Appleは年次開発者会議(WWDC 2025)で、同社のオペレーティングシステム全体にわたる大規模なデザイン刷新を発表した。その名は「Liquid Glass」。これは、2013年のiOS 7で導入されたフラットデザイン以来、実に10年以上ぶりとなる抜本的なビジュアル言語の変革であり、単なる見た目の変更に留まらず、Appleが描く未来のコンピューティング像、特に空間コンピューティングにおけるユーザー体験の基盤を構築する上での、次なる10年を見据えた戦略的な一手と言えるだろう。
「Liquid Glass」とは何か? – 新デザイン言語の核心
「Liquid Glass」は、その名の通り「液体のガラス」をコンセプトにした新しいデザイン言語だ。Appleのヒューマンインターフェースデザイン担当ヴァイスプレジデント、Alan Dye氏が「これまでで最も広範なデザインアップデート」と語る通り、その適用範囲はiOS 26、iPadOS 26、macOS Tahoe 26、watchOS 26、そしてtvOS 26と、Appleのエコシステム全体に及ぶ。

visionOSから受け継がれた「ガラスの質感」
この新デザインのインスピレーションの源泉は、空間コンピュータ「Apple Vision Pro」のOSであるvisionOSにある。Liquid Glassは、現実世界のガラスが持つ光学的特性、すなわち半透明性や光の屈折といった要素をデジタルインターフェースに持ち込む。
UI要素は半透明になり、背景にあるコンテンツの色や光をほのかに反映する。これにより、アプリやシステム全体に奥行きとコンテキストが生まれる。例えば、ロック画面では時刻表示がLiquid Glassで作られ、壁紙の写真の被写体の後ろに回り込むように流動的に変形する。まさに、インターフェースがコンテンツと融合する体験だ。
リアルタイムに変化する「生きた」インターフェース
Liquid Glassの真髄は、静的なガラス風エフェクトを超えた、その動的な性質にある。Appleの公式発表によれば、「リアルタイムレンダリング」技術を活用し、ユーザーの動きやデバイスの傾きに「スペキュラハイライト(鏡面反射光)」で動的に反応するという。

これは、UI要素がまるで生きているかのように光を反射し、輝きを変えることを意味する。ボタンをタップすればそこから光が広がるようにアラートが現れ、コンテキストメニューはスクロールに応じて滑らかに展開する。こうしたインタラクションの一つ一つが、Apple Siliconの強力なグラフィックス性能を背景に、より直感的で楽しいものになることを目指している。
iOS 7以来の大変革 – 何が、どう変わるのか?
2013年、Appleは現実世界の質感を模倣した「スキューモーフィズム」デザインを捨て、シンプルさと色彩を重視した「フラットデザイン」へと舵を切った。それはiPhoneのデザイン哲学における一大転換点だった。そして今、Liquid Glassはそのフラットデザインの時代に終止符を打ち、新たな章の幕開けを告げている。

全てのプラットフォームを横断する統一感
今回のアップデートで特筆すべきは、Dye氏が「初めて、我々のプラットフォームを横断するユニバーサルデザインを導入する」と述べた点だ。iPhoneからMac、Apple Watchに至るまで、すべてのデバイスで一貫したデザイン言語が採用される。
これは、visionOSで示された「空間コンピューティング」の世界観を、既存のデバイスにも拡張しようとする試みと見て間違いないだろう。デバイス間の体験の連続性を高め、ユーザーがどのデバイスを使っても「Appleの世界」にいることを直感的に感じられるようにする狙いがあると考えられる。
アイコンからシステム全体まで、隅々まで刷新

変化はOSの隅々にまで及ぶ。
- ホーム画面とDock: アプリアイコンやウィジェットは、複数のLiquid Glassの層で構成され、光沢と立体感を持つ。
- コントロールとナビゲーション: ボタン、スライダー、スイッチ、タブバーといった基本的なUI部品がすべて再設計される。
- macOS Tahoe 26: メニューバーが完全に透明になり、ディスプレイがより広くなったかのような感覚を与える。Dockやアイコンは、ライト/ダークモードに加え、カラフルな色合いやエレガントな「クリア」ルックなど、カスタマイズ性が向上する。
- 標準アプリ: カメラ、写真、Safari、FaceTime、Apple Musicなど、主要な標準アプリもすべてLiquid Glassのデザインに刷新される。
なぜ今「Liquid Glass」なのか? – Appleの戦略を読み解く
この大規模なデザイン変更の背景には、いくつかの複合的な要因が見て取れる。
Apple Siliconが拓いた表現力の新境地
Liquid Glassが実現するリアルタイムレンダリングや動的な光の反射は、膨大な計算処理能力を必要とする。これをAppleデバイス全般でスムーズに実現できるようになったのは、自社開発チップ「Appleシリコン」の性能向上と、ハードウェア、ソフトウェア、そしてグラフィックス技術の垂直統合が進んだからに他ならない。技術的な成熟が、新たなデザイン表現を可能にしたのだ。
「空間コンピューティング」時代への布石か
今回の刷新は、将来登場するであろうARグラスなど、新たなフォームファクタへの布石である可能性が高い。スクリーンという2次元の制約を超え、3次元空間に情報を表示する「空間コンピューティング」においては、奥行きや透明感、光の相互作用といった要素が極めて重要になる。Liquid Glassは、その来るべき時代へのデザイン的な準備体操と言えるのかもしれない。
過去との対話、そして競合との競争
テクノロジーの歴史において、ガラス風のデザインはこれが初めてではない。
Mac OS Xの「Aqua」再び?歴史は繰り返すか
2000年代初頭、AppleはMac OS Xで「Aqua」と呼ばれるインターフェースを採用した。水滴やゼリーのような光沢と透明感を特徴とするこのデザインは、当時のMacの象徴だった。Liquid Glassは、その思想を現代の技術で再解釈したものと見ることもできる。

一方で、2007年に登場したMicrosoftのWindows Vistaが採用した「Aero Glass」は、その美しさの代償として高いシステム要件を要求し、パフォーマンス低下の一因ともなった。Liquid Glassが旧世代のデバイスでどの程度快適に動作するのかは、今後の注目点となるだろう。

Google「Material Design」へのAppleの回答

奇しくも、この発表はGoogleがAndroidのデザイン言語「Material You」に、より表現力豊かな「Expressive」スタイルを導入した直後だった。Googleが物理的な「紙とインク」をメタファーに、パーソナライゼーションを推し進めるのに対し、Appleは「ガラスと光」をメタファーに、よりリッチで普遍的な美しさとインタラクションを追求する。これは、モバイルOSにおける二大巨頭のデザイン哲学の新たな競争軸となる可能性を秘めている。
開発者とユーザーが直面する変化
Appleは開発者向けに、SwiftUI、UIKit、AppKit用の新しいAPIセットと、「Icon Composer」という新しいツールを提供する。これにより、開発者は自身のアプリをLiquid Glassデザインに容易に対応させることができるとしている。
しかし、これは同時に、多くのアプリがデザインの大幅な見直しを迫られることを意味する。この変化にどう対応するかが、今後のアプリ体験の質を左右することになるだろう。
ユーザーにとっては、長年親しんだiPhoneの見た目と操作感が大きく変わることになる。この変化が「楽しい魔法」として受け入れられるか、それとも単なる「慣れない変更」に終わるか。それは、Liquid Glassが提供する体験の質と、そのパフォーマンスにかかっている。リッチなUIは概して動作が重くなりがちなため、実際の使用感が楽しみなところだ。
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