ArtCraftが、Microsoft Word、Excel、PowerPointの代替を目指すRust製アプリ「WordCraft」「GridCraft」「DeckCraft」を公開した。AdobeのPhotoshopなどに相当するソフトウェアの再実装に続く取り組みで、GitHubの開発履歴には「Claude Opus 5.5」が共同作者として記載されている。3つのアプリは、使い慣れたOfficeの操作方法を再現しながら、AIエージェントによる文書や表計算の操作にも対応する。ただし、機能が豊富であることと、取引先から受け取ったOfficeファイルを問題なく編集・保存し、そのまま送り返せることは別だ。実用的なOfficeの代替となるには、まだ克服すべき課題が残っている。

AD

Word・Excel・PowerPointをRustで再現する3つのアプリ

WordCraftは、リボンインターフェースやスタイル、変更履歴などを備えた文書編集ソフトだ。GridCraftは数式バーやシートタブを持つ表計算ソフト、DeckCraftはスライドの編集とプレゼンテーションに対応する。いずれもMicrosoft Officeに近い操作性を目指しており、Office形式のファイルを読み書きできるとしている。

アプリ 代替を目指す製品 対応するOffice形式 開発元が実装済みと説明する主な機能
WordCraft Word DOCX スタイル、表、変更履歴、差し込み印刷
GridCraft Excel XLSX 動的配列を含む数式、ピボットテーブル、グラフ
DeckCraft PowerPoint PPTX スライドマスター、アニメーション、発表者画面

出典:WordCraft、GridCraft、DeckCraftのGitHub公開資料。表は実装されていると説明される機能をまとめたもので、Microsoft Officeと同じ動作や結果が得られることを保証するものではない。

3つのアプリは、デスクトップ版とWebAssemblyを使ったブラウザー版でRustのコードを共有する構成を採用している。ソースコードは公開されており、MITライセンスまたはApache 2.0ライセンスを選んで利用できる。WordCraftは10月8日にバージョン0.3.0を公開したが、インストールできるバージョンが配布されているからといって、日常業務に十分使えるほど完成しているわけではない。10月7日付の公開ロードマップでは、WordCraftとGridCraftは最初のアルファ版を目指すプレアルファ段階にあり、DeckCraftも初期開発段階と説明されている。

ArtCraftが採用しているのは、公開された仕様書や実際のソフトウェアの動作を参考に、独自のコードで機能を再現する「クリーンルーム方式」だ。WordCraftの開発規則では、Microsoft Wordを実際に操作して動作を観察することは認める一方、内部のコードを解析したり、逆アセンブルしたりすることは禁止している。他社のアイコンやテンプレートも流用せず、独自に制作したものか、再配布が認められた素材を使用する。文書に指定されたフォントについても、利用者の環境にインストールされているものや、文字幅などが近いオープンな代替フォントを使って表示する方針だ。ただし、これは開発元が公表している方針であり、すべての開発工程が第三者による監査を受けたことを意味するものではない。

WordCraftの「87%」はOffice文書の互換率ではない

WordCraftの10月7日付ロードマップによると、Microsoft Wordのリボンやメニューに含まれる405項目のうち、354項目に相当するコマンドが実装されている。割合にすると約87%だ。しかし、個々の機能がどこまで再現されているかや、実際の動作の忠実度まで考慮すると、Wordとの互換性は約62%と見積もられている。いずれも開発元による自己評価であり、87%のDOCXファイルを正しく扱えるという意味ではない。

コマンドの実装率は、機能を呼び出す仕組みが用意されているかどうかを数えたものだ。例えば、表を挿入する機能があっても、複雑な表を含む文書でWordと同じように改ページされるとは限らない。脚注を表示できても、長い脚注を次のページに続けて表示するには、別の処理が必要になる。実際、ロードマップには、脚注がページをまたぐ場合の処理や、段組みの高さをそろえる機能が未実装と記されている。

さらに重要なのが、ファイルを編集・保存した際に、元の内容をどこまで維持できるかという問題だ。WordCraftのロードマップでは、DOCXファイルに含まれるグラフ、SmartArt、OLE埋め込みオブジェクトは、読み込み・保存の過程で失われると明記されている。また、実際に業務で使われているさまざまなDOCXファイルを開き、表示して再保存し、内容やレイアウトが維持されるかを確かめる検証にも、まだ着手していないという。開発元は、この検証を最初のアルファ版に向けた主要な課題の一つに挙げている。単純な文章を新規作成できることと、複雑な報告書を受け取って編集し、元の書式や内容を保ったまま返送できることには、大きな違いがある。

もっとも、Office形式を再現するための技術仕様は公開されている。Microsoftは、Office Open XML(OOXML)をECMA-376およびISO/IEC 29500の国際標準として説明している。DOCXやXLSX、PPTXなどは、基本的にZIPとXMLを組み合わせたファイル形式だ。ただし、Microsoftの互換性に関する解説でも、異なるアプリケーション間でファイルを正しくやり取りするには、ファイル形式だけでなく、それを扱うアプリケーション側にも適切な対応が必要だとしている。つまり、公開仕様をもとにファイルを読み込めるようになっても、文書の内容やレイアウトをWordと同じように表示・編集できるとは限らない。

MicrosoftのSDKにも、互換性を確保するための前処理によって一部のマークアップが除去された場合、保存されるのは処理後に残った内容だけになるという注意書きがある。これはArtCraftがそのSDKを使用しているという意味ではない。ファイル形式に対応するだけでなく、未対応の要素をどう保持するかについても、個別の設計と検証が必要になることを示している。

AD

Officeとの互換性は、文書・表計算・プレゼンで別々に評価する必要がある

GridCraftには、数式同士の依存関係を管理し、セルの変更によって影響を受ける部分だけを再計算するエンジンが実装されている。動的配列やピボットテーブルにも対応しているという。ただし、10月7日付ロードマップによると、XLSXファイルを読み込み、再保存する試験に合格しているのは、主に開発チームが作成したファイルだ。実際の業務で使われているさまざまなExcelブックを使った検証は、まだ残っている。保存したファイルをExcelで開いた際に、修復を求める警告が表示されないことも確認する必要がある。

3つのアプリのロードマップから、Officeファイルを読み込み、編集して再保存する際の課題を整理すると、次のようになる。

用途 開発元が説明する検証状況・制約 業務利用で確認すべき点
WordCraftで文書を編集 実際のDOCX文書を使った網羅的な検証は未着手。グラフ、SmartArt、OLEオブジェクトは失われる 元の内容やレイアウトを維持してWordに戻せるか
GridCraftで集計・計算 自作のXLSXファイルでは読み込み・再保存を検証済み。実際の業務ブックでの検証はこれから。VBAは開発対象外 計算結果や数式を維持できるか。必要な業務処理を実行できるか
DeckCraftでプレゼンテーション PPTXの再現性は自作のスライドでのみ検証。WMA・WMVは埋め込めるが再生できない 保存したファイルをPowerPointで開けるか。発表時に演出や音声・動画を再生できるか

出典:WordCraft、GridCraft、DeckCraftの各ロードマップ。いずれも10月7日付の開発元による評価で、10月9日に公開資料を確認したもの。各アプリを独立して検証した結果ではない。

このように、Officeの代替として利用できるかを判断するには、DOCXの内容やレイアウトの保持、XLSXの数式や業務機能、PPTXの再保存やプレゼンテーション時の動作を、それぞれ分けて確認する必要がある。

特にGridCraftでは、VBAをそのまま実装するのではなく、操作を記録・編集できる独自のスクリプト機能で代替する方針が示されている。これは、既存のExcelマクロをそのまま移行できることを意味しない。また、Microsoftのクラウドサービスに依存する共同編集などの機能についても、オープンな代替機能を用意するか、実装の対象外とする方針だ。現時点でMicrosoftと同等のクラウドサービスを利用できるわけではない。Power Queryに相当する高度なデータ取り込み機能や、数式の細かな動作の違いなど、未対応の部分も残っている。GridCraftでは、Excelのリボンやメニューに含まれる290項目のうち258項目、約89%に対応しているという。しかし、この数字だけでは、既存のExcel業務をどこまで移行できるかは判断できない。

Excelとの互換性が難しい理由の一つは、過去のソフトウェアとの互換性を維持するために、現在も特殊な動作が残っていることだ。代表例が日付の扱いである。Microsoftによると、Excelが1900年をうるう年として扱っているのは、かつて広く使われていた表計算ソフト「Lotus 1-2-3」と互換性を維持するためだ。実際には1900年はうるう年ではない。しかし、この仕様を修正すると既存のブックで日付がずれてしまうため、Excelでは現在もその動作が維持されている。GridCraftがこの仕様を正しく再現しているかは未確認だが、Excelの代替となる数式エンジンを開発するには、数学的に正しい結果だけでなく、既存のExcelブックが期待する動作まで再現する必要がある。

DeckCraftについても、開発元は機能の対応範囲を約79%、動作の細部まで含めた再現度を約62%と見積もっている。実際のPPTXファイルを使った検証のほか、発表者画面やアニメーションの操作画面などにも改善の余地がある。スライドを開けること、編集したスライドをPowerPointで問題なく開けること、そして発表時にアニメーションや音声・動画が正しく再生されることは、それぞれ異なる検証が必要だ。なお、WMA・WMV形式の再生が未対応だからといって、すべての音声・動画形式が使えないわけではない。開発元はMP3やAAC、H.264など、複数の形式への対応を説明している。

Claudeが開発に参加するだけでなく、完成したアプリもAIから操作できる

ArtCraftの取り組みで特徴的なのは、AIを使ってソフトウェアを開発するだけでなく、完成したアプリそのものをAIエージェントから操作できるように設計している点だ。

WordCraftには389種類のコマンドが用意されており、リボンやキーボード操作に加えて、コマンドラインやMCPからも同じ機能を呼び出せる。MCP(Model Context Protocol)は、AIエージェントが外部のアプリケーションやツールと連携するための共通プロトコルだ。これを使うことで、AIエージェントは文書を開く、文章を選択する、書式を変更する、保存するといった操作を実行できる。文書の構造を取得する機能も用意されているため、AIは画面の見た目だけに頼らず、文書のどの部分を変更したのかを確認できる。

GridCraftとDeckCraftも同様に、人間による操作とAIエージェントによる操作で、共通のコマンドを使用する設計を採用している。また、画面表示を担当する部分と実際の処理を行うエンジンを分離しているため、アプリのウィンドウを表示せずに処理を実行することもできる。これは、Claudeがアプリのプログラムを書くという開発段階でのAI活用とは異なる。完成したアプリを、ClaudeなどのAIエージェントが直接操作できるようにする仕組みだ。

例えば、AIに報告書の書式を整えさせたり、表計算データを集計してグラフを作成させたりする使い方が考えられる。ただし、AIがアプリのコマンドを正しく実行できるからといって、作成された文書や計算結果が正しいとは限らない。また、文書の内部構造が正しく変更されていても、ページ上での見た目まで正しいとは限らない。特に複雑な文書やスライドでは、実際に描画した結果を確認する必要がある。

日本語文書についても、同様の注意が必要だ。WordCraftは日本語のIME入力に対応していると説明しているが、ロードマップでは複雑な文字体系への対応やローカライズの改善を今後の課題として挙げている。日本語を入力できることと、縦書きや禁則処理など、日本語の文書作成に必要な機能を十分に再現できることは別だ。

ArtCraftが今後示すべきなのは、実際の業務文書やExcelブックを編集・再保存した際に、内容や書式がどこまで維持されるかという検証結果だ。DeckCraftについても、実際のプレゼンテーション資料を使い、PowerPointとの互換性や発表時の動作を確かめる必要がある。これらの課題を克服できれば、Officeで使い慣れた操作性を維持しながら、AIエージェントにも同じ機能を利用させる新たな選択肢となる可能性がある。Officeの代替を目指すだけでなく、人間とAIが共通の操作体系を使えるアプリケーションへと発展できるか。ArtCraftの取り組みは、今後のオフィスソフトウェアのあり方を考えるうえでも興味深い試みといえる。