Appleが、iPhoneやApple Watchに搭載する振動部品「Taptic Engine」を巡る特許訴訟で、57億ドルを超える損害賠償を認めた陪審評決の取消しを求めた。2026年10月13日に新たな申立てを行ったと、9to5Macが報じている。
9月25日、米カリフォルニア州の連邦地裁の陪審は、AppleがTaction Technologyの保有する2件の特許を侵害したと判断し、57億2,196万1,750ドル(約57.2億ドル)の損害賠償を認めた。米国の特許訴訟でも異例の巨額評決だが、Appleは特許侵害そのものを否定するとともに、損害額を裏付ける証拠が不十分だと主張している。
今回の争いで特に注目されるのは、振動部品が特許の技術的要件を満たすかという問題と、その技術の価値をいくらと評価するかという問題が、別々の争点になっていることだ。
実際、裁判所は陪審審理に先立ち、Taction側が実施した振動試験の信頼性を認める一方、特許技術の価値を金額に換算するための専門家意見を排除していた。
さらに、今回の巨額評決には訴訟資金を提供した投資会社も関与しており、評決がそのまま確定した場合には約14億ドルを受け取る可能性がある。ただし、同社自身も、最終的な賠償額が大幅に変わる可能性を認めている。
振動を測定することと、特許侵害を証明すること、そして侵害された技術の金銭的価値を算定すること。今回の訴訟では、この3つの違いが重要な意味を持っている。
57億ドル超の陪審評決、Appleは侵害認定と損害額の両方を争う
今回の訴訟は、Taction Technologyが2021年4月にAppleを提訴したことに始まる。争われているのは、iPhoneやApple Watchに搭載されるTaptic Engineが、Tactionの保有する触覚フィードバック技術の特許を侵害しているかどうかだ。
約5年間の訴訟を経て、2026年9月25日、米カリフォルニア南部地区連邦地方裁判所の陪審がTaction側に有利な評決を下した。
9月25日付の陪審評決書(ECF No.707)によると、陪審が判断した内容は次のとおりだ。
| 争点 | 陪審の判断 |
|---|---|
| 特許第10,659,885号の請求項17・19 | Appleによる侵害を認定 |
| 特許第10,820,117号の請求項16 | Appleによる侵害を認定 |
| Appleによる故意の侵害 | 認めず |
| Appleが主張した特許の無効性 | 無効との立証を認めず |
| 損害賠償額 | 57億2,196万1,750ドル |
ここで重要なのは、陪審が特許侵害を認めた一方、「故意の侵害」までは認めなかった点だ。
米国の特許法では、通常の特許侵害と、侵害を認識しながら意図的に続けたような故意の侵害は区別される。
米国特許法第284条は、特許侵害に対する損害賠償について定めており、裁判所が賠償額を最大3倍に増額できる規定も設けている。故意性は、こうした増額を判断する上で重要な要素となる。
今回の陪審は故意性を認めていないため、57億ドル超という数字は、故意の侵害に対する懲罰的な増額によって生じたものではない。
また、Appleが主張した特許の無効性についても、陪審はApple側の立証を認めなかった。ただし、これは対象特許について、あらゆる法的な争いが完全に決着したことを意味するわけではない。
さらに、陪審が認めた57億2,196万1,750ドルという金額は、特許ごと、製品ごと、対象期間ごとに内訳を示したものではない。評決書には、損害賠償の総額が一つの数字として記載されている。
Appleはこの評決に異議を唱え、10月13日には、評決を覆すための新たな申立てを行ったと報じられた。
9to5Macが同日に報じた申立ての内容によると、AppleはTactionが損害額を裏付ける十分な証拠を提示せず、陪審に推測による算定を委ねたと主張している。
Appleは、特許侵害を認めた判断や損害賠償の取消しを求めるとともに、代替的な救済として、侵害の有無、特許の有効性、損害額について新たな裁判を行うことも要求したという。
ただし、これはApple側の主張であり、裁判所がその要求を認めたわけではない。
Taptic Engineは何の特許を侵害したと判断されたのか
今回の訴訟を理解するには、Taptic EngineとTactionが保有する特許の技術的な関係を押さえる必要がある。
Taptic Engineは、AppleがiPhoneやApple Watchなどに採用している触覚フィードバック用の振動機構だ。
スマートフォンの画面を操作した際に、指先へ軽く伝わるクリック感や、Apple Watchの通知で感じる小さな振動などを作り出している。
こうした触覚フィードバックでは、単に振動を発生させるだけでなく、振動の強さや周波数、持続時間を制御し、利用者に意図した感触を伝えることが重要になる。
一方、Tactionが保有する今回の2件の特許は、電磁力を使って部品を振動させ、その振動を適切に制御する技術に関するものだ。
具体的には、次の2件が争われている。
両特許は共通の明細書を持ち、2014年9月24日の仮出願に優先権の基礎を置いている。
特許で説明されているのは、コイルと磁石、振動する可動部、可動部を支える構造、そして振動を減衰させる磁性流体などを組み合わせた機構だ。
特に重要なのが「フェロフルイド(Ferrofluid)」と呼ばれる磁性流体である。
フェロフルイドは、液体の中に微細な磁性粒子を分散させた材料だ。磁場に反応する性質を持ち、機械部品の振動を抑える用途などに利用できる。
Tactionの特許では、振動する可動部にフェロフルイドを接触させ、その動きを減衰させる構造が記載されている。
例えば、第10,659,885号特許の請求項17には、コイルや複数の磁石、可動部を支持する機構に加え、40〜200Hzの周波数帯における機械的な共振をフェロフルイドによって少なくとも一つ抑制するという要件が含まれる。
同特許の請求項19では、さらにコイルの形状について、ほぼ平坦な側面を持つ細長い楕円形であることが定められている。
第10,820,117号特許の請求項16にも、フェロフルイドによる減衰に加え、可動部を支える部品の形状や筐体の寸法関係など、具体的な構造上の要件が含まれている。
つまり、今回の特許は「スマートフォンを振動させる仕組み」全般を独占するものではない。
争われているのは、フェロフルイドによる減衰やコイル、磁石、支持機構など、特許請求項に記載された具体的な構成をApple製品が備えているかどうかだ。
そして、その判断を特に難しくしているのが、振動をどのような条件で測定すべきかという問題だった。
2023年にはAppleが勝訴、2025年の控訴審で判断が覆った
今回の陪審評決に至るまで、裁判所の判断は一貫してTactionに有利だったわけではない。
2023年8月、地裁はAppleによる特許侵害を認めず、Apple側に有利な略式判決を下していた。
略式判決とは、重要な事実関係に裁判を必要とする争いがなく、法律上の判断だけで結論を出せる場合に、陪審審理を経ずに下される判決のことだ。
当時の地裁は、特許に記載された振動の減衰に関する要件を厳しく解釈していた。
具体的には、振動出力を十分に減衰させる仕組みを機械的な減衰に限定し、共振の鋭さを示す「Q値」についても、1.5未満でなければならないと解釈していた。
Q値は、振動系が特定の周波数でどれほど強く共振するかを表す指標だ。一般にQ値が高いほど特定の周波数で強い共振が生じやすく、低いほど共振のピークが抑えられる。
しかし、Tactionはこうした特許の解釈に異議を唱え、控訴した。
その結果、2025年8月13日、米連邦巡回控訴裁判所は地裁の判断を覆し、審理を差し戻した。
控訴裁判所の判決文(事件番号23-2349)によると、控訴審は、対象の特許請求項には十分に減衰した振動出力が必要だと認めた一方、その減衰を機械的な方式だけに限定する解釈は誤りだと判断した。
また、Q値を一律に1.5未満とする解釈も認めなかった。
この判断が重要なのは、機械部品そのものの構造だけでなく、制御ソフトウェアなどを含めた製品の動作も、特許侵害の判断に関係し得ることを示した点にある。
ただし、控訴審がAppleによる侵害を認定したわけではない。
控訴審が判断したのは、地裁が採用した特許請求項の解釈や専門家証言の扱いに問題があったということだ。
実際のApple製品が特許の要件を満たしているかどうかは、差し戻された地裁で改めて審理されることになった。
この経緯を踏まえると、2026年9月の陪審評決は、単に両社の技術的な主張を比較した結果ではない。
特許の権利範囲をどう解釈するかという、長年にわたる法律上の争いを経た判断だったことが分かる。
振動試験をどう行うか、両社で異なる主張
差し戻し後の審理で大きな争点となったのが、Apple製品の振動特性を調べる試験方法だった。
Taction側の専門家であるJames Oliver博士は、Appleの「Core Haptics」という触覚フィードバック制御機能を利用し、振動特性を調べた。
この試験に使用されたのが、「HapticSweep」というアプリケーションだ。
Oliver博士は、アプリから与える振動の入力強度を一定にしながら、周波数を段階的に変化させた。
2023年に作成された専門家報告書によると、代表的なiPhoneでは80〜230Hzの範囲で、おおむね平坦な振動出力が得られたという。
ここでいう「平坦」とは、周波数を変えても、振動の出力が大きく変化しないという意味だ。
一方、Apple側の専門家であるMichael Zinn博士は、異なる方法で振動特性を評価すべきだと主張した。
Zinn博士が重視したのは、振動部品のコイル端子へ直接、振幅が一定の正弦波電圧を加えて測定する方法だった。
両者の違いを整理すると、次のようになる。
| 比較項目 | Taction側の試験 | Apple側が重視する試験 |
|---|---|---|
| 入力する信号 | Core Hapticsを通じた振動指示 | コイル端子へ直接加える電圧 |
| 一定に保つもの | アプリから与える入力強度 | 正弦波電圧の振幅 |
| 主な測定対象 | 制御機能を含む製品の振動応答 | 振動部品に直接電圧を加えたときの応答 |
| 争点 | 実際の製品動作として十分に減衰した出力が得られるか | 振動部品そのものが特許の減衰要件を満たすか |
両者の試験は、どちらも周波数を変化させながら振動を測定するものだ。
しかし、一定に保っている条件が異なる。
Core Hapticsを介した試験では、ソフトウェアによる振動制御を含めた製品全体の応答を測定する。一方、コイルに一定の電圧を直接加える試験では、部品そのものの特性をより直接的に調べることになる。
そのため、両者のグラフが異なっていても、どちらかの測定が直ちに誤っているとは限らない。
重要なのは、特許の要件を満たしているかどうかを判断する上で、どの試験条件が適切なのかという点だ。
裁判所はTaction側の試験方法を原則として認めた
2026年8月11日の地裁命令(ECF No.545、26〜28ページ)では、Taction側の振動試験に関する専門家意見を、原則として証拠に採用する判断が示された。
裁判所が重視したのは、Taction側の試験結果を別の方法でも再現できたことだった。
判決資料によると、Oliver博士が使用したHapticSweepと、別のソフトウェアであるHapticlabsを用いた試験を比較したところ、同じ入力条件では、分析後に同じ結果が得られることが確認されていた。
この結果を踏まえ、裁判所は、連邦証拠規則702条の下で試験方法の信頼性を認めるには十分だと判断した。
ただし、この判断には重要な注意点がある。
裁判所が認めたのは、試験方法が専門家意見として採用できる程度の信頼性を備えているということだ。
その試験結果だけでAppleによる特許侵害が証明されたと判断したわけではない。
また、すべてのiPhoneについて無条件に試験意見を採用したわけでもない。
例えば、iPhone 17については、振動部品の動作軸が他の対象製品と異なるにもかかわらず、必要な追加試験が行われていなかったことを理由に、Oliver博士の意見を排除した。
一方、iPhone 17 Proについては、試験に関する意見の採用を認めている。
このように裁判所は、試験方法の信頼性と、個々の製品へ結果を適用できるかどうかを分けて判断していた。
Appleは今回の新たな申立てでも、Taction側の試験は特許に記載された振動特性を正しく評価していないと主張している。
しかし、それはApple側の主張であり、8月の証拠採否の判断が自動的に覆されたわけではない。
裁判所は振動試験を認める一方、特許の価値を算定する意見を排除
今回の訴訟で、技術的な争点と並んで重要なのが、損害賠償額の算定方法だ。
仮にApple製品がTactionの特許を侵害していたとしても、それだけで57億ドルという賠償額が自動的に決まるわけではない。
米国特許法第284条では、侵害による損害を補償するため、少なくとも合理的な実施料に相当する賠償を認める仕組みが設けられている。
合理的な実施料とは、特許権者と侵害者が適法なライセンス契約を結んでいたと仮定した場合に、支払われると考えられる特許使用料のことだ。
その金額を算定する際には、特許が製品全体の価値にどの程度貢献しているのかを検討する必要がある。
例えば、iPhoneにはディスプレイ、カメラ、半導体、通信機能、ソフトウェアなど、多数の技術が組み込まれている。
Taptic Engineもその一部だが、Taptic Engineに使われる個々の特許が、製品全体の価値にどれほど貢献しているかは別の問題だ。
そのため、仮に侵害が認められたとしても、iPhone全体の売上やTaptic Engine全体の価値を、そのまま対象特許の価値とみなすことはできない。
このように、製品全体の価値から特許技術に帰属する価値を切り分ける考え方を「アポーションメント(Apportionment)」という。
8月11日の地裁命令では、Taction側の専門家意見について、この価値の切り分けが大きな問題となった。
裁判所の判断を整理すると、次のようになる。
| 専門家意見 | 裁判所の判断 | 主な理由 |
|---|---|---|
| James Oliver博士による振動特性の試験 | 原則として採用 | 別のソフトウェアによる検証でも結果を再現できた |
| Oliver博士による特許技術の寄与割合の分析 | 排除 | 依拠した証言や試験の信頼性が十分に示されなかった |
| Patrick Kennedy博士による合理的な実施料の算定 | 排除 | 基礎となるOliver博士の寄与割合の分析に問題があった |
| Apple側のJulie Knox氏によるTactionの企業評価額を利用した分析 | 排除 | 企業全体の評価額が、対象特許の価値と適切に結び付いていなかった |
この比較は、2026年8月11日の地裁命令に基づく。
Oliver博士がApple製品の振動特性を測定した試験は認められたが、その測定結果を基に、対象特許が製品価値の何%を占めるのかを推定する意見は排除された。
裁判所は、Oliver博士が依拠したApple関係者の証言について、説明の対象がどのiPhoneなのかを判断するための情報が不足していると指摘した。
また、比較対象となったCorsair製品についても、開示されていない試験や記録のない会話に依存していたことが問題となった。
さらに、Oliver博士の寄与割合の分析を前提としていたPatrick Kennedy博士の合理的な実施料の算定についても、信頼性が確立されていないとして排除した。
一方、Apple側の専門家によるTactionの企業評価額を使った分析も認められなかった。
これは、特許を保有する企業全体の価値が小さいからといって、個々の特許の価値まで小さいと結論づけられるわけではないためだ。
裁判所は双方に対して、単なる企業規模や製品価格ではなく、争われている特許の価値と損害額を適切に結び付ける証拠を求めていた。
9月には補足資料の提出を一部許可
ただし、8月の決定によって、Taction側の損害額に関する証拠がすべて最終的に排除されたわけではない。
9月3日の地裁命令(ECF No.599)では、Taction側が専門家の補足報告書を提出することを一部認めている。
具体的には、Oliver博士が以前から引用していたApple関係者の証言について、追加の証言部分を示すことで説明の不足を補うことを許可した。
一方、新たな試験を行い、その結果を分析に追加することについては、裁判直前の段階でApple側に十分な検証機会を確保できないとして認めなかった。
Kennedy博士の合理的な実施料に関する補足報告書についても、許可されたOliver博士の補足部分に依拠する範囲に限って提出を認めた。
つまり、裁判所はTaction側に限定的な補足の機会を与えたものの、新しい試験や算定方法を自由に追加できるようにしたわけではない。
その後、実際の陪審審理でどの証拠が採用され、損害額を裏付けるものとして扱われたのかが、今回の新たな争点となっている。
Appleが問題視するCorsairとのライセンス契約
Taction側の損害賠償額の算定では、ゲーム用ヘッドセットなどを手掛けるCorsairとのライセンス契約が重要な役割を果たしていた。
Tactionは、過去のライセンス契約を参考に、Appleが対象特許を利用する場合の合理的な実施料を算定しようとしていた。
しかし、Appleは、この契約の金額を今回の特許侵害による損害額へ直接当てはめることはできないと主張している。
Appleが9月23日に提出した法律上の判断を求める申立書(ECF No.687)では、その理由が詳しく説明されている。
Appleによると、Corsairとの契約は、今回争われている2件の特許だけを対象とする単純なライセンス契約ではない。
契約には、関連する別の特許や、技術的なノウハウの提供、エンジニアリング支援なども含まれていたという。
さらに、契約の対象には、今回の訴訟では争われていない別の特許も含まれていた。
そのため、Corsairが支払う実施料のうち、今回の2件の特許に対応する金額がどれほどなのかを区別する必要がある。
加えて、ゲーム用ヘッドセットとiPhoneやApple Watchでは、製品の用途も価格も、触覚フィードバック機能が持つ価値も異なる。
仮にCorsairとの契約で対象特許の価値を適切に切り分けられたとしても、その金額をApple製品に適用するには、さらに両製品の違いを考慮しなければならない。
Appleは、Taction側がこうした価値の切り分けを十分に行っていなかったと主張している。
また、Appleの9月23日の申立書によれば、陪審にはCorsairとの契約に基づく具体的な実施料率が示されておらず、損害額を計算するための十分な根拠がなかったという。
Appleはさらに、フェロフルイドの材料費やTaptic Engineのハードウェア費用も、対象特許の経済的価値を直接示すものではないと指摘した。
例えば、フェロフルイドという材料が安価だったとしても、その材料を特定の機構に組み込む発明の価値まで安いとは限らない。
逆に、高価な振動部品に使われているからといって、その部品に含まれる特定の特許が高額な実施料に値するとも限らない。
重要なのは、材料費や製品価格ではなく、対象特許が技術的・経済的にどの程度の価値を生み出しているかを示すことだ。
Appleは、Taction側がその根拠を示せていない以上、陪審による損害額の算定は推測に依存していると主張している。
ただし、こうした説明はApple側が提出した申立書に基づくものであり、裁判所がTaction側の損害額に関する主張を全面的に退けたことを意味しない。
10月13日の申立てでAppleが求めるもの
9to5Macが10月13日に報じた内容によると、Appleは新たな申立てで、損害賠償額を裏付ける証拠が欠けていることを改めて強調している。
Appleは、Taction側が具体的な実施料を示す代わりに、陪審に妥当と考える金額を決めるよう求めたと批判した。
その結果、陪審は特許の価値を金額へ結び付ける十分な根拠を持たないまま、異例の巨額賠償を認めたというのがAppleの主張だ。
また、AppleはTaction側の振動試験についても異議を唱えている。
Appleによれば、Oliver博士の試験は、特許に記載された振動部品そのものの特性ではなく、Appleの制御ソフトウェアによって調整された後の振動を測定していたという。
このため、AppleはTaction側の試験では対象特許の技術的要件を適切に検証できないと主張している。
さらに、仮にTaction側の解釈を採用するのであれば、特許請求項の範囲が不明確になり、特許の有効性にも問題が生じると訴えている。
このように、Appleは損害額だけでなく、特許侵害の判断そのものにも異議を唱えている。
陪審の57億ドルという数字にも疑問を提起
今回の申立てでは、陪審が記載した損害額そのものについても、Appleが疑問を示していると報じられた。
9to5Macが引用した申立書によると、評決が正式に発表される前、裁判官は陪審評決書に記載された数字について、陪審が本当に意図した金額なのか確信が持てないという趣旨の発言をしていたとされる。
ただし、この発言があったとしても、陪審が数字を書き間違えたことを意味するわけではない。
実際、正式に提出された陪審評決書の5ページには、手書きで「5,721,961,750」と記載されている。
この数字がどのような計算に基づいて導かれたのか、また、評決書に記された金額をどのように扱うべきかは、今後の司法判断を待つ必要がある。
陪審が記載した数字が大きいこと自体は、評決を取り消す根拠にはならない。
問題は、その金額を裏付ける証拠があり、法的に認められる算定方法に従って導かれたかどうかだ。
陪審評決後も、裁判所は判断を変更できる
Appleが求めているのは、単なる不服の表明ではない。
米国の連邦民事訴訟では、陪審評決が出た後でも、当事者が法律上の根拠に基づいて裁判所へ再検討を求める手続きがある。
その一つが、連邦民事訴訟規則50条(b)に基づく「法律問題としての判決(Judgment as a Matter of Law)」を求める申立てだ。
これは、陪審評決を支える証拠が法律上不十分であるなどと主張し、裁判所に判断の変更を求める手続きである。
また、連邦民事訴訟規則59条に基づき、新たな裁判を求めることもできる。
今回のAppleの要求は、こうした評決後の手続きに位置づけられる。
そのため、裁判所がAppleの申立てを認めるかどうかによって、今後の展開は大きく変わる。
例えば、特許侵害の判断は維持したまま、損害額について再審理が必要と判断する可能性もある。
一方、Apple側の主張が認められず、陪審評決が維持される可能性もある。
現時点では、いずれの結論になるかは分からない。
訴訟資金提供会社には最大約14億ドルの取り分も
今回の特許訴訟には、もう一つ注目すべき側面がある。
それは、Taction側の訴訟に外部の投資会社が資金を提供していることだ。
訴訟資金提供とは、企業や投資ファンドなどが訴訟費用を負担し、勝訴や和解によって得られた金銭の一部を受け取る仕組みを指す。
訴訟の当事者にとっては、高額になりがちな弁護士費用や調査費用を賄いやすくなる。一方、資金提供者は、訴訟の結果によって収益を得られる可能性がある反面、敗訴すれば投資資金を失うリスクを負う。
今回の事件では、訴訟ファイナンス事業を手掛けるBurford Capitalが、評決後に公式声明を公表している。
同社が9月28日に発表した声明によると、57億ドル超の賠償額がそのまま支払われた場合、Burfordが受け取る権利を持つ金額は約14億ドルになるという。
これは評決額の約4分の1に相当する。
ただし、約14億ドルの全額がBurford自身の収益になるわけではない。同社の説明では、その金額はBurfordの自己勘定と、同社が運用する投資ファンドとの間で、おおむね半分ずつ分配される。
また、実際の受取額は、最終的な裁判結果や契約条件、費用などによって変わる。
興味深いのは、Burford自身が巨額評決の確定に慎重な見方を示していることだ。
同社は声明で、大規模な特許訴訟の評決額が、裁判後の手続きや控訴審によって変更されることは珍しくないと説明している。
さらに、評決額がそのまま維持される保証はなく、和解によって大幅に低い金額で決着する可能性もあると認めた。
Burfordにとって、今回の57億ドル超の評決は、現時点で確定した収入ではない。
むしろ、裁判所による今後の判断次第では、最終的に受け取る金額が大幅に減少したり、回収できなくなったりする可能性もある。
なお、8月11日の地裁命令によると、AppleとTactionは、陪審審理で訴訟資金の提供者や資金調達に関する証拠・議論を提示しないことに合意していた。
そのため、外部投資家の存在が陪審による賠償額の算定に直接影響したと推定することはできない。
訴訟資金の提供と、特許の技術的な価値や侵害による損害額の算定は、別の問題として考える必要がある。
10月16日が次の期限、57億ドル評決の行方は未確定
9月29日に出された地裁命令(ECF No.718)では、陪審評決後の申立ての期限が10月16日に設定された。
また、各申立てに対する反対書面は、申立ての提出日から21日以内に提出するよう定められている。
同命令では、9月29日時点で最終判決がまだ正式に記録されていないことも明記されていた。
Appleが10月13日に新たな申立てを行ったと報じられたことは、この手続きの一環と位置づけられる。
ただし、Appleの要求が認められるかどうかは、今後の裁判所の判断による。
今回の訴訟には、大きく分けて3つの争点がある。
第一に、AppleのTaptic EngineがTactionの特許請求項に記載された技術的要件を満たしているかどうかだ。
振動部品の機械的な特性と、ソフトウェアによる制御を含む製品全体の動作を、特許の要件に照らしてどのように評価するかが問われる。
第二に、専門家による試験や分析が、どの範囲まで証拠として認められるかという問題がある。
ある試験の結果を別の方法で再現できたとしても、それだけで特許侵害が証明されたり、特許の経済的な価値が明らかになったりするわけではない。
第三に、特許侵害が認められた場合、どのような根拠に基づいて合理的な実施料を算定するかという問題だ。
特定の振動技術が実際の製品にどれほど貢献し、その使用許諾にいくら支払うのが妥当なのか。その金額を裏付ける証拠がなければ、巨額の損害賠償を正当化することは難しくなる。
特に今回の事件では、裁判所が振動試験の信頼性を認めながら、特許技術の寄与割合や実施料を算定する専門家意見を排除していた点が重要だ。
その後の限定的な補足資料の提出や陪審審理を経て、最終的にどのような証拠が57億ドル超の評決を支えるものとして認められたのかが、今後の審査で改めて問われることになる。
Appleは侵害そのものを否定し、損害額の根拠も不十分だと主張している。一方、陪審はすでにTaction側の主張を認め、巨額の損害賠償を認定した。
今後はTaction側の反論や地裁の判断によって、陪審評決が維持されるのか、損害額が見直されるのか、あるいは新たな裁判が必要になるのかが明らかになっていく。
今回の訴訟は、スマートフォンに搭載された小さな振動部品の特許が、数十億ドル規模の経済的な争いにつながり得ることを示した。
同時に、特許技術の価値を評価する際には、製品がどのように動作するかという技術的な証拠と、その技術がどれほどの経済的価値を生んだかという証拠を、明確に結び付ける必要があることも浮き彫りにしている。
57億ドル超という異例の評決が最終的にどのような結論を迎えるのか。その行方は、AppleとTactionの両社だけでなく、複雑な製品に組み込まれた個々の特許の価値をどう評価するかという、米国の特許訴訟全体にとっても注目される事例となるだろう。
