米商務省産業安全保障局(BIS)が、AIチップ輸出規制の抜け道を「仕向地」ではなく「支配者」の側から封じにきた。BISは2026年5月31日付のガイダンスで、Country Group D:5またはマカオに本社を置く法人、あるいは最終親会社がそれらの地域にある法人に対して高度計算品目を輸出する場合、当該法人がD:5・マカオ域外に所在していてもライセンスが必要だと明確化した。中国企業がマレーシアなど第三国の法人やデータセンターを経由してNVIDIA Blackwell級の計算資源へアクセスする構図に対し、米国の規制があらためて所有・支配関係に着目するという姿勢を打ち出したものだ。

今回の文書は、派手な新規制というより、執行が曖昧に見えていた既存要件を再確認するものである。BIS自身も、当該ライセンス要件は2023年11月17日に導入されたものだと説明している。対象にはECCN 3A090.a/.b、4A090.a/.b、関連する「.z」品目などの高度なコンピューティング部品が含まれる。2025年1月のAI Diffusion Ruleで一部要件は世界的なライセンス枠組みに移管されたが、同年5月に商務省が新しいコンプライアンス要件を執行しないと発表したことで、第三国向けの高度AIチップ取引にどこまで規制の網が残るのかが不透明になっていた。

BISの5月31日文書は、その曖昧さに一線を引いた。AI Diffusion Ruleの非執行は、D:5またはマカオに本社・最終親会社を持つエンドユーザー向け取引の規制解除まで意味するものではない。米国から見れば、チップが中国本土へ直接入るかどうかだけで判断すれば、海外子会社、クラウド契約、第三国のデータセンター運用会社を挟むだけで規制の実効性が失われる。BISはその穴を、「法人の所在地」ではなく「本社・最終親会社の所在地」で判断すると明文化した。

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新規制ではなく、2023年要件の執行継続を示した

BISガイダンスの核心は、輸出先住所という形式的な基準ではなく、取引相手の本社または最終親会社の所在地にある。Country Group D:5は米国の武器禁輸国グループであり、中国(PRC)はこの区分に含まれる。したがって、中国本社のクラウド企業やAI企業がマレーシア、シンガポール、中東、欧州などに法人を設けていても、該当する高度計算品目を受け取る取引はBISのライセンス審査の対象となり得る。

この点は、規制対象チップを「中国へ輸出していない」という説明だけでは不十分になることを意味する。輸出者、再輸出者、サーバーベンダー、クラウド事業者は、物理的な配送先だけでなく、購入者、最終需要者、契約上の利用者、そして親会社の所在地まで確認しなければならない。高度AIチップのサプライチェーンでは、GPU単体の販売にとどまらず、ラックスケールシステム、完成サーバー、データセンターへの設置、リモート利用までが一体の計算資源として結びついている。BISの文書は、そのチェーンを分解して規制を逃れる余地を狭めるものだ。

ただし、これは世界のAIチップ販売を一律に停止させる通達ではない。BISは、EARで指定された例外が適用される場合を除き、該当取引についてライセンスを取得すべきだと述べるにとどまっている。実務上の変化は、許可制の対象が「D:5・マカオ向けの配送」から「D:5・マカオに本社・親会社を持つエンティティのための取引」へと広がって見える点にある。法的には既存要件の確認であっても、海外子会社を活用した調達計画の前提は大きく変わる。

AI Diffusion Ruleの非執行が生んだ空白を埋めた

混乱の起点は、2025年1月に公表されたAI Diffusion Ruleにある。同ルールは、先端AIチップやモデルウェイトの国際的な拡散を管理する広い枠組みとして設計され、2025年5月15日に一部のコンプライアンス要件が発効する予定だった。しかし商務省は同年5月13日、同ルールの撤回方針を発表し、BIS執行当局者に執行しないよう指示した。米国の同盟国や第三国に複雑な世界的ライセンス制度を課すことへの反発も、その背景にあった。

もっとも、この判断は、米国製AIチップを敵対国に渡さないという政策目標の放棄を意味するものではなかった。商務省は同時に、中国製高度計算ICのリスク、米国製AIチップが中国AIモデルの訓練・推論に転用されるリスク、サプライチェーン迂回への警告を発していた。それでも市場側から見れば、AI Diffusion Ruleの大枠が執行されないなら、第三国に拠点を持つ中国系法人やクラウド施設への扱いはどこまで厳格なのかという疑問が残った。

5月31日のガイダンスは、その問いへの回答である。BISは、2023年11月から存在するD:5・マカオ本社・親会社向けの高度計算品目ライセンス要件はAI Diffusion Ruleより前に成立していたため、同ルール非執行の対象外だと整理した。ここで退けられた前提は、「AI Diffusionの執行停止によって第三国経由の中国向け計算資源も自由化された」という解釈であった。

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第三国データセンター経由の調達が規制の主戦場になった

直接輸出を遮断しても、AI計算資源は国境を越えて利用できる。GPUを中国本土に搬入しなくても、第三国のデータセンターに設置し、中国本社のAI企業がリモートで利用すれば、モデル訓練や推論に必要な計算能力はある程度確保できる。物理的なサーバーの所在地と、その計算能力を使う企業の所在地が切り離されるため、輸出管理はチップの物理的な移動を追うだけでなく、計算資源の所有、運用、利用権を追う段階へ移行しつつある。

この構図を示す具体例として、Reutersは2026年3月、Wall Street Journal報道を引用し、TikTokの親会社ByteDanceがAolani Cloudと組み、マレーシアで約500基のNVIDIA Blackwell computing systems(合計約36,000個のB200チップ相当)を展開する計画があると報じた。この事例だけで違法性を断定することはできない。契約主体、所有者、クラウド利用形態、ライセンス申請の有無によって判断は異なる。それでも、第三国にBlackwell級クラスタを置き、中国系企業がそこへアクセスするという実務上のルートが現実に存在することを示している。

South China Morning Postは2026年6月1日、中国AI企業が国外子会社を利用して高度AIチップを購入していたと伝えた。数量は公式には確認されていないものの、同報道ではサプライチェーンに詳しい情報源が、数十万規模の先端AIチップがこの経路で取得された可能性に言及している。あくまで報道ベースの数字として扱うべきだが、BISが「所在地ではなく本社・親会社を見よ」と急ぎ明文化した背景を理解する手がかりにはなる。

マレーシア側もこの問題を米中対立の外側に置いてはいない。マレーシア投資貿易産業省(MITI)は2025年7月14日、米国原産の高性能AIチップの輸出・積み替え・通過をStrategic Trade Permitの対象とすると発表した。少なくとも30日前の事前通知を求めるこの枠組みは、自国が迂回地として利用されるリスクを制度的に抑制しようとするものである。今回のBISガイダンスは、こうした第三国側の規制強化と同じ方向を向いている。

既設クラスタを即時停止させる文書ではない

BISは厳しい線を引きながらも、既存設備の取り扱いには一定の余地を残した。5月31日のガイダンスには、EARに整合した形で事業を行っている真正なデータセンター事業者は、今回の文書を理由に高度計算品目の継続使用、保管、処分、サービスを停止する必要はない、という記載がある。すでに第三国データセンターに設置されたサーバーをただちに停止せよという命令ではない。

その記述は、規制の現実を反映している。AIクラスタは、GPU、ネットワーク機器、電源、冷却設備、保守契約、クラウド利用権が重なる長期設備である。一律の即時停止を求めれば、同盟国・第三国のデータセンター事業者、サーバーベンダー、米国のチップ企業にも深刻な混乱が及ぶ。BISは今後の取引やライセンス申請・自主開示に焦点を当てつつ、過去に設置された設備の扱いは段階的に精査する姿勢をとったと読める。

ただし、既設設備が一切問われないわけではない。BISは、自主開示に関するEAR 764.5や、ライセンス申請に関するPart 748を参照している。輸出者やデータセンター事業者にとっては、過去の取引において最終親会社、実質的な利用者、モデル訓練の受益者をどう把握していたかが改めて問われることになる。第三国法人を介した案件では、「顧客は現地法人だった」という説明だけでは、十分なデューデリジェンスとして認められにくくなる。

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次の争点は、所有者だけでなく利用者と製造委託に広がる

今回のガイダンスで最も明確になったのは、所有・支配関係を審査するという方向性である。しかしAI計算資源を巡る実務はそれだけでは完結しない。データセンター事業者がチップを所有し、中国系企業がリモートで利用する場合、誰が「D:5またはマカオに本社を置くエンティティのため」に当たるのか。IaaS契約で計算能力のみを提供する場合、エンドユーザーやモデル訓練の受益者をどこまで確認すべきか。こうした論点は、今後のライセンス審査と執行事例を通じて具体化していくことになる。

元米国務省当局者Chris McGuire氏の見解として、TSMCなどファウンドリ段階での追加デューデリジェンスが今回の文書で十分に明確化されたわけではないことも報じられているが、これは別次元の問題である。完成GPUやサーバーの輸出を管理しても、設計会社、ファウンドリ、先端パッケージング、クラウド事業者のいずれかの段階で中国系需要を把握できなければ、計算資源は別の経路で迂回しうる。

米国のAIチップ規制は2022年以降、性能閾値、仕向地、企業リスト、ファウンドリ審査、クラウド利用へと対象を拡大してきた。5月31日のBISガイダンスは、その流れの中で第三国法人を利用した規制回避を許さないという意思を示す、小さくない修正点である。今後の焦点は、NVIDIAやAMDの先端GPUがどの国に発送されるかだけではない。誰が支配し、誰が使い、どのモデルの訓練・推論能力に変換されるのかまでが、輸出管理の実務に組み込まれていく。