我々が知る宇宙は、約138億年前に「ビッグバン」という灼熱の火の玉から始まった。では、その終わりはいつ、どのように訪れるのだろうか。この根源的な問いに対し、これまで多くの科学者は「宇宙は永遠に膨張し続け、やがて冷たく静かな死を迎える」と考えてきた。しかし、その“定説”が、今、覆される可能性が浮上している。
コーネル大学の物理学者、Henry Tye教授らが発表した最新の研究は、宇宙の終わりが永遠の膨張ではなく、すべてが一点に潰れる「ビッグクランチ」である可能性を、最新の観測データに基づいて示唆したのだ。もしこの予測が正しければ、宇宙の全寿命は約330億年。我々に残された時間は、およそ200億年ということになる。これはSFの物語ではない。南米チリと米国アリゾナにある巨大観測施設が捉えた、何十億光年もの彼方からの微かな光が語り始めた、宇宙の新たな未来像である。
覆される「永遠の膨張」:最新データが描く宇宙の終焉シナリオ
1998年、宇宙物理学の世界に衝撃が走った。遠方の超新星爆発の観測から、宇宙の膨張が時間とともに加速していることが発見されたのだ。この発見は2011年のノーベル物理学賞につながり、宇宙論の標準モデルを確立した。この加速膨張を引き起こす未知のエネルギーは「ダークエネルギー」と名付けられ、その正体は現代物理学における最大の謎の一つとされている。
これまで、ダークエネルギーの最も有力な候補は、アインシュタインが一般相対性理論に導入した「宇宙論的定数(ラムダ:Λ)」だった。この定数が「正」の値を持つ場合、宇宙には万有引力に逆らう斥力(反発力)が常に働き、永遠に加速膨張を続けることになる。これが、宇宙の最期は極寒の闇が支配する「ビッグフリーズ(熱的死)」に至る、という広く受け入れられてきたシナリオの根拠だった。
しかし、Tye教授らの研究チームが注目したのは、この常識に疑問を投げかける最新の観測データだ。
南米チリのセロ・トロロ汎米天文台にある「ダークエネルギー・サーベイ(DES)」と、アリゾナ州のキットピーク国立天文台の「ダークエネルギー分光装置(DESI)」。これら二大プロジェクトは、数億個もの銀河の分布や距離をかつてない精度で測定し、宇宙膨張の歴史を詳細に描き出すことを目的としている。
Tye教授によれば、これらの観測所から得られた新しいデータは、これまで信じられてきた「宇宙論的定数は正である」という前提を揺るがすものだったという。
「この20年間、人々は宇宙論的定数が正であり、宇宙は永遠に膨張すると信じてきました」とTye教授は語る。「しかし、新しいデータは、宇宙論的定数が負である可能性を示唆しており、そうなれば宇宙はビッグクランチで終わることになります」。
宇宙論的定数が負である、とは何を意味するのか。それは、ダークエネルギーによる斥力が永続的なものではなく、いずれ弱まる、あるいは引力に転じる可能性を示唆する。そうなれば、宇宙全体の膨張を支えていた力が失われ、物質同士を引き合わせる重力が最終的に勝利を収めることになる。まるで、高く投げ上げたボールがやがて勢いを失い、地面に落ちてくるように。宇宙もまた、膨張から収縮へと転じるというのだ。
物語の鍵を握る新モデルと謎の粒子「アクシオン」
Tye教授らがこの結論に至った根拠は、彼らが提唱する「アクシオン・ダークエネルギー(aDE)モデル」にある。 このモデルは、ダークエネルギーの正体が単純な宇宙論的定数だけではなく、そこに「超軽量アクシオン」という仮説上の素粒子が加わったものであると考える。
アクシオンとは、もともと素粒子物理学の別の問題を解決するために導入が予言された粒子で、暗黒物質(ダークマター)の候補としても注目されている。非常に軽く、他の物質とほとんど相互作用しない「幽霊のような」粒子だ。
Tye教授らのモデルでは、現在のダークエネルギーは「負の宇宙論的定数」と、この「アクシオンが持つエネルギー」の二つが合わさって観測されている、と解釈する。このモデルをDESやDESIの最新データに適用して計算したところ、観測結果を最もよく説明できるのは、宇宙論的定数が負の値を持つ場合である、という結論が得られたのだ。
このモデルに基づくと、宇宙の未来は次のように描かれる。
- 膨張のピーク(約110億年後): 現在から約110億年後、宇宙の加速膨張はついにピークを迎える。この時点で、宇宙は最大サイズに達する。
- 収縮への転換: 膨張が止まった宇宙は、まるで巨大なゴムバンドが元に戻ろうとするかのように、収縮段階へと入る。すべての銀河が互いに遠ざかるのではなく、近づき始める「青方偏移」の世界が始まる。
- ビッグクランチ(約200億年後): 収縮は約80億〜90億年かけて進行し、現在から約200億年後、宇宙はビッグバンが始まった始原の状態、すなわち超高温・超高密度の特異点へと潰れ、その歴史に幕を下ろす。これが「ビッグクランチ」である。
論文によれば、このモデル計算による宇宙の全寿命は333億年と算出されている。 現在の宇宙年齢が138億年であることを考えると、我々は宇宙のライフサイクルのほぼ中間点にいることになる。
宇宙の最期は一つではない:ビッグクランチ以外のシナリオ
Tye教授らのビッグクランチ仮説は非常に刺激的だが、これが唯一の可能性というわけではない。宇宙の終焉については、他にもいくつかのシナリオが提唱されており、どれが真実かはダークエネルギーの真の性質にかかっている。
ビッグフリーズ(熱的死)
これは、宇宙論的定数が正である場合に訪れる未来であり、最も標準的なシナリオとされてきた。宇宙は永遠に加速膨張を続け、銀河は互いに遠ざかり、やがて他の銀河は見えなくなる。星々は次々と燃え尽き、新たな星が生まれる材料もなくなる。最終的にはブラックホールさえも「ホーキング放射」によって蒸発し、宇宙は絶対零度に近い、完全な闇と静寂に包まれる。
ビッグリップ
ダークエネルギーの斥力が時間とともに無限に増大していく「ファントムエネルギー」と呼ばれる特殊なケースで考えられる、最も劇的な最期だ。このシナリオでは、増大し続ける斥力がまず銀河団を引き裂き、次に銀河そのものをバラバラにする。やがて太陽系のような恒星系も破壊され、ついには地球のような惑星、さらには我々を構成する原子核さえも引き裂かれてしまう。宇宙のすべてが素粒子レベルで引き裂かれることから「大きな引き裂き(Big Rip)」と呼ばれる。
真空崩壊
物理学の最先端である場の量子論が示唆する、最も突飛で恐ろしいシナリオかもしれない。我々が存在するこの宇宙の「真空」は、実は最も安定した状態ではなく、一時的に安定しているだけの「偽の真空」である可能性がある。もし何かのきっかけで、より安定した「真の真空」の泡が宇宙のどこかで発生すると、その泡は光速で膨張し、触れたものすべてを全く異なる物理法則の世界に書き換えてしまう。これは何の前触れもなく、ある日突然訪れる可能性がある。
Tye教授らの研究は、これら数あるシナリオの中で、かつては有力視されながらも加速膨張の発見によって影が薄くなっていた「ビッグクランチ」に、再び脚光を当てた点で非常に重要だ。
結論はまだ早い:今後の観測が真実を明らかにする
この宇宙終焉の物語は、まだ結論が出たわけではない。Tye教授自身も「データが持ちこたえれば(if the data holds up)」という言葉を使い、この予測が今後のさらなる検証を必要とすることを認めている。
科学の偉大な点は、理論が観測によって常に検証され続けることにある。DESIは今後も数年間にわたって観測を続け、さらに多くのデータを蓄積する予定だ。 それに加え、チリで建設が進む「ヴェラ・C・ルービン天文台」や、欧州宇宙機関の「ユークリッド宇宙望遠鏡」など、次世代の観測プロジェクトが稼働を始めれば、ダークエネルギーの性質はさらに精密に測定されるだろう。
これらの観測結果が、Tye教授らの提唱する「負の宇宙論的定数」と「アクシオン」の存在を裏付けるのか、それともやはり「正の宇宙論的定数」による永遠の膨張を支持するのか。答えが出るまでには、まだ数年から数十年かかるかもしれない。
しかし、今回の研究が示した意義は大きい。それは、宇宙の始まりという過去だけでなく、その終わりという未来でさえも、我々人類が観測データに基づいて定量的に議論できる領域に入ったということだ。
「どんな生命にとっても、その始まりと終わりを知りたいと思うのは自然なことです」とTye教授は言う。「1960年代に、我々は宇宙に始まりがあったことを知りました。次の問いは『終りはあるのか?』です。長年、多くの人がそれは永遠に続くと考えてきました。もしデータが正しければ、宇宙に終わりがあるということを知れるのは、素晴らしいことです」。
夜空に輝く無数の星々。それらが織りなす壮大な宇宙の物語が、どのような結末を迎えるのか。その答えの鍵は、今この瞬間も地球に降り注いでいる、何十億年も前の宇宙からの古の光の中に隠されている。我々は、その壮大な物語の結末を解き明かす、エキサイティングな時代の目撃者なのである。
論文
- Journal of Cosmology and Astroparticle Physics: The lifespan of our universe
参考文献
- Cornel University: Physicist: After 33 billon years, universe ‘will end in a big crunch’