Windowsにおける印刷の仕組みは、長年にわたってほとんど変わっていない。プリンターを購入したらメーカーのドライバーをインストールし、Windows Updateや公式サイトから適切なバージョンを探して適用する——このプロセスは、Windows XP時代から本質的に同じだ。IT管理者にとっては管理対象ドライバーの増加、エンドユーザーにとっては互換性エラーやインストール失敗との格闘が、「Windowsでの印刷」につきまとう宿命だった。

Microsoftはこの状況を変えるべく、段階的な移行施策を推進してきた。2023年以降、同社はWindows Updateを通じたサードパーティ製プリンタードライバーの配布を終了する方針を示し、IPP(Internet Printing Protocol)やeSCLスキャン規格への移行を推奨してきた。そして2026年6月、その集大成として「Windows Ready Print」という新たなブランドと、具体的な展開スケジュールが公式に発表された。

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「Windows Ready Print」とは何か

Windows Ready PrintはMicrosoftが旧称「Modern Print Platform」を改称したものだ。改称にとどまらず、アーキテクチャレベルの刷新が伴っており、その中核にあるのはOEM固有のプリンタードライバーからWindows標準のIPPプリンタードライバーへの移行である。

IPPはMopria Allianceが推進する業界標準プロトコルで、プリンターメーカーに依存しない共通の通信仕様を提供する。WindowsはすでにIPP対応の標準ドライバーを内蔵しており、Windows Ready PrintはこのドライバーをIPP対応プリンターとのデフォルト接続手段として前面に押し出す形になる。

2026年7月以降、対応デバイスへの新規プリンターインストールはデフォルトでWindows Ready Printのフローを使用する。Microsoftはこの設計により、ユーザーがメーカーのWebサイトでドライバーを探してダウンロードする手順を不要にすることを目標としている。この変更はすでにWindows 11 Insider Buildの最新版(Build 26300.8553)に実装されており、正式リリース前の検証が進んでいる。

セキュリティとIT管理の観点から見た意義

プリンタードライバーがセキュリティリスクの温床になり得ることは、セキュリティコミュニティではよく知られている。2021年に発覚したWindows PrintNightmare脆弱性(CVE-2021-34527)は、Windows印刷スプーラーサービスの欠陥を突いたもので、システム全体の権限昇格を可能にする深刻な問題だった。サードパーティ製ドライバーはカーネルと密接に連携するケースが多く、攻撃面が広い。

Windows Ready Printでは、Windowsが提供する標準IPPドライバーを経由することで、サードパーティコードがカーネルモードで実行されるケースを減らす設計になっている。さらに「Windows Protected Print Mode」が有効化された環境では、Windows Ready Printに対応していないプリンターは一切インストールできなくなる。これはセキュリティを最優先とする企業環境向けの選択肢として位置付けられており、ゼロトラストセキュリティポリシーを採用している組織にとっては魅力的な制御手段となる。

MicrosoftはIPPに加え、スキャン機能向けの標準プロトコルとしてeSCLも採用している。eSCLはAppleが主導してMopria Allianceが標準化したスキャン用プロトコルで、macOSやLinux環境でも広く使われており、クロスプラットフォームな互換性という観点でも整合性がある。

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ユーザーとIT管理者が持つ選択肢

Microsoftは新システムへの強制移行を行わず、段階的な移行を支援する複数の選択肢を用意している。

ユーザー向けには、「設定 > Bluetoothとデバイス > プリンターとスキャナー > プリンターの設定」において「Windows Ready Printを使用してプリンターをインストール」のオン/オフが可能だ。この設定はあくまで新規インストールにのみ適用され、既存のプリンター設定には影響しない。

企業のIT管理者向けには、グループポリシーエディターに新しいポリシー「Configure Windows Ready Print driver ranking」が追加された。ローカルコンピューターポリシー > 管理用テンプレート > プリンター から設定可能で、有効化するとWindows Ready Printドライバーの選択が優先され、無効化するとOEMドライバーが優先されるというシンプルな二択だ。

この設計は、全社展開で一括適用したい企業ITと、特定の高機能プリンター向けにOEMドライバーを継続使用したいSOHO環境の双方に対応している。ただし、Windows Protected Print Modeを有効化した場合は「Windows Ready Printを使用する」設定を無効化できない点が制約として存在する。

OEMベンダーへの影響と今後の移行課題

今回の変更が最も大きな影響を与えるのは、プリンターメーカー各社だ。HPCanon、Epson、Brotherといった主要OEMは、これまでWindowsドライバーの開発・配布・サポートに多大なリソースを投じてきた。Windows Ready Printの普及が進めば、ドライバー提供の必要性が低下し、これらの投資の前提が変わる。

一方で、OEMベンダーがIPP対応のコントロールパネルや高度な印刷設定(両面印刷やカラープロファイルの細かな制御など)をどの程度標準ドライバーを通じて提供できるかは、現時点で明確になっていない。業務用プリンターの多くは、OEMドライバーでなければ利用できない独自機能を持っており、中小企業や印刷業界の専門ユーザーにとっては機能的なトレードオフが生じる可能性がある。

Microsoftは「すべての環境がWindows Ready Printにすぐ移行できるわけではない」と認めており、その現実認識は移行計画の柔軟性に反映されている。しかし、長期的にはOEM依存からの脱却が明確な方向性であり、プリンターメーカーはIPP完全対応を前提とした製品設計にシフトしていく圧力を受けることになる。

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ArmデバイスとクロスプラットフォームへのWindows Ready Print展開

Windows Ready Printがカバーする範囲はx86アーキテクチャのデバイスにとどまらない。MicrosoftはArm(ARM)ベースのWindowsデバイスも含めて互換性と信頼性を統一することを明示している。

これはSnapdragon搭載のSurface ProやCopilot+ PCカテゴリーが急速に普及するなかで重要な意味を持つ。従来のOEMドライバーの中にはArm版が提供されていないものも多く、Armデバイスでのプリンター利用が不便なケースが存在した。IPPベースの標準ドライバーはアーキテクチャに依存しないため、この格差を解消する効果が期待できる。

Mopria Allianceの規格はAndroidやLinux、ChromeOSでも広く採用されており、Windowsが同一の基盤に乗ることは、エコシステム全体での印刷互換性向上にも寄与する。