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Cellebrite、iPhone仮想化のCorelliumを買収:最強タッグが拓く「デジタル捜査」新時代

Y Kobayashi

2025年6月6日

イスラエルのデジタルフォレンジック大手Cellebriteが、iPhoneの仮想化技術で知られる米スタートアップCorelliumを2億ドルで買収した。昨今のテクノロジー企業の買収規模としてはそこまで大きなものではないが、この買収が業界に与える影響は決して小さくない。なぜなら、かつてAppleがその技術力を警戒し法廷闘争にまで発展した相手を、法執行機関御用達の企業が手中に収めたのだ。この合併は、iPhoneのセキュリティ、デジタル捜査の未来、そして我々一人ひとりのプライバシーのあり方を根底から揺るがす、地殻変動の始まりを告げる号砲と言えるだろう。

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デジタルフォレンジック界、二つの巨星が合流

デジタルフォレンジックの世界で、CellebriteとCorelliumはあまりにも有名な存在だ。

Cellebriteは、法執行機関が押収したスマートフォンのロックを解除し、内部データを抽出するツールを提供するイスラエルの企業である。その技術は世界中の警察や政府機関で採用されており、米移民・関税執行局(ICE)とは2024年8月に960万ドル規模の契約を結ぶなど、政府との太いパイプを持つ。 これまで同社は、物理的なデバイスに接続する特殊なハードウェアを駆使してデータを抜き取る手法を主力としてきた。

一方のCorelliumは、物理的なiPhoneを使わずに、PC上でiOSを動作させる「仮想化」プラットフォームを提供するフロリダのスタートアップだ。 セキュリティ研究者たちはこの仮想iPhoneを使い、脆弱性の発見やマルウェアの解析を、実機を危険に晒すことなく効率的に行ってきた。その技術力は、他ならぬApple自身が最もよく知っていた。

この両者が、2億ドル(約310億円)という巨額の取引で一つの旗の下に集ったのだ。取引の内訳は、現金1億5000万ドル、2000万ドル相当の制限付き株式、そして今後2年間の業績目標達成を条件とする追加の現金3000万ドルと報じられている。 Cellebriteは長年Corelliumの顧客であり、その技術力を高く評価していた。Corellium創業者兼CTOのChris Wade氏が買い手を探していると知るや否や、Cellebriteは即座に獲得に動いたという。

なぜAppleはCorelliumを恐れたのか?「仮想化」技術の核心

この買収劇の重要性を理解するには、AppleとCorelliumの過去の因縁を紐解く必要がある。

2019年、AppleはCorelliumに対し、著作権侵害を理由に訴訟を提起した。 Appleの主張は、CorelliumがiOSを違法にコピーし、誰でもiPhoneの脆弱性を発見できるツールを提供することで、セキュリティを危険に晒しているというものだった。 この訴訟はセキュリティ研究者たちを震撼させたが、2020年、裁判所はCorelliumの行為を「フェアユース(公正な利用)」と判断し、Appleの訴えを退けた。 Appleはその後も控訴したが、最終的には両社は非公開の条件で和解している。

AppleがこれほどまでにCorelliumを警戒したのはなぜか。それは、Corelliumの仮想化技術が、Appleが築き上げてきた「物理デバイス」という最後の砦を迂回する可能性を秘めていたからに他ならない。皮肉なことに、Apple社内にも「Virtual Machines」と呼ばれる同様の仮想化ツールが存在し、さまざまなApple製品のエミュレーションに使用されているという。 自分たちがその強力さを知るからこそ、他社の手に渡ることを嫌ったのではないだろうか。

そして今、その卓越した仮想化技術は、世界中の法執行機関に最も近いCellebriteの手に渡ったのである。

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新兵器「Mirror」が捜査をどう変えるのか

両社はすでに、この強力なタッグを象徴する新製品「Mirror」の開発計画を明らかにしている。

その名の通り、「Mirror」は押収されたiPhoneの「鏡」、つまり完全な仮想コピーを生成するツールだ。 これまでのCellebriteのツールでは、特定のアプリからのデータ抽出が困難な場合があった。 しかし「Mirror」を使えば、捜査官は仮想化されたiPhone上で、容疑者本人と全く同じようにアプリを操作し、メッセージをスクロールし、写真を見ることが可能になる。

Corelliumの創業者であり、買収に伴いCellebriteの最高技術責任者(CTO)に就任したChris Wade氏は、これにより法廷での証拠提示のあり方が変わると考えている。無味乾燥なフォレンジックソフトのスクリーンショットを見せるのではなく、陪審員に「被告のスマートフォンの内容そのもの」を提示することで、より説得力のある証拠となりうるというのだ。

これは、捜査の効率と精度を飛躍的に向上させる可能性がある。物理デバイスを何度も解析する必要がなくなり、より安全かつ網羅的なデータ抽出がソフトウェアベースで実現するかもしれない。

異色の新CTO、Chris Wadeという男

この歴史的な取引の中心にいるのが、新CTOのChris Wade氏だ。彼は単なる優秀な技術者ではない。かつてサイバー犯罪に関与したとして訴追されたものの、司法省(DOJ)やFBIへの捜査協力が認められ、Trump大統領から恩赦を受けたという異色の経歴を持つ。

こうした過去について、CellebriteのThomas Hogan CEOは全く懸念していない。彼はForbesの取材に対し、「米国政府、FBI、司法省が、米国の安全確保のために彼に頼ったという事実は、極めて大胆な証言だ」と述べ、Wade氏への絶大な信頼を語っている。

年間150万件もの法執行機関の捜査に自社の技術が使われているという事実に魅力を感じたと語るウェイド氏。 彼の持つ卓越した技術力とハッカーとしての知見が、Cellebriteの組織に新たな、そして予測不能な化学反応をもたらすことは間違いない。

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光と影:スパイウェア検出とプライバシーの天秤

この合併がもたらすのは、捜査能力の強化だけではない。両社はすでに、AIを活用して国家が仕掛けるような高度なスパイウェアを検出するサービスの共同開発も進めている。 仮想化したOSの状態をAIが分析し、「異質なコードの実行や逸脱」を検知するというこの技術は、政府による監視から市民を守る強力な盾となる可能性を秘めている。

しかし、その同じ技術が、ICEのような機関によって、より強力な監視ツールとして利用される可能性も否定できない。Cellebriteのツールがこれまで以上に容易かつ完全に個人のデータを丸裸にできるようになった時、私たちのプライバシーはどこまで守られるのだろうか。技術の進化は常に光と影を伴う。この買収は、その二面性を改めて我々に突きつけている。

終わらない攻防:Appleの次の一手とユーザーが直面する現実

CellebriteとCorelliumの連合は、Appleのセキュリティチームにとって、間違いなく新たな、そして極めて手強い挑戦状だ。物理的なアクセスをいかに無意味にするか、という守りの戦略は、仮想化という新たな攻撃ベクトルによって、根本的な見直しを迫られるかもしれない。 奇しくもこのニュースが報じられた直後、Appleは年次開発者会議(WWDC 2025)で新OSを発表する予定だ。 そこでは、この新たな脅威に対抗するための、より強固なセキュリティ対策が披露されることになるのだろうか。

CellebriteによるCorelliumの買収は、単なる業界ニュースの枠を超え、テクノロジーと社会の関係性を問う一大事件である。捜査機関の正当な要求と、個人のプライバシー権。その天秤は、この買収によって、間違いなく大きく揺れ動いている。この技術革新の先に待つ未来が、より安全な社会なのか、それとも、より監視された社会なのか。その答えを見極めるには、まだ時間が必要だ。


Sources

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