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米国、Huawei AIチップの「使用」について全世界に警告 – AI輸出新規制は撤回、NVIDIAには追い風か

Y Kobayashi

2025年5月15日

米国Trump政権は2025年5月14日、大きな転換点を迎えるAI関連技術の輸出管理政策を発表した。前Biden政権が導入し、翌15日に発効予定だった「AI Diffusion Rule(AI拡散ルール)」を正式に撤回する一方で、中国の通信機器大手Huawei製の特定のAIチップについて、世界中どこであってもその「使用」が米国の輸出管理規則に違反する可能性があると警告するガイダンスを公表したのだ。この動きは、米国のAI技術覇権を維持しつつ、国内主要企業を保護し、最大の競合相手である中国の技術的台頭を選択的に抑制しようとする、より鮮明な戦略の表れと言えるだろう。

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発効前夜の急転直下、「AI Diffusion Rule」撤回の背景

米国商務省(DOC: Department of Commerce)は、Joe Biden前大統領の任期末に導入され、物議を醸していた「AI Diffusion Rule」を正式に撤回するよう、所管する産業安全保障局(BIS: Bureau of Industry and Security)に指示した。[PDF]このルールは、米国政府が設定する階層システムに基づき、特定国へのAIチップやAIモデルの重み(weights)の輸出を制限または禁止するもので、特に高性能GPU(Graphics Processing Unit:グラフィックス処理ユニット)の輸出に大きな影響を与えるものと見られていた。

この規制案が最初に発表された際、テクノロジー業界からは広範な批判が巻き起こった。特にAIチップ市場で圧倒的なシェアを誇るNVIDIAは、このルールを「見当違い」であり、「世界中のイノベーションと経済成長を頓挫させる恐れがある」と公然と非難していた。

商務省は声明の中で、同ルールが「アメリカのイノベーションを抑制し、企業に過重な新しい規制要件を負わせるものだった」と撤回の理由を説明。Jeffery Kessler商務次官(産業安全保障担当)は、Trump政権として「信頼できる外国との間でアメリカのAI技術に関する大胆かつ包括的な戦略を追求し、同時に敵対者の手に技術が渡るのを防ぐ」方針を示した。代替となる具体的な新ルールについては明らかにされていないが、Bloombergの報道によれば、広範な制限ではなく、各国との直接交渉に焦点を当てるものになる可能性が示唆されている。

このAI Diffusion Ruleでは、世界各国を3つの階層に分類。日本や韓国のようなティア1の国々は引き続き輸出制限を受けない一方、メキシコやポルトガルなどが含まれるティア2の国々は初めてチップ輸出制限の対象となり、中国やロシアのようなティア3の国々はさらに厳しい規制に直面するはずだった。

Huaweiへの新たな警告:「Ascendチップの使用」そのものが違反対象に

AI Diffusion Rule撤回という「緩和」の動きとは対照的に、商務省の産業安全保障局はHuaweiに対する警告を強化するガイダンスを発表した。特に、Huawei製のAIプロセッサ「Ascend」シリーズの特定モデル(Ascend 910B、910C、910D)について、「世界のどこであっても使用すること」が米国の輸出管理規則に違反する可能性があると明確に指摘したのだ。

産業安全保障局は、これらのAscendチップが「米国の特定のソフトウェアまたは技術を用いて設計された、あるいは米国の特定のソフトウェアまたは技術の直接製品である半導体製造装置で製造された可能性が高い、またはその両方」であると指摘。 これにより、これらのチップを使用する企業や個人は、米国外であっても産業安全保障局からの許可なしに使用した場合、輸出管理規則違反と見なされ、「懲役、罰金、輸出権限の喪失、その他の制限を含むがこれらに限定されない、実質的な刑事罰および行政罰」に直面する可能性があるとしている。

このガイダンスは、新しい規制を導入したものではなく、既存の輸出管理規則の解釈を明確にし、企業に注意喚起するものだと専門家は指摘する。Akin Gump法律事務所の輸出管理専門弁護士であるKevin Wolf氏は、「このガイダンスは新たな管理ではなく、Huaweiが設計した高度なコンピューティング(集積回路)を誰かがどこかで使用するだけでも輸出管理規則に違反するという解釈を公に確認するものだ」と述べている。

HuaweiのAscendチップは、特にNVIDIAの高性能チップへのアクセスが制限されている中国国内市場で急速に需要を伸ばしており、NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏もHuaweiを「世界で最も手ごわいテクノロジー企業の一つ」と複数回言及するなど、その競争力を認めている。 Huaweiは、個々のチップ性能ではNVIDIAの最先端品に及ばないものの、多数の910Cチップをクラスター化することで、特定用途においてはNVIDIAの競合製品を上回る性能を発揮すると主張するシステムを中国国内の顧客に出荷開始している。

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政策転換の裏にはNVIDIAの影とTrump政権のしたたかな計算

今回の政策転換のタイミングは示唆に富む。NVIDIAのJensen Huang CEOは、Donald Trump大統領と共にサウジアラビアを訪問し、米企業へのAI投資を働きかけていた。 実際、サウジアラビアの新国営AI企業Humainは、NVIDIA製チップを数十万個使用してAIインフラを構築する計画を発表している

NVIDIAは、前Biden 政権のAI Diffusion Ruleに対して最も声高に反対していた企業の一つであり、Trump政権の第一期のような「アメリカのリーダーシップを強化し、経済を活性化し、AIなどにおける競争優位性を維持する」政策への回帰を期待する声明を発表していた。 今回のルール撤回と、競合相手であるHuaweiへの締め付け強化は、NVIDIAにとってこの上ない追い風となる可能性がある。

一方で、この動きは米中間の技術デカップリングをさらに加速させるものと見られる。J&J Investmentの最高投資責任者であるJonah Cheng氏は、Ascendチップは既に供給不足であるため、今回のHuaweiチップ使用に関する警告の直接的な影響は限定的かもしれないとしつつも、より広範な米国の輸出規制が中国の半導体産業に大きな影響を与えていると指摘する。

国際貿易法律事務所Reed SmithのTan Albayrak氏は、今回のHuawei Ascendチップに関するルールの具体的な執行方法は未知数としながらも、「市場参加者に対し、米国と中国のどちらかを選ぶよう、さらに圧力をかける効果があることは間違いない」と述べ、両国の輸出管理法規がますます衝突する中で、企業が双方を満足させ続けることは困難になっているとの見解を示した。

台湾経済研究院(TIER: Taiwan Institute of Economic Research)のシニアサプライチェーンアナリストであるChiu Shih-fang氏は、Trump政権によるHuaweiチップへの新方針は、最近の米中間の貿易摩擦緩和の動きとは裏腹に、米国が自国の戦略的優位性を確保するため、特定の産業においては引き続き規制を強化していくことを示唆していると分析する。

今回の商務省の発表には、Huawei Ascendチップへの警告に加え、海外のAIチップに対する輸出管理を強化するためのいくつかのガイダンスが含まれていた。その中には、米国のAIチップが中国のAIモデルの「トレーニングと推論」に使用されることの潜在的な結果について企業に警告することや、米企業に対してサプライチェーンを転用戦術から保護する方法についてのガイダンスを発行することも含まれている。共和党のTom Cotton上院議員も別途、AIやHPCサーバーなどの高性能技術にジオトラッキング機能の搭載を義務付け、「共産中国のような敵対者の手にアメリカの先端チップが渡るのを防ぐ」ための法案を提出している。

米国のAI技術と市場におけるリーダーシップを維持しつつ、中国の急速な技術的キャッチアップ、特にHuaweiのような強力な競合企業の台頭を阻止しようとするTrump政権の戦略は、より選択的かつ巧妙なものになりつつあるようだ。AI Diffusion Ruleの撤回は同盟国や自国産業への配慮を示す一方で、Huaweiへのピンポイントな圧力強化は、その二面性を象徴していると言えるだろう。この複雑なバランスの先に、世界のAI技術覇権の行方がかかっている。


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