AMDは2025年11月14日、同社の次世代アップスケーリング技術スイート「FSR Redstone」の最初の機能である「Ray Regeneration」を、人気FPSシリーズ最新作『Call of Duty: Black Ops 7』で提供開始したと発表した。これはAIを活用しレイトレーシングの描画品質を飛躍的に向上させるもので、現時点では最新のRadeon RX 9000シリーズGPU限定の機能となる。NVIDIAのDLSS Ray Reconstructionに対抗するこの新技術は、PCグラフィックスにおけるAI活用戦争の新たな局面を告げるものだ。
突如ベールを脱いだFSR Redstoneの「第一陣」
AMDが次世代技術として「FSR Redstone」の構想を明らかにした際、多くの業界関係者やゲーマーは、その実装が年末のソースコード公開といった形で行われると予想していた。しかし、AMDはその予想を良い意味で裏切る。同社のグラフィックス部門SVPであるJack Huynh氏は、自身のX(旧Twitter)アカウントを通じて、Activisionの最新大作『Call of Duty: Black Ops 7』のローンチに合わせ、Redstoneの最初のピースが提供されることを電撃的に発表したのだ。
Huynh氏が「これは始まりに過ぎない」と語るように、今回実装されたのはFSR Redstoneが持つ機能のほんの一部に過ぎない。本来、Redstoneは以下の4つの主要コンポーネントで構成される包括的な技術スイートとして発表されていた。
- AI駆動スーパーレゾリューション: 機械学習(ML)ベースのアップスケーリング技術 (FSR 4)
- AI駆動フレーム生成: より高度なフレーム補間技術
- AI駆動レイトレーシング・デノイジング (Ray Regeneration): 今回実装された機能
- Neural Radiance Caching: 高度なリアルタイム・グローバルイルミネーション技術
『Call of Duty: Black Ops 7』はローンチ時点でFSR 4のAIアップスケーリングに対応している。しかし、フレーム生成機能については、現時点では従来のFSR 3方式であり、Redstoneの根幹をなすAI駆動版は後日のアップデートで提供される予定だ。つまり、今回の発表は、Redstoneスイートの中からAIデノイザーである「Ray Regeneration」を先行投入するという、戦略的な一手と言える。
AIが描画を変える「Ray Regeneration」の技術的本質
では、今回デビューを飾った「Ray Regeneration」とは、一体どのような技術なのだろうか。その核心は「AIを活用したリアルタイム・デノイザー」にある。
レイトレーシングの課題を解決するAIの力
レイトレーシングは、光の挙動を物理的にシミュレートすることで、現実世界さながらの反射や影、光の屈折を描き出す画期的な技術だ。しかし、その計算負荷は極めて高い。現在のコンシューマー向けGPUでリアルタイムに完全なシミュレーションを行うのは非現実的であるため、実際には間引かれた光線(スパース・サンプル)で計算を行い、パフォーマンスを確保している。
この「間引き」は、必然的に描画結果にノイズやざらつき(grainy/fuzzy visuals)を生じさせる。従来、このノイズを除去するために複数のデノイザー(ノイズ除去フィルター)が用いられてきたが、これらは時にディテールを不鮮明にしたり、動きのあるシーンでアーティファクト(描画の乱れ)を引き起こしたりする課題を抱えていた。
「Ray Regeneration」は、このデノイズ処理をAIモデルに置き換えるアプローチだ。機械学習によって訓練されたAIが、ノイズの乗った不完全な画像から、本来あるべき高品質な画像をインテリジェントに「再生成(Regeneration)」する。これにより、少ない計算コストで、よりシャープで安定した、高品質なレイトレーシング表現を実現するのが最大の目的である。
NVIDIA「Ray Reconstruction」との技術的類似性と競争
このアプローチは、競合であるNVIDIAがDLSS 3.5で導入した「Ray Reconstruction」と極めて類似している。Ray Reconstructionもまた、複数の手動調整されたデノイザーを単一のAIモデルに統合することで、品質とパフォーマンスの両立を図る技術だ。
AMDが同様の技術を投入したことは、グラフィックス描画の品質向上において、AIによるデノイズ処理が業界標準の技術になりつつあることを示唆している。両社の技術的な優劣を現時点で断定することはできないが、AMDがNVIDIAの先行技術に追随し、キャッチアップを図る構図が鮮明になったと言えるだろう。注目すべきは、この技術競争が最終的にゲーマーにもたらす恩恵である。より少ない性能コストで、より没入感の高いビジュアル体験が可能になる未来が、すぐそこまで来ているのだ。
パフォーマンスへの影響は?
理論上、Ray RegenerationのようなAIデノイザーは、パフォーマンスに大きな悪影響を与えない、あるいはわずかに向上させる可能性すら秘めている。
NVIDIAが『Cyberpunk 2077』でRay Reconstructionを導入した際、フレームレートが若干向上するケースが報告された。これは、複雑で多段階にわたる従来のデノイズ処理を、より効率的な単一のAIモデルに置き換えることで、レンダリングパイプライン全体の処理が最適化されるためと考えられる。AMDのRay Regenerationも同様の恩恵をもたらす可能性がある。
ただし、これはあくまでレイトレーシングを有効にした場合に限定される話だ。レイトレーシングを使用しないプレイヤーにとっては、この機能による直接的なパフォーマンスの変化はない。
『Call of Duty: Black Ops 7』での実装とプレイヤー体験
『Call of Duty: Black Ops 7』では、この最先端技術をいち早く体験できる。RX 9000シリーズGPUのユーザーは、グラフィックス設定メニュー内の「Ray Tracing Reflections」にある「Ray Tracing Denoiser」の項目から「FSR Ray Regeneration」を選択できる。AMDは、この機能をFSR 4アップスケーリングと併用することを推奨している。
期待される視覚的効果
Huynh氏が「水たまりに映る敵の反射が、足元で波紋を立てる様子を想像してほしい。光の一本一本が驚くべき精度でレンダリングされる」と語るように、Ray Regenerationは特に反射や光沢表現の品質を大きく向上させると期待される。
具体的には、以下のような改善が見込まれる。
- 反射の鮮明化: 水面やガラス、金属などに映り込むオブジェクトがよりクリアでシャープになる。
- ゴーストの低減: キャラクターやオブジェクトが動いた際に発生しがちだった、残像のようなゴースト現象が抑制される。
- 影の安定性向上: 特にソフトシャドウ(輪郭がぼやけた影)のノイズが減り、より自然で安定した描画になる。
これらの改善は、静止画だけでなく、動きの激しいゲームプレイ中においてこそ、その真価を発揮するだろう。敵の正確な位置を反射で把握したり、薄暗い場所での光の当たり方を頼りに状況を判断したりと、ビジュアル品質の向上が競技性に影響を与える可能性も否定できない。
動作要件:RDNA 4アーキテクチャという「壁」
この革新的な機能には、一つ大きな制約がある。それは、AMDの最新GPUアーキテクチャ「RDNA 4」を採用した「Radeon RX 9000」シリーズが必須であるという点だ。
これは、Ray RegenerationがRDNA 4に搭載されたAI処理専用のハードウェア(AIアクセラレータ)を駆使して動作するためと考えられる。旧世代のRadeon GPUや、NVIDIA、Intel製のGPUでは利用することができない。
このハードウェア要件は、FSRが従来掲げてきた「オープンなクロスプラットフォーム対応」という理念からは一歩後退したように見えるかもしれない。しかし、これはAIを活用した高度な処理には専用ハードウェアが不可欠であるという、現代の技術的要請を反映した結果と言える。この新技術の普及は、今後RX 9000シリーズがどれだけ市場に浸透するかにかかっている。
FSR Redstoneの全貌とAMDのAI戦略
今回のRay Regenerationは、あくまで壮大な「FSR Redstone」計画の序章に過ぎない。AMDはグラフィックス処理のあらゆる側面にAIを統合しようとしており、その戦略はPCゲーミングの未来を大きく左右するだろう。
Redstoneが目指す統合的AIエコシステム
FSR Redstoneは、単なるアップスケーリング技術のアップデートではない。描画パイプライン全体をAIで最適化し、パフォーマンスと品質を新たな次元へと引き上げることを目指す、統合的なエコシステムである。
- AI駆動スーパーレゾリューション (FSR 4): 従来のFSRよりも高品質なアップスケーリングを実現し、NVIDIAのDLSS Super Resolutionに品質面で対抗する。
- AI駆動フレーム生成: FSR 3のFluid Motion FramesをAIで強化。生成されるフレームの品質を向上させ、アーティファクトを低減することで、より滑らかなゲーム体験を提供する。
- Neural Radiance Caching: 現時点ではまだ謎の多い技術だが、AIを用いてグローバルイルミネーション(大域照明)の計算を効率化し、よりリアルで動的なライティングを低負荷で実現する技術と見られている。
これらが完全に実装された時、AMDのプラットフォームは描画の開始から最終的な出力まで、一貫してAIによる最適化の恩恵を受けられるようになる。
PCからコンソールへ広がるAIの波
AMDがPCだけでなく、PlayStation 5やXbox Series X|Sといった現行世代の主要コンソールにGPUアーキテクチャを提供している事実は、このAI戦略の射程がPC市場に留まらないことを示唆している。
ソニーとの協業を示唆する「Project Amethyst」のような動きもあり、Redstoneで培われたAI技術が、将来的にコンソールゲームにも導入される可能性は極めて高い。もし実現すれば、コンソールでもPCのハイエンド環境に匹敵するようなレイトレーシング表現や、AIによるフレーム生成が可能になるかもしれない。これは、ゲーム開発のエコシステム全体を巻き込む、巨大なパラダイムシフトの始まりとなり得る。
NVIDIA追撃の狼煙、AI描画戦争の新たな局面へ
AMDによるFSR Redstone「Ray Regeneration」の『Call of Duty: Black Ops 7』への電撃的な投入は、単なる新機能の追加ではない。これは、これまでNVIDIAが先行してきたグラフィックス分野におけるAI活用に対し、AMDが満を持して反撃の狼煙を上げたことを意味する。
Ray RegenerationがNVIDIAのRay Reconstructionに匹敵、あるいはそれを超える品質を実証できるかどうかが、今後のAMDの競争力を占う最初の試金石となる。そして、その評価は、ゲーマーが次にどのグラフィックスカードを選ぶかという、極めて現実的な選択に直結するだろう。
Radeon RX 9000シリーズというハードウェアの壁は存在するものの、人気タイトルでの鮮烈なデビューは、AMDのAI戦略が本格的に始動したことを市場に強く印象付けた。PCグラフィックスは今、AIによって描画品質とパフォーマンスの限界を押し上げる、新たな競争の時代へと突入した。この技術革新が私たちのゲーム体験をどこまで豊かにしてくれるのか、その進化から目が離せない。
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