テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

AMD、AI推論の精鋭「Untether AI」チームを買収:「NVIDIA追撃」の次なる一手とは

Y Kobayashi

2025年6月6日

AI半導体市場の巨人NVIDIAを追うAMDが、立て続けに買収を行っている。今回同社はカナダ・トロントを拠点とするAIチップスタートアップ、Untether AIのエンジニアリングチームを買収したようだ。AIの主戦場が「学習」から「推論」へと広がりを見せる中、AMDがNVIDIAの牙城を切り崩すために描いている戦略が垣間見える、象徴的な出来事と言えるだろう。

スポンサーリンク

静かに実行された「チーム買収」という選択

AMDは2025年6月5日、CRNの取材に対し、Untether AIのAIハードウェアおよびソフトウェアのエンジニアチームを買収したことを正式に認めた。 AMDの広報担当者は、「この取引により、当社のAIコンパイラとカーネル開発能力の向上、さらにはデジタルおよびSoC設計、設計検証、製品統合能力の強化に焦点を当てた世界クラスのエンジニアチームがAMDに加わる」と述べ、買収の狙いが特定の技術と人材にあることを明確にした。

注目すべきは、これが企業全体の買収ではなく、「チームと資産(tech)」に限定されたリフトアウト(引き抜き)である点だ。半導体業界専門のリクルーター、Justin Kinsey氏は自身のLinkedInでこのニュースをいち早く伝え、「AMDによるUntetherのエンジニアリンググループの買収は、GPUベンダーがモデル学習の時代が終わり、GPU収益の減少が間近に迫っていることを知っている証拠だ」という大胆な見解を披露している。

Untether AI側も公式サイトでAMDとの戦略的合意を発表し、自社製品である「speedAI」やソフトウェア開発キット「imAIgine SDK」の供給・サポートを終了することを明らかにした。 事実上、事業を停止し、その頭脳をAMDに託した形だ。これは、有望な技術を持ちながらも、単独での事業継続が困難になったスタートアップの新たな出口戦略、「アクハイヤー(Acqui-hire)」がAIハードウェア業界で加速していく可能性を示唆している。

買収されたUntether AIとは何者か? 「アットメモリ」技術の潜在力

では、AMDが白羽の矢を立てたUntether AIとは、どのような企業だったのだろうか。2018年に設立された同社は、AIの「推論(inference)」処理に特化したチップ開発で注目を集めていた。

彼らの技術の核心は、「アットメモリ・コンピューティング(at-memory computing)」と呼ばれる独創的なアーキテクチャにある。 従来のコンピューターアーキテクチャ(フォン・ノイマン型)では、データを記憶するメモリと、計算を行うプロセッサが分離している。このため、両者間で大量のデータをやり取りする必要があり、これが処理速度のボトルネックとなり、同時に大量の電力を消費する原因となっていた。

Untether AIの技術は、この課題を解決するために、メモリセルのすぐ隣に演算ユニットを配置する。これにより、データ移動を最小限に抑え、劇的な電力効率と処理性能の向上を実現する。

その実力は、AI性能の業界標準ベンチマークであるMLPerfでも証明済みだ。2023年に発表されたテストでは、同社のアクセラレータカード「speedAI240」が、データセンター向けおよびエッジ向けの両カテゴリで、競合チップを凌駕する優れたエネルギー効率を叩き出している。 この「省電力・高性能」という特性は、電力供給に制約のあるエッジデバイス(自動運転車、スマートシティのセンサーなど)や、冷却と電力コストが課題となるデータセンターにとって、極めて大きな価値を持つ。

スポンサーリンク

NVIDIAの牙城を崩す「推論」と「ソフトウェア」

今回の買収は、AMDの対NVIDIA戦略という大きな文脈で捉える必要がある。AI半導体市場は、今のところNVIDIAが「学習(training)」用GPUで圧倒的なシェアを握る。AMDは最新アクセラレータ「Instinct MI300」シリーズで猛追しているものの、その牙城を崩すのは容易ではない。

そこでAMDが布石を打つのが、学習済みモデルを使って実際のタスクを実行する「推論」市場だ。AIが社会の隅々に実装されるにつれて、推論処理の需要は爆発的に増加すると見込まれている。Untether AIの省電力・高性能な推論技術は、この成長市場、特にエッジ分野でAMDに強力な武器をもたらす可能性がある。

さらに重要なのが、ソフトウェア・エコシステムの強化だ。AMDは今回の買収の直前にも、AIコンパイラ(人間の書いたプログラムを機械が理解できる言葉に翻訳するソフトウェア)のスタートアップであるBriumを買収したばかりだ。 Untether AIのチームもまた、AIコンパイラとカーネル開発能力の強化に貢献するとされている。

これは、AMDがNVIDIAの強さの源泉であるソフトウェアプラットフォーム「CUDA」に対抗すべく、自社の「ROCm」エコシステムの強化を本気で急いでいることの証左に他ならない。優れたハードウェア(チップ)を開発するだけでは不十分。開発者がその性能を容易に、かつ最大限に引き出せるソフトウェア環境を整えなければ、真の競争は始まらない。AMDは、相次ぐ買収によって、ハードとソフトの両輪でNVIDIAに対抗する体制を着々と築き上げているのだ。

加速する淘汰と再編。「学習の終焉」は本当か?

Untether AIの事例は、AIハードウェア業界全体が大きな転換期にあることを物語っている。

前述のKinsey氏は、「AIのフロンティアは、学習から展開へ、大規模インフラから実世界のアプリケーションへ、汎用GPUから特化した効率的な推論エンジンへとシフトしている」と指摘する。 この見方が正しければ、学習に最適化された高価で電力消費の激しいGPUへの需要はピークを迎え、今後はより効率的な推論チップが主役になる可能性がある。

しかし、この見方には異論もある。LinkedInのコメント欄では、「学習インフラは劇的に拡大しており、縮小しているわけではない」「推論の成功は、より高度な学習要件を生み出し、両市場は乗数効果で成長する」という反論も寄せられている。

おそらく真実は、両者の中間にあるのだろう。学習需要がすぐになくなるわけではない。むしろ、より巨大で複雑なモデルの開発競争は続くだろう。しかし同時に、それらのモデルを現実世界で動かすための、効率的な推論技術の重要性が飛躍的に高まっていることは間違いない。市場は「学習か、推論か」という二者択一ではなく、両方が巨大なエコシステムを形成しながら拡大していく。

AMDの今回の動きは、この複線化する市場の「推論」側で確固たる地位を築こうとする明確な意思表示だ。そして、Untether AIのようなスタートアップにとっては、巨大な資本と長い開発期間を要するハードウェアビジネスの厳しさと、大手による「チーム/技術リフトアウト」が現実的な選択肢となりつつある現実を浮き彫りにしたといえるだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする