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宇宙の金はどこから来た? マグネターが放つ「黄金の閃光」がその出処の可能性

Y Kobayashi

2025年5月3日

私たちの指輪や電子機器、そして体内にさえ存在する「」。しかし、この普遍的な貴金属が宇宙で最初にどのようにして作られたのか、その起源は長らく天文学最大の謎の一つとされてきた。これまでにも中性子星の合体という有力候補は存在したが、それだけでは説明しきれない側面があった。だが今回、20年前の観測データの中に、この謎を解き明かす驚くべき手がかりが隠されていたことが明らかになった。宇宙最強の磁石とも呼ばれる天体「マグネター」が、その巨大なエネルギー放出と共に、金を始めとする重元素を宇宙に撒き散らしていた可能性が急浮上しているのだ。

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宇宙最大の謎の一つ:金の起源を巡る長年の論争

宇宙が誕生したビッグバン直後、存在したのは主に水素やヘリウムといった軽い元素だけだった。その後、恒星内部の核融合によって鉄までの元素が作られたことは分かっている。しかし、鉄より重い元素、特に金やプラチナ、ウランといった「重元素」がどのようにして生まれたのかは、半世紀以上にわたる謎だった。

これらの重元素は、「r過程(rapid neutron-capture process:速い中性子捕獲過程)」と呼ばれる特殊な核反応によって作られると考えられている。これは、原子核が短時間のうちに大量の中性子を次々と捕獲し、不安定な状態を経てより重い元素へと変化していく、まさに「宇宙の錬金術」とも言えるプロセスだ。このr過程が起こるには、信じられないほど高密度の中性子が存在する、極めて過酷な環境が必要となる。

これまで、その最有力候補とされてきたのが、「中性子星合体」だ。中性子星とは、大質量の恒星が超新星爆発を起こした後に残る、超高密度の天体である。角砂糖一つ分で数億トンにも達するような物質が、わずか直径20kmほどの球体に凝縮されている。この中性子星同士が衝突・合体する際には、莫大なエネルギーと共に中性子が豊富な物質が放出され、r過程が起こる絶好の環境が生まれると考えられてきた。

そして2017年、重力波望遠鏡LIGO/Virgoが中性子星合体からの重力波(GW170817)を史上初めて捉え、その後の電磁波観測によって、実際に金やプラチナなどの重元素が合成された証拠が見つかった。これはr過程の現場を直接観測した画期的な成果であり、金の起源論争に一つの大きな答えを与えたかに見えた。

しかし、話はそう単純ではなかった。初期宇宙の観測や、古い恒星に含まれる元素の分析から、中性子星合体が起こるよりもずっと早い時期に、すでに重元素が存在していた可能性が指摘されていたのだ。中性子星が合体するには、恒星が進化して中性子星になり、さらに連星系として互いに近づくまで、長い時間が必要となる。つまり、中性子星合体だけでは、宇宙の歴史のごく初期に存在する重元素の量を説明しきれない、という問題が残されていたのである。

浮かび上がった新候補:超強力磁石星「マグネター」とは?

そこで、新たな候補として脚光を浴びているのが「マグネター」だ。マグネターも中性子星の一種だが、その最大の特徴は、想像を絶するほど強力な磁場を持っていることにある。その強さは、地球の地磁気の実に1000兆倍にも達するとされ、文字通り宇宙で最も強力な磁石と言える。

この強大な磁場エネルギーを源として、マグネターは時折、「巨大フレア」と呼ばれる極めて激しい爆発現象を引き起こす。これは、マグネター表面の固い地殻(クラスト)が、内部の強力な磁場の変動によって破壊される「星震」に伴って発生すると考えられている。巨大フレアは、わずか数秒の間に、太陽が数百万年かけて放出するエネルギーに匹敵するほどのガンマ線を放つ、宇宙でも最も明るい爆発現象の一つだ。

これまでに、私たちの天の川銀河とその近くの大マゼラン雲で3回、さらに遠方の銀河で7回のマグネター巨大フレアが観測されている。そして、この巨大フレアこそが、r過程を起こし、金を生成するもう一つの現場なのではないか、という可能性が考えられ始めたのだ。

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20年前の閃光に隠された秘密:データ再解析が明かす真実

今回の研究のきっかけとなったのは、2004年12月に観測された、いて座の方向にあるマグネター「SGR 1806-20」からの巨大フレアだった。このフレアは歴史上観測された中でも最大級のもので、地球の大気にも影響を与えたほどだった。

当時、複数の宇宙望遠鏡がこの歴史的なイベントを捉えていた。フレア本体の強烈なガンマ線スパイクの後、数分間にわたってマグネターの自転周期に同期したX線放射が観測された。ここまでは、巨大フレアの典型的な特徴として理解されていた。しかし、問題はその後に観測された奇妙な信号だった。

最初のガンマ線スパイクから約400秒後、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のガンマ線観測衛星INTEGRALが、これまで知られていなかった、よりエネルギーの高い「遅延MeV(メガ電子ボルト)ガンマ線放射」を捉えたのだ。この信号は、約600〜800秒後にピークに達し、その後数時間にわたってゆっくりと減衰していった。さらに、NASAの衛星RHESSIやWindも、同様の遅延放射を検出していた。

この遅延MeV放射は、フレア本体とも、その後のX線放射とも性質が異なり、パルス状でもなく、その起源は全くの謎だった。当時の科学者たちはこの信号の存在に気づいてはいたものの、「それが何であるか見当もつかなかった」という。この謎は、その後20年近くの間、天文学の片隅で忘れ去られていた。

転機が訪れたのは、コロンビア大学の天体物理学者 Brian Metzger 教授らの研究グループが、マグネター巨大フレアでr過程が起こりうるという理論モデルを提唱したことだった。彼らは、巨大フレアの衝撃波がマグネターの地殻物質を高温高速度で宇宙空間に放出し、これがr過程に必要な条件を満たす可能性があることを示した。

さらに、Metzger 教授の指導を受ける博士課程学生Anirudh Patel氏らは、この放出された物質中でr過程によって新たに合成された放射性同位体が崩壊する際に、特有のガンマ線を放出することを計算で予測した。この予測されるガンマ線は、まさにMeV領域のエネルギーを持ち、フレア後数分から数時間かけて放射されるはずだった。

この理論予測を聞いたルイジアナ州立大学の Eric Burns 助教授(当時)は、過去の観測データにこの信号が記録されていないかと考えた。そして彼が探し当てたのが、2004年のSGR 1806-20巨大フレア後に観測された、あの謎の遅延MeV放射だったのである。

理論モデルによる予測と、20年前の観測データは驚くほど一致した。Metzger 教授は、Burns 助教授が当初「からかわれていると思った」ほど、その一致は完璧だったという。まさに、忘れられていた観測データの中に、マグネターが金を生成した直接的な証拠が眠っていたのだ。研究チームは、この遅延MeV放射が、マグネターフレアによって放出された物質中でr過程によって合成された、約100万分の1太陽質量(地球質量の約3分の1に相当)もの重元素(金を含む)が放射性崩壊する際に放たれたガンマ線であると結論づけた。

“星震”が金を錬成する?:マグネターフレアとr過程のメカニズム

では、具体的にマグネター巨大フレアでどのようにして金が作られるのだろうか?

  1. 星震と物質放出: まず、マグネター内部の強力な磁場の変動が引き金となり、「星震」が発生し、表面の地殻が破壊される。
  2. 衝撃波と加熱: この星震やフレアに伴って発生する衝撃波が、中性子星の地殻物質を高温に加熱し、一部を宇宙空間へと吹き飛ばす。放出される物質の総量は太陽質量の数百万分の一程度だが、その速度は光速の10%以上に達する。
  3. 高密度中性子環境の実現: 放出された物質は、元々中性子星の深い部分にあったため、陽子に対して中性子が豊富な状態にある。さらに、フレアによって生み出される高エネルギー環境は、中性子が極めて高密度に存在する状況を作り出すと考えられている。
  4. r過程の進行: この高密度の中性子環境の中で、原子核は猛烈な勢いで次々と中性子を捕獲していく(r過程)。軽い原子核が、まるで雪だるま式に大きくなるように、一気に金やプラチナ、ウランといった重い原子核へと変貌を遂げる。
  5. 放射性崩壊とガンマ線放射: 生成されたばかりの重い原子核の多くは放射性であり、不安定な状態にある。これらが安定な原子核へと崩壊していく過程で、ガンマ線を放出する。放出された物質全体が膨張し、数分経ってガンマ線が外部に抜け出せるようになると、観測可能な「遅延MeV放射」として捉えられる。

これが、今回提唱されたマグネターによる「金の錬金術」のシナリオである。Patel氏は、「私たちの携帯電話やコンピューターに使われている貴金属の一部が、銀河の歴史の中で、このような極端な爆発現象で作られたと考えるのは、非常にクールです」と語っている。

宇宙史を書き換えるインパクト:初期宇宙、銀河進化、そして未来

この発見は、単に金の起源の謎に新たな光を当てるだけでなく、宇宙の進化に関する我々の理解に大きな影響を与える可能性がある。

  • 初期宇宙の重元素問題への解答: マグネターは、大質量星が死を迎えた直後に誕生するため、中性子星合体よりもずっと早くから宇宙に存在していたと考えられる。そのため、マグネター巨大フレアは、宇宙の歴史のごく初期段階から重元素を供給することができ、中性子星合体だけでは説明できなかった初期宇宙の重元素量の問題を解決する可能性がある。
  • 銀河化学進化への寄与: 研究チームの推定によると、マグネター巨大フレアは、私たちの天の川銀河に存在する鉄より重い元素全体の、少なくとも1%から10%程度を供給している可能性があるという。これは、これまでr過程の主要な起源と考えられてきた中性子星合体(残り約90%を担うとされる)に次ぐ、重要な重元素の供給源であることを示唆している。
  • 宇宙線の起源: フレアで放出された物質は、周囲のガスと衝突する際に加速され、高エネルギーの宇宙線(宇宙空間を飛び交う粒子)になると考えられる。マグネターは、特に重元素からなる宇宙線の重要な起源である可能性も指摘されている。

次世代望遠鏡が見る未来:COSIミッションへの期待

今回の発見は、20年前のアーカイブデータという「過去からの贈り物」によってもたらされた。今後の研究では、他のマグネター巨大フレアの観測データを再調査し、同様の遅延MeV放射が見つかるかどうかが検証されるだろう。

そして、大きな期待が寄せられているのが、2027年に打ち上げ予定のNASAの新しいガンマ線望遠鏡「COSI(Compton Spectrometer and Imager)」だ。COSIは、今回の発見の鍵となったMeV領域のガンマ線を、これまで以上に高い感度とエネルギー分解能で観測することができる。もし将来、天の川銀河で再びマグネター巨大フレアが発生すれば、COSIはその遅延放射を詳細に捉え、どのような種類の重元素がどれだけ作られたのかを、より直接的に明らかにできるかもしれない。

さらに、マグネターフレアはガンマ線だけでなく、紫外線や可視光でも「ノヴァ・ブレヴィス(nova brevis)」と呼ばれる短時間の増光現象を引き起こすと予測されている。これは非常に明るい現象だが、数分から数十分しか続かないため、捉えるのは容易ではない。しかし、将来の観測体制の強化によって、こうした現象も捉えられるようになるかもしれない。

長年、科学者たちを悩ませてきた宇宙の金の起源。中性子星合体に加え、マグネター巨大フレアという新たな、そして強力な候補が現れたことで、その全貌解明に向けた研究は新たな局面を迎えた。忘れられていた20年前のデータが、宇宙の壮大な謎解きへの扉を開いたように、未来の観測がさらなる驚きをもたらしてくれることは間違いないだろう。私たちの足元にある金が、遠い宇宙で起きた星の叫び(星震)の産物かもしれないと想像すると、宇宙への畏敬の念が深まるばかりだ。


論文

参考文献

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