高性能プロセッサで知られるAMDが、サーバーCPUなどの生産において、韓国Samsung Electronicsの4nmプロセス採用を見送り、TSMCの米国アリゾナ工場に切り替える可能性が報じられた。この動きは、Samsungのファウンドリ事業にとって大きな痛手となる一方、TSMCの市場における優位性をさらに強固にするものと見られる。
錯綜する報道:AMDの4nm戦略、揺れ動くパートナーシップ
今回の報道の中心は、AMDがSamsungの第4世代4nmプロセスノード「SF4X」で製造予定だったチップの計画を変更し、TSMCに鞍替えするというものだ。特に注目されるのは、AMDの主力製品であるEPYCサーバーCPU向けのI/Oダイ(チップの入出力を司る部分)だが、報道によってはRyzen APU(CPUとGPUを統合したプロセッサ)やRadeon GPU(グラフィックス処理ユニット)もSamsungのSF4Xプロセスでの協力対象だったとされており、影響範囲の広さが懸念される。
興味深いのは、過去にはAMDとSamsungの接近を伝える報道もあったことだ。例えば、韓国メディアThe Bellは、AMDがSamsungの4nmプロセスを用いてI/Oダイの生産を推進しており、試作品も製作済みであると2月に報じていた。 当時、早ければ2025年下半期からの量産開始が見込まれ、翌年に投入予定だった第6世代EPYCプロセッサへの搭載が期待されていたという。 また、2023年5月にはAMDがTSMCからSamsungへ一部の4nm CPUの製造を移管すると発表したとされており、これはAMDが複数の製造委託先を確保する「デュアルソーシング戦略」の一環と見られていた。
しかし、今回の報道はこうした過去の流れとは逆方向を指し示しており、AMDのファウンドリ戦略が大きく転換した可能性を示唆している。リーカーのJukanlosreve氏は、AMDとSamsungの協力関係は破綻しつつあると報じている。 Samsungにとって大きな進展と見られていたこの協力関係が、なぜ暗転したのだろうか。
なぜAMDはSamsungからTSMCへ?憶測呼ぶ3つの背景
AMDがSamsungからTSMCへ、特にTSMCのアリゾナ工場へと舵を切ったとされる背景には、いくつかの要因が考えられる。
1. Samsungプロセスの安定性への懸念
まず第一に考えられるのが、Samsungの製造プロセスの安定性や一貫性に対するAMD側の懸念だ。 これまでにもSamsungの製造プロセスに関する歩留まりの低さや、不具合については度々報じられており、こうした懸念がAMDによるSamsungの4nm技術を用いたグラフィックスチップの量産計画中止につながったと考えられる。 先端プロセスにおける歩留まり(良品率)や性能の安定性は、特に高性能チップを扱うAMDにとって最重要課題の一つであり、この点での不安が今回の決定を後押しした可能性がある。
2. TSMCアリゾナ工場の魅力とキャパシティ確保
加えて、TSMCが米国アリゾナ州に建設した新工場は、AMDにとって魅力的な選択肢となったようだ。 米国内での生産は、サプライチェーンの地政学的リスクを軽減する上でメリットがある。かつてAMDがSamsungを検討した理由の一つに、TSMCの4nmプロセスの生産キャパシティ不足があったとされる。 当時TSMCは、NVIDIAやAMD自身のAIアクセラレータなどの生産でラインが逼迫していたと見られる。 しかし、TSMCアリゾナ工場の稼働開始により、状況が変化し、AMDが必要とするキャパシティを確保できる見込みが立ったのかもしれない。
3. Samsungファウンドリの苦境と価格競争力の限界
以前の報道では、Samsungファウンドリが3nmプロセスで苦戦しており、旧世代のレガシープロセスでも需要が鈍化していると報じられた。SamsungはTSMCに対抗するため、価格競争力で顧客を獲得しようとしてきたが、 プロセスの安定性や性能といった根本的な部分で顧客の信頼を得られなければ、価格だけでは契約を維持できないという厳しい現実が浮き彫りになった形だ。
Samsungファウンドリの試練と反撃の狼煙
AMDという大口顧客を失う可能性は、Samsungファウンドリにとって大きな試練であることは間違いない。
4nm主力プロセス「SF4X」への期待と現実
Samsungが2023年3月に量産を開始したSF4Xプロセスは、コスト削減とチップ性能向上を目指したバックエンド・オブ・ライン(BEOL)配線技術などを特徴としていた。 TheBellは、Samsungの4nmプロセスがExynosプロセッサやBaiduのAI半導体、さらには次世代メモリHBM4のベースダイにも採用され、約70%という比較的高水準の歩留まりを維持していると報じたこともあった。 しかし、今回のAMDの動きは、このSF4Xに対する市場の評価、少なくともAMDの評価が必ずしも芳しくなかった可能性を示唆している。
巻き返しを期す2nmプロセス開発:一縷の望み
一方で、Samsungは次世代の2nmプロセス(SF2)開発で光明を見出そうとしている。複数のメディアが、SF2プロセスのテスト生産において初期歩留まりが30%を超え、予想以上の成果を上げていると伝えている。 SamsungはこのSF2プロセスを2025年後半に安定化させ、自社の次期モバイルチップ「Exynos 2600」の量産を開始する計画だ。 さらに、Qualcommの次世代ハイエンドSoC「Snapdragon 8 Elite 2」(仮称)をSF2で製造する契約締結も間近だと報じられており、NVIDIAもSamsungの2nmプロセスに関心を示しているという。 もしこれらの大型契約が実現すれば、Samsungファウンドリにとって大きな反撃の狼煙となるだろう。
TSMC一強体制のさらなる強化と、忍び寄る地政学的リスク
今回のAMDの動きは、ファウンドリ市場におけるTSMCのリーダーシップを一層強化するものと言える。
TrendForceの分析によれば、TSMCは歩留まり、性能、生産能力、そしてプロセスの信頼性において明確なリードを保っている。 AMDはTSMCとの関係をさらに深めており、2026年リリース予定の次世代サーバーCPU「Venice」では、TSMCの最先端2nmプロセスを採用し、すでにアリゾナ工場での検証を完了している。
しかし、特定の一社への依存度が高まることは、地政学的リスクの観点からは懸念材料となる。TrendForceも、地政学的リスクの高まりが、将来的にはAMDのような企業に代替の製造パートナーを探る動きを促す可能性があると指摘している。 AMDがかつて模索したデュアルソーシング戦略は、まさにこのリスクを分散するためのものだったが、現状ではTSMCへの回帰が鮮明になっている。
今後の展望と半導体業界へのインプリケーション:不確実性の時代をどう読むか
現時点では、AMDからの正式な発表はなく、報道内容が最終決定なのか、あるいは交渉の一環なのかは不明な部分も残る。しかし、一連の報道は、世界の半導体サプライチェーンがいかに複雑で、かつダイナミックに変動しているかを改めて浮き彫りにした。
Samsungファウンドリにとっては、今回の報道が事実であれば大きな痛手だが、2nmプロセス開発の進捗次第では再び競争力を取り戻すチャンスも残されている。顧客の信頼をいかにして再構築し、先端プロセス技術でTSMCに伍していけるかが、今後の鍵を握るだろう。
一方、AMDにとっては、最適な製造パートナーを確保し続けることが、競争の激しいプロセッサ市場で勝ち抜くための生命線だ。TSMCへの依存度を高めることで短期的なメリットを享受できるとしても、中長期的にはサプライチェーンの柔軟性と安定性をどう確保していくかという課題が残る。
今回の報道は、単なる一企業の戦略変更に留まらず、世界の半導体勢力図や技術覇権争いの行方をも左右しかねない重要な動きと言えるだろう。
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