微細化競争で他社をリードすることこそが至上命題であるという考え方との決別を意味する。

かつてはTSMCとしのぎを削り、「技術のSamsung」のプライドをかけてきた。しかし、その競争が必ずしも事業の成功に結びつかなかったという厳しい現実を直視したのだ。これは、短期的な敗北を認め、長期的な勝利の礎を築くための「戦略的撤退」と見るべきではないだろうか。息を整え、足場を固め、確実な反撃の機会を窺う。それがSamsungの新たなゲームプランなのだ。

TSMC独走時代の幕開けか? 半導体業界への影響

Samsungの戦略転換は、半導体業界の勢力図を大きく塗り替える可能性がある。

最先端プロセスにおけるTSMCの優位性確立

TSMCが2028年に1.4nm(A14)の量産を開始することで、最先端技術における同社のリーダーシップは、少なくとも数年間は揺るぎないものとなるだろう。Apple、NVIDIA、Qualcommといった、パフォーマンスを極限まで追求するトップ企業にとって、TSMCへの依存度はさらに高まることが予想される。ファウンドリ市場におけるTSMCの一強体制は、さらに盤石なものになるかもしれない。

Samsungに残された逆転のシナリオとは

しかし、これで勝負が決まったと見るのは早計だ。Samsungが逆転するためのシナリオはまだ残されている。

鍵を握るのは、やはりGAA技術だ。理論上、従来のFinFET構造よりも優れた電力効率と性能を持つとされるGAAトランジスタのポテンシャルを、Samsungが2nmプロセスで完全に引き出すことができれば、話は変わってくる。もし、TSMCの2nm(FinFET技術の最終世代となる見込み)を性能やコストで凌駕する製品を安定供給できれば、一度は離れた顧客を呼び戻すことも不可能ではない。

今回の決断は、Samsungにとって1.4nmでの敗北宣言ではなく、主戦場を「2nm GAA」に設定し、そこで確実に勝利を収めるための戦略的な布石と捉えることもできる。今後数年間は、Samsung Foundryがこの新たな戦略の下で、どのように事業を立て直し、収益性を改善していくのか、そしてそれが世界の半導体サプライチェーンにどのような変化をもたらすのか、その動向を注視していく必要があるだろう。最先端を追いかける競争から、より戦略的かつ現実的なビジネスモデルへと転換するSamsungの挑戦は、今後の半導体産業の未来を占う上でも重要な出来事となるに違いない。


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