TSMCは北米技術シンポジウムにて、最先端の1.4nmクラスプロセス技術「A14」を正式に発表した。2028年の量産開始を目指すこの新技術は、現在量産間近のN2プロセスから大幅な性能向上と電力効率改善を実現し、AIコンピューティングや高性能デバイスの未来を切り拓くものとして注目される。
TSMC、最先端1.4nmプロセス「A14」を正式発表
世界最大の半導体ファウンドリであるTSMCは、年次イベント「北米技術シンポジウム(North America Technology Symposium)」において、次世代ロジックプロセス技術「A14」の詳細を明らかにした。これは、同社が現在展開している2nmクラスの「N2」プロセスに続く、全く新しいフルノードのプロセス技術であり、1.4nmクラスに相当する微細化を実現する。
発表によると、A14の開発は順調に進んでおり、歩留まり性能は計画を前倒しで達成しているという。量産開始は2028年を予定しており、AI分野における爆発的な需要増に応える形で、コンピューティング性能と電力効率のさらなる向上を目指す。
TSMCの会長兼CEOであるC.C. Wei博士は、「我々の顧客は常に未来を見据えている。TSMCの技術的リーダーシップと製造能力は、彼らのイノベーション実現に向けた信頼できるロードマップを提供する」と述べ、A14のような最先端技術が、物理世界とデジタル世界を繋ぎ、AIの未来を進展させるための包括的なソリューションの一部であることを強調した。
A14がもたらす性能向上:N2からの飛躍
A14プロセスは、2024年後半に量産開始予定のN2プロセスと比較して、顕著な性能向上を実現する見込みだ。TSMCが示した目標値は以下の通りとなる。
- 速度: 同じ消費電力で最大15%向上
- 電力効率: 同じ動作速度で最大30%削減
- ロジック密度: 最大20%以上向上(混合設計で1.2倍、ロジック部分で1.23倍)
これらの向上は、より高性能なAIチップ、処理能力が向上したスマートフォン、さらに長寿命バッテリーを持つIoTデバイスなどの実現に直結する。特にAI分野では、より複雑なモデルをより高速かつ低消費電力で処理可能になるため、A14への期待は大きい。
比較項目 | A14 vs N2 (TSMC発表値) |
---|---|
性能 (同電力時) | +10% 〜 +15% |
電力 (同速度時) | -25% 〜 -30% |
密度 (混合設計) | +20% (1.2倍) |
密度 (ロジック) | +23% (1.23倍) |
量産開始予定 | 2028年 |
第2世代GAAとNanoFlex Proによる技術革新
A14プロセスの性能向上を支える中核技術は、第2世代ゲート・オール・アラウンド(GAA)ナノシートトランジスタである。GAAトランジスタは、電流が流れるチャネル部分をゲート電極が全方向から囲む構造を持つ。これにより、従来のFinFET構造よりもゲートによる電流制御能力が向上し、リーク電流(漏れ電流)を効果的に抑制できる。結果として、より高い性能と優れた電力効率の両立が可能となる。TSMCはN2プロセスで初めてGAA構造を導入するが、A14ではこれをさらに進化させた第2世代GAAを採用する。
もう一つの重要な技術がNanoFlex Proである。これは、TSMCがN3プロセスで導入した設計・技術協調最適化(DTCO)技術「FinFlex」のGAA版「NanoFlex」をさらに進化させたものだ。NanoFlex Proを用いることで、チップ設計者は標準セルライブラリ(回路設計の基本部品)の構成をより柔軟に調整し、特定の用途やワークロードに合わせて性能、電力、面積(PPA)の最適なバランスを追求できるようになる。NanoFlex Proは設計者に非常に柔軟な設計手法を提供し、最適なPPAメリットの達成を可能にするという。
ロードマップの戦略:A16の存在とA14の位置づけ
今回のシンポジウムでは、A14に加えて、もう一つの新しいプロセスノード「A16」の存在も示された。A16はN2プロセスファミリーのN2P(性能向上版)に相当する技術に、スーパーパワーレール(SPR)と呼ばれるバックサイドパワーデリバリーネットワーク(BSPDN)を統合したものと見られる。A16の量産開始は2026年後半が予定されており、A14よりも先に登場することになる。
BSPDNは、チップの裏面から電力供給を行う技術であり、従来の表面配線に比べて電力供給経路の抵抗を低減し、信号配線のスペースをより多く確保できるため、特に高性能コンピューティング(HPC)やAIチップにおいて性能向上と電力効率改善に大きく貢献する。
興味深いのは、2028年に登場する最初のA14プロセスには、このBSPDNが搭載されない点である。BSPDNを必要としない、あるいはコスト増を避けたいクライアントPC、エッジデバイス、特殊用途向けに、A14がまず提供される可能性が指摘されている。BSPDNを搭載したA14(A14Pなどの名称が予想される)は、2029年に提供される計画だ。
これにより、TSMCは2026年末にBSPDN搭載のA16、2028年にBSPDN非搭載のA14、2029年にBSPDN搭載のA14を提供することになる。これは、顧客がアプリケーションの要件(性能、コスト、電力効率)に応じて最適なプロセス技術を選択できる、より柔軟なロードマップを提供する戦略と言えるだろう。
プロセス | 特徴 | BSPDN | 量産開始予定 |
---|---|---|---|
N2 | GAA (第1世代) | 非搭載 | 2024年後半 |
N2P | N2性能向上版 | 非搭載 | (未発表) |
A16 | N2P + BSPDN (SPR) | 搭載 | 2026年後半 |
A14 | GAA (第2世代), NanoFlex Pro | 非搭載 | 2028年 |
A14P (?) | A14 + BSPDN (SPR) | 搭載 | 2029年 |
AI時代を支えるTSMCの広範な技術ポートフォリオ
TSMCはA14やA16といった最先端ロジックプロセスに加え、AI時代に不可欠な様々な周辺技術の開発も加速させている。
- 先端パッケージング: AIチップで需要が急増する高性能メモリ(HBM)とロジックチップを高密度に集積するため、CoWoS (Chip on Wafer on Substrate) 技術を進化させている。2027年には、12スタック以上のHBMを搭載可能な9.5レチクルサイズのCoWoSを量産予定。さらに、ウェハサイズの巨大システムを実現するSoW-X (System-on-Wafer-X) も2027年の量産を目指す。これは現在のCoWoSソリューションの40倍のコンピューティングパワーを持つという。
- シリコンフォトニクス: 光技術を用いたチップ間高速通信を実現するCOUPE (Compact Universal Photonic Engine)。
- HBM4サポート: HBM4メモリインターフェースに対応するN12およびN3プロセスのベースダイ。
- 統合電圧レギュレータ (IVR): AI向けに、基板上の別チップ比で5倍の垂直電力密度を実現するIVR。
- スマートフォン向けRF: WiFi 8などの新規格に対応し、AI機能搭載の完全ワイヤレスイヤホンなどに適したN4C RF技術。N6RF+比で電力と面積を30%削減し、2026年第1四半期にリスク生産開始予定。
- 車載向け: ADAS(先進運転支援システム)や自動運転車向けに、厳格な品質・信頼性基準(AEC-Q100 Grade-1)を満たす最先端プロセスN3Aが生産段階に入った。
- IoT/エッジAI向け: 低消費電力性が求められるエッジAIデバイス向けに、現行のN6eに続き、さらに電力効率を高めたN4eプロセスを開発中。
これらの広範な技術ポートフォリオにより、TSMCは単なるロジックプロセス提供にとどまらず、顧客の多様なニーズに応える総合的なソリューションを提供し、AIをはじめとする様々な分野の技術革新を支えていく姿勢を明確にしている。
投資拡大と競争激化
TSMCによるA14およびA16の発表は、半導体業界における同社の技術的リーダーシップを改めて示すものとなった。特に、IntelやSamsungといった競合他社もGAAトランジスタやBSPDN技術の開発を進める中、TSMCが具体的なロードマップと性能目標を提示したことは、市場における優位性を維持・強化する上で重要な意味を持つ。
TechInsightsのバイスチェアであるDan Hutcheson氏は、TSMCとIntelの競争は「接戦(neck and neck)」状態にあるとしつつも、顧客の選択は技術的リードだけでなく、顧客サービス、価格設定、ウェハ割り当てといった要因にも左右されるだろうと指摘している。
一方で、TSMCは地政学的な課題やコスト増にも直面している。米中対立の影響や、台湾国外(米国アリゾナ州など)での工場建設・運営に伴うコスト増は、利益率への影響が懸念されている。TSMCのCFOであるWendell Huang氏は、海外生産能力拡大による年間の利益率希薄化が、従来予測の2~3%から、5年後には4%に拡大する可能性があると言及した。
こうした課題を抱えながらも、TSMCはAIブームを背景とした旺盛な需要に支えられ、好調な業績を維持している。2025年第1四半期には純利益が前年同期比60%増を記録するなど、その勢いは続いている。
今回発表されたA14プロセスと、それを補完するA16プロセスおよび広範な関連技術は、TSMCが今後も半導体微細化の最前線を走り続け、AI、HPC、スマートフォン、自動車、IoTといったあらゆる分野の進化を牽引していくという強い意志の表れと言えるだろう。2028年のA14量産開始に向け、その開発動向と市場への影響が引き続き注目される。
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