テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

米政権、中国への半導体設計ソフト輸出に「待った」:先端技術巡る覇権争い、新たな火種か?Synopsysは通知を否定、錯綜する情報に市場は混乱

Y Kobayashi

2025年5月30日

米中間の技術覇権争いが新たな局面を迎えている可能性が浮上した。Financial Times紙がTrump政権が米国の主要な半導体設計ソフトウェア(EDA)企業に対し、中国の顧客への製品販売を停止するよう指示したと報じている。この動きは、人工知能(AI)や高度コンピューティング分野で急速に影響力を増す中国の技術開発にブレーキをかける狙いがあるとみられる。しかし、対象企業の一つであるSynopsys社は公式に通知の受け取りを否定しており、情報が錯綜する中で市場には動揺が広がっている。

スポンサーリンク

EDAソフトウェア輸出制限、その詳細と狙い

Financial Times(FT)紙が報じた情報によると、米商務省産業安全保障局(BIS)は、Synopsys、Cadence Design Systems、そしてSiemens EDA(独Siemensの子会社、旧Mentor Graphics)といったEDA業界の巨人たちに対し、中国への販売停止を指示する書簡を送付したとされる。これら3社は、中国のEDA市場で約8割のシェアを握るとも言われ、今回の措置が実行されれば中国の半導体産業にとって大きな打撃となることは必至だ。

EDAソフトウェアは、スマートフォンからスーパーコンピューター、そしてAIチップに至るまで、あらゆる現代電子機器に不可欠な半導体の設計・検証を行うための基盤技術である。特に最先端の半導体開発においては、高度なEDAツールなしには成り立たない。今回の措置は、中国がこれらの重要技術へアクセスすることを困難にし、結果としてAIなどの先端分野での研究開発能力を削ぐことを目的としていると考えられる。

Reutersの報道によれば、この規制はEDAソフトウェアに留まらず、半導体製造に必要な特定の化学薬品、ブタンやエタンといったガス、さらには工作機械や航空関連機器など、より広範な製品に及ぶ可能性も示唆されている。これが事実であれば、米国の対中技術輸出規制は新たな段階に入ったと言えるだろう。

商務省の報道官はFTに対し、「中国への戦略的重要性を持つ輸出を審査中」であり、「場合によっては既存の輸出ライセンスを停止したり、追加のライセンス要件を課したりしている」とコメントしており、何らかの措置が進行中であることを認めている。ただし、ライセンス申請はケースバイケースで審査されるとの情報もあり、全面的な禁輸ではなく、許可制による厳格な管理を目指すものかもしれない。

ハイテク冷戦の再燃か?規制強化の背景

この動きの背景には、世界の二大経済大国である米国と中国の間で激化する技術覇権争いがある。米国は近年、中国による軍事技術への応用や、自国の技術的優位性が脅かされることへの警戒感を強めており、半導体関連技術の輸出規制を段階的に強化してきた。記憶に新しいところでは、NVIDIA製の高性能AIチップ「H20」の中国向け販売禁止措置がある。今回のEDAソフトウェアへの規制は、この流れをさらに加速させるものと言えるだろう。

奇しくも、この報道が出たタイミングは、米中両国が貿易交渉において新たな関税賦課を90日間停止することで合意した直後であった。この「一時停戦」ムードに冷や水を浴びせかねない今回の措置は、両国間の対立の根深さを改めて浮き彫りにした格好だ。

一部の専門家は、EDAソフトウェアを「真のチョークポイント(急所)」と指摘する。最先端のチップを設計する上で不可欠でありながら、その供給元はごく一部の米国企業に寡占されているからだ。Reutersによれば、EDAツールの対中輸出規制はTrump前政権時代から検討されていたものの、あまりに影響が大きいため見送られてきた経緯があるという。それが今、再び俎上に載せられたとすれば、米国の危機感がそれだけ高まっている証左かもしれない。

スポンサーリンク

市場の動揺と食い違う情報:Synopsys CEOは通知を否定

この報道を受け、金融市場は敏感に反応した。SynopsysとCadenceの株価は一時、それぞれ9.6%、10.7%という大幅な下落に見舞われた。両社にとって中国市場は無視できない存在であり、Synopsysは年間収益の約16%(2024年度で約10億ドル)、Cadenceは約12%を中国から得ている。

しかし、当事者であるはずのSynopsysのCEO、Sassine Ghazi氏は、報道が出た後の決算発表の電話会見で「報道や憶測は認識しているが、SynopsysはBISから(販売停止を指示する)通知を受け取っていない」と明確に否定した。さらに、「通期のガイダンスは、BISの輸出規制に関する我々の現在の理解と、中国での前年比減収の予想を反映している」と述べ、現時点での事業計画に大きな変更はないとの認識を示した。市場閉鎖後、同社は2025年の収益予測を再確認し、株価は時間外取引で一部反発する動きも見られた。

このCEOの発言と報道内容の食い違いは、市場にさらなる混乱をもたらしている。考えられる可能性としては、以下のようなものが挙げられるだろう。

  1. 報道が先行し、正式な通知はまだ一部に留まっている、あるいは段階的に行われている。
  2. CEOが公の場で戦略的に事実を認めていない。
  3. 「通知」の解釈(例えば、法的拘束力のある正式な命令書なのか、事前の通達レベルなのか)に齟齬がある。
  4. 報道内容に何らかの誤りや誇張が含まれている。

現時点では、どの可能性が真実に近いのか断定することは難しい。Cadence社およびSiemens社は、CNBCなどのメディアからのコメント要請に即座には応じていないと報じられており、事態の全容解明にはまだ時間がかかりそうだ。

中国の猛反発と国産化への「逆風」か「追い風」か

当然ながら、中国側はこの動きに強く反発している。中国外務省はReutersの取材に対し、米国のこのようなやり方は世界のサプライチェーンの安定を破壊し、技術と貿易問題を武器化して中国を排除・迫害するものだと非難。「いかなる制裁や圧力も中国の発展と進歩のペースを妨げることはできず、いかなるいじめや強制も中国の自給自足達成の決意を揺るがすことはできない」と強調した。また、中国商務省の報道官も、この動きが両国の予備的な貿易合意を損なうと批判し、ホワイトハウスに「過ちを正す」よう要求している。

一方で、この米国の強硬策は、皮肉にも中国国内の半導体自給自足への動きを加速させる可能性がある。報道を受けて、中国国内のEDAソフトウェア開発企業、例えばEmpyrean Technology(華大九天)やPrimarius Technologies(概倫電子)などの株価は急騰した。これは、外国製EDAへのアクセスが困難になることを見越した投資家の期待感の表れだろう。

実際、中国は以前から半導体技術の国産化を国家戦略として推進しており、EDAツールもその重要分野の一つだ。米国の制裁下にあるHuaweiは、2023年に14ナノメートル以上の先端プロセスに対応可能な独自のEDAツールを開発したと発表している。

シンガポールに拠点を置くWhite Oak Capital PartnersのNori Chiou氏は、「これは中国の自立を助長するだけの効果のない措置だと信じている。半導体と同様だ」とコメントし、「これらの設計ツールには多くの海賊版があり、入手は難しくない。正規ルートがブロックされれば、多くの中国EDA企業が恩恵を受けるだろう」との見方を示している。この指摘が正しければ、米国の規制は期待したほどの効果を上げられないばかりか、中国の国産技術の育成を促す結果になりかねない。

スポンサーリンク

不透明な規制の行方と深まる米中対立

今回のEDAソフトウェアを巡る米国の動きは、多くの不確定要素をはらんでいる。まず、規制の具体的な内容や運用方法が依然として不透明だ。「ケースバイケースでの審査」がどのような基準で行われるのか、実質的に全面的な輸出禁止に近いものになるのか、それとも限定的なものに留まるのか。これが明らかになるまでは、関連企業も市場も様子見を続けざるを得ないだろう。

仮に厳しい規制が現実のものとなれば、SynopsysやCadenceといった米国企業は、短期的には大きな市場である中国からの収益減という痛みを伴う。長期的には、中国企業が国産EDAへのシフトを加速させることで、国際市場における米国企業の競争力が相対的に低下するリスクも考えられる。

世界の半導体サプライチェーンにとっても、今回の動きは新たな不安定要因となる。設計段階でのボトルネックが生じれば、それは最終製品の生産にも影響を及ぼしかねない。

そして何よりも、この一件は米中間の技術を巡る対立が、もはや後戻りできない段階に入りつつあることを示唆しているように思える。Trump政権の真の狙いはどこにあるのか。それは中国のハイテク覇権確立を遅らせるための時間稼ぎなのか、それともより大きな交渉のためのカードなのか。今後の米中関係の行方を占う上で、このEDA規制問題は一つの重要な試金石となるだろう。先端技術を巡る両国の駆け引きは、ますます激しさを増していくのではないだろうか。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする