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米政府、NVIDIAチップ追跡機能搭載を義務付けで中国への不正輸出阻止へ :「キルスイッチ」搭載法案も浮上

Y Kobayashi

2025年5月7日

米中間のハイテク摩擦が新たな段階に入ろうとしている。Reutersの報道によると、米国の超党派議員らが、NVIDIAをはじめとする高性能AIチップが米国の輸出規制に違反して中国へ不正に持ち込まれている問題に対処するため、販売後のチップ所在地を追跡する技術の導入を義務付ける法案を数週間以内に提出する計画だという。さらに、不正利用が疑われるチップの起動を停止させる「キルスイッチ」機能についても議論が始まっており、世界のAI開発競争と半導体サプライチェーンに大きな影響を与えそうだ。

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なぜNVIDIAチップが狙われるのか?中国市場の魅力と規制の狭間で揺れる巨人

NVIDIA製のAIチップ、特にそのGPU(Graphics Processing Unit:画像処理ユニット)は、現代のAI開発に不可欠な存在だ。チャットボットや画像生成AIといった民生技術から、生物兵器開発のような軍事応用まで、その用途は多岐にわたる。この戦略的重要性から、Joe Biden前政権及びDonald Trump現政権は、中国への高性能AIチップ輸出規制を段階的に強化してきた。

しかし、NVIDIAにとって中国市場は無視できない規模を持つ。2025年1月26日に終了した同社の会計年度において、中国は170億ドルの収益を生み出し、これは同社総売上の13%に相当する。だが、複数の報道機関は、米国の輸出規制下にあるはずのNVIDIA製チップが、依然として中国国内に流入している実態を明らかにしてきた。中国のAI企業DeepSeekが開発した高性能AIシステムが、米国からの販売が禁止されているNVIDIA製チップを使用して構築されたとの分析会社SemiAnalysisの指摘や、シンガポールでNVIDIA製チップ搭載サーバーが絡む詐欺事件で3人が起訴された事例は、その氷山の一角と言えるだろう。

NVIDIA自身は、「製品が一度販売されると追跡できない」と公に主張している。この主張に対し、今回の法案を主導するBill Foster下院議員は異議を唱える。

米議員が提案する「追跡」と「無効化」だが、ハイテクによる封じ込めは可能か?

かつて素粒子物理学者として活躍し、複数のコンピューターチップ設計経験も持つBill Foster議員は、チップ販売後の追跡技術はすでに利用可能であり、その多くはNVIDIA製チップにも組み込まれていると指摘する。独立系技術専門家も、この見解に同意しているという。

Bill Foster議員が提出を目指す法案は、主に以下の2つの柱で構成される。

  1. AIチップの所在地追跡技術の義務化:
    輸出管理ライセンスに基づき、チップが認可された場所で使用されているかを確認することを目的とする。具体的には、チップがセキュアサーバーと通信し、その信号到達時間差から大まかな位置(国レベル)を特定する仕組みが想定されている。この技術は目新しいものではなく、Alphabet傘下のGoogleはすでに、自社データセンター内のAIチップの盗難防止やセキュリティ目的で同様の追跡システムを運用していると、事情に詳しい2人の情報筋は語っている。
    現状、米商務省のBureau of Industry and Security (BIS)は、輸出されたチップが海外でどこに存在するのかを把握できていない。元エンジニアでワシントンのシンクタンクInstitute for ProgressのTim Fist氏は、この追跡技術によって「BISは、海外に流出したチップのうち、密輸の可能性が低いものと、さらなる調査が必要なものを区別できるようになる」と期待を寄せる。
  2. 不正チップの起動停止(「キルスイッチ」):
    輸出管理ライセンスを持たない状況でチップが起動しようとした場合、それを阻止する機能の導入も目指す。Bill Foster議員自身も、位置追跡技術よりも実装の技術的ハードルが高いことは認めているが、「チップやモジュール提供者と、どうすれば実現できるか詳細な議論を始める時期に来ている」と述べている。

この法案は、米商務省に対し、これらの技術要件に関する規則を6ヶ月以内に策定するよう指示する内容となる見込みだ。

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法案への反応と政治的動向: 超党派の支持は得られるか?

この法案の構想は、超党派の支持を得られる可能性が高いと見られている。下院中国特別委員会の民主党筆頭理事であるRaja Krishnamoorthi下院議員は、「チップ搭載型の位置検証は、この密輸を阻止するために我々が検討すべき創造的な解決策の一つだ」と声明で支持を表明。同委員会の委員長であるJohn Moolenaar下院議員(共和党)も、位置追跡の概念を支持しており、上下両院の議員と具体的な法案について協議する予定だと語っている。John Moolenaar議員は、「NVIDIAのような企業に高性能AIチップへの位置追跡機能の組み込みを義務付けること、そしてそれを実現する技術が既に存在することについて、特別委員会は強力な超党派の支持を得ている」と述べている。

一方で、このような追跡技術や「キルスイッチ」の導入は、プライバシーに関する懸念や、企業側からの反発を招く可能性も指摘されている。

AI覇権と安全保障の狭間で加速する技術的封じ込め

Bill Foster議員は、「これは想像上の未来の問題ではない。現実に起きている問題だ」と警鐘を鳴らす。中国共産党や軍が、密輸された大量のチップを用いて兵器開発を進めたり、あるいは核技術と同等の脅威となり得る汎用人工知能(AGI)の研究に取り組んでいる可能性を深刻に受け止めている。

これまでの米国の輸出規制は、必ずしも効果的とは言えなかった。中国はHuaweiのような国内企業による代替品の開発を進める一方、貿易の抜け穴やその他の手段を通じてAIチップの供給を確保してきた。元米商務長官のGina Raimondo氏も、輸出規制を「いたちごっこ」と表現し、その限界を示唆していた。また、米上院の調査では、輸出規制を担当するBISがリソース不足に直面し、チップメーカーの自主的なコンプライアンスに依存している実態も明らかになっている。

こうした状況下で浮上した「チップ追跡」と「キルスイッチ」というアイデアは、技術によって物理的な流通をコントロールしようという、より踏み込んだアプローチと言えるだろう。特に「キルスイッチ」という言葉は強烈な響きを持つが、国家安全保障に関わるAI技術の管理において、米国が取り得る選択肢として真剣に議論され始めている点は注目に値する。

NVIDIAはこの件に関してコメントを拒否している。中国という巨大市場と、自国政府による厳しい規制強化という板挟みの中で、同社がどのような対応を迫られるのか、そしてこの法案が可決された場合、世界のAI開発競争の勢力図や半導体サプライチェーンにどのような変化をもたらすのか。技術による管理はどこまで許容され、その実効性はいかほどのものなのか。この問題は、単なる技術論争を超え、国際政治、経済安全保障、そして倫理的な側面まで含んだ、複雑な様相を呈している。


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