Appleが、米国市場向けiPhoneの全生産拠点を2026年末までに中国からインドへ移管するという野心的な計画を進めていることが報じられている。米中間の貿易摩擦や高関税リスクを回避する狙いがあるとみられるが、生産能力の倍増、コスト、品質管理など、実現には多くの課題が横たわる。
なぜインド? 加速する「脱中国」シフトの背景
長年、AppleのiPhone生産は中国が中心的な役割を担ってきた。アナリストの推定では、現在米国で販売されるiPhoneの約8割から9割が中国で組み立てられているとされる。しかし、近年、この体制に見直しを迫るいくつかの要因が浮上している。
最大の要因は、米中間の貿易摩擦と、特に最近Trump政権下で導入された中国製品に対する高関税だ。スマートフォンは最も厳しい関税からは除外されたものの、依然として20%の関税が適用される可能性があり、これはAppleの主力製品であるiPhoneのコストを押し上げ、サプライチェーンを混乱させるリスクをはらんでいる。
さらに、新型コロナウイルスのパンデミック時に露呈した、特定地域への過度な生産依存のリスクも、Appleにサプライチェーンの多様化を促す要因となった。こうした背景から、Appleは数年前からインドでのiPhone生産を徐々に拡大してきた。当初は低価格モデルが中心だったが、2023年からは主要なフラッグシップモデルの生産も開始している。
インドは、Appleにとって有望な代替生産拠点として浮上している。同社は現地のパートナー企業であるTata Electronicsや、長年の協力企業であるFoxconnと連携し、インドでの生産体制を着実に強化している。
野心的目標:年間8000万台超えへの険しい道
Financial Timesなどが報じた今回の計画は、Appleのインド戦略を劇的に加速させるものだ。実現すれば、米国で年間販売される6000万台以上(あるいは8000万台以上)のiPhoneが、2026年末までにインドで生産されることになる。
これは、現在のインドにおけるiPhone生産能力を大幅に超える目標だ。現在、インドでは年間約4000万台のiPhoneが生産されており、これはAppleの世界総生産量の約15%に相当するとされる。一部の報道では、2024-25会計年度にはiPhone全体の20%(金額ベースで220億ドル相当)がインドで生産されたとも伝えられている。いずれにせよ、米国向け需要を全て満たすには、インドでの年間生産量を現在の2倍以上に引き上げる必要がある。
Appleは既に行動を加速させている。関税発効を見越して、2025年3月にはインドから米国へ20億ドル相当のiPhoneを出荷したほか、関税期限前に150万台ものiPhone(600トン)を空輸で米国に運び込んだ。これは、インド生産拠点の能力を試す意味合いもあったと関係者は語っている。
巨大シフトを阻む「現実の壁」
この野心的な計画に対し、懐疑的な見方も存在する。目標達成には年間約2500万台規模の増産が必要になると試算されており、これは過去の年間増産量の約2倍に相当し、実現は非常に困難だと指摘されている。
計画を阻む可能性のある具体的な課題は多岐にわたる。
- コスト上昇: インドでの製造コストは、部品輸入にかかる関税などが影響し、中国よりも5%から10%高くなると見積もられている。
- 品質管理: インドの工場では、Appleの厳格な品質基準を満たすのに苦労しており、製品の歩留まり率(良品率)が中国の工場に比べて低いとの報告がある。
- 労働環境と法規制: インドの労働法は、中国で一般的な12時間×2交代制ではなく、8時間×3交代制を基本とする。これにより、同規模の生産ラインでもより多くの労働者が必要となる。Appleは12時間シフト導入を働きかけているが、労働者の反発もあり実現には至っていない。
- 部品供給網: iPhoneの部品の多くは依然として中国で製造されており、最終組立をインドに移しても、中国への依存構造がすぐになくなるわけではない。インド国内で高品質な部品を安定的に調達するサプライチェーンの構築も課題である。
- 地政学的リスクと妨害: 中国政府は、国内雇用の観点から、Appleのサプライヤーが生産設備を国外に移すことを快く思っていないとされる。過去には、インドへの製造装置の輸送が遅延したり、妨害されたりするケースも報告されている。
- インド側の課題: サプライヤー従業員のインドでの就労ビザ取得が困難であったり、移設された製造装置の操作メニューが中国語のままで、現地の労働者が扱いにくいといった問題も指摘されている。
Appleの未来とサプライチェーンの行方
この計画が実現すれば、Appleの製造戦略における歴史的な転換点となるだろう。しかし、その道のりは平坦ではない。多くの課題を克服し、目標を達成できるかどうかは不透明だ。
仮に計画が成功した場合、Appleは米中対立のリスクを低減できる一方、インド経済にとっては大きな追い風となる。逆に、中国にとってはハイテク製造業における地位の低下につながる可能性もある。
なお、iPhone以外の製品、例えばMacの50%以上、iPadの80%は依然として中国で組み立てられており、Apple Watchは主にベトナムで生産されている。これらの製品の生産体制が今後どうなるかも注目される。
一部ではiPhoneの米国生産を期待する声もあるが、専門家はコストが2倍以上に跳ね上がることや、必要な規模の労働力を確保できないことから、非現実的との見方を示している。
Appleのインドへの生産シフト計画は、地政学的な緊張とグローバルサプライチェーンの複雑さが絡み合った現代の縮図と言える。今後、Appleがこれらの課題にどう取り組み、計画をどこまで実現できるのか、注意深く見守る必要があるだろう。
Sources