Qualcommは2026年3月10日のGDC 2026で、ニューラル超解像とフレーム生成を組み合わせる開発コード名として「Adreno AI Frame Fusion(AIFF)」を公表していた。7月26日にNotebookcheckが内部資料に基づき報じたことで、未発表SoC「SM8975」に専用の行列演算器を載せ、標準版と機能を分けるという具体的なハードウェア像が加わった。
ただし、Qualcommが公式に説明したのは開発中の技術とゲームエンジンへの組み込み方までだ。「Snapdragon 8 Elite Gen 6 Pro」という製品名、Adreno 850、2基のMatrix ALU、Pro専用という区分は、いずれも同社が確認していない。確定しているのはAIFFの技術概要であり、製品構成には公式発表がない。
AI Frame Fusionは3月に姿を見せていた
QualcommはGDCの講演で、AIFFを「2倍アップスケール」と「2倍フレーム生成」の組み合わせとして説明した。例に挙げたのは、ゲームを960×540ピクセルで描画して1920×1080ピクセルへ拡大する処理と、毎秒30フレームで描画した映像の間に1枚を生成して毎秒60フレームで表示する処理である。前者は1枚当たりの描画負荷を下げ、後者は表示上の動きを滑らかにする。
これは、Qualcommが2023年に公開したSnapdragon Game Super Resolution(GSR)から大きく構成を変える。初代GSRは、低解像度の1フレームだけを参照し、拡大と輪郭強調を1パスで処理する空間型だった。AIFFの超解像は、低解像度の色、深度、モーションベクトル、ジッター量に加え、前回の高解像度出力と特徴量を次のフレームへ渡す時間型である。4層の畳み込みネットワークが過去と現在の情報を使い、細い形状や動く粒子の再現を狙う。
フレーム生成も同じ系統の情報から、描画済みフレームの間に1枚を作る。Qualcommはこのアルゴリズムの詳細を非公開としたが、フレームの拡大処理と中間フレーム生成を別個の処理としてSDKから呼び出せる設計は示した。ゲームは必要な方を選べる。
公式説明に「1080pから1440pへ拡大する」との仕様はない。Qualcommが示した具体例は540pから1080pへの2倍拡大であり、7月の発端報道はリーク資料に1080pまたは1440pの出力モードがあると記している。入力解像度と出力解像度を取り違えると、必要な演算量も画質評価も変わってしまう。
18MBのHPMとDRAM帯域
AIFFの畳み込み処理は、中間結果をAdreno High Performance Memory(HPM)に置く。Qualcommによれば、HPMを使う狙いは、SoC外部のDRAMへデータを往復させる帯域と電力を減らすことにある。現在のSnapdragon 8 Elite Gen 5には18MBのHPMが搭載されており、同社はゲームで最大10%の電力効率改善と最大38%の性能向上をうたう。
ニューラル描画では、演算器の速さと同じくらいデータの置き場所が重要になる。960×540の色、深度、動きの各バッファを読み、高解像度の履歴と特徴量を毎フレーム更新すれば、外部メモリとの転送が増える。スマートフォンはピーク性能よりも、長時間のプレイ中に発熱でクロックが落ちないことが難しい。Qualcomm自身もGDCで、電力消費とサーマルスロットリングをAIFF開発の起点に挙げた。
ソフトウェア側では、VulkanがゲームエンジンとAIFF SDKの接点になる。Khronosの「VK_QCOM_data_graph_model」は、QNN形式のモデルをAdreno GPUまたはHexagon NPUで実行し、GPUの画像処理とメモリを共有するための拡張仕様だ。Qualcommの講演でも、GPUと機械学習演算器の間でバッファをコピーせず、Vulkanの同期機構を使って処理する設計が説明された。この提案文書は2025年6月24日に最終更新され、現時点では未批准である。
Matrix ALU 2基を巡るPro専用説
リーク資料を閲覧したNotebookcheckは、SM8975がAdreno 850を搭載し、そのシェーダープロセッサ内にMatrix ALUを2基備えると報じた。行列積と畳み込みを担当する演算器をGPUの近くに置き、18MBのGMEMと組み合わせてAIFFを動かすという。一方、標準版とされるSM8950はAdreno 845と12MBのGMEMを採用し、Matrix ALUを持たないためAIFFにも対応しないとされる。
この区分が事実なら、QualcommはCPUクロックやGPU規模の違いに加え、ニューラル描画そのものをProの購入理由にする。現行Snapdragon 8 Elite Gen 5は18MBのHPMをすでに備えるため、次世代Proの新しさはメモリ容量よりMatrix ALUの追加とSDKの利用にある。標準版が12MBへ縮小するという報道も、同じゲームをどの解像度と画質で維持できるかに影響し得る。
もっとも、Qualcommの現行製品ページが最新フラッグシップとして掲載するのはSnapdragon 8 Elite Gen 5である。SM8975、SM8950、Adreno 850、Adreno 845という型番も、Proと標準版の分割も未発表だ。Notebookcheckは内部文書に基づく独自報道としているが、公式仕様表の代わりにはならない。
ワンタップ機能ではなく、ゲーム側の実装が要る
QualcommがGDCで示したAIFFは、OSやドライバがあらゆる映像へ後付けする機能ではない。ゲームは低解像度の色、深度、モーションベクトル、ジッター量をSDKへ渡し、超解像処理を実行する。フレーム生成では、ポストプロセス後、ユーザーインターフェースを描く前の高解像度画像も必要になる。生成したフレームと通常の描画フレームには、それぞれUIを重ね、表示間隔も整えなければならない。
このためQualcommは、Unreal EngineとUnity向けプラグイン、Snapdragon Profiler対応、サンプル、文書を一式で用意する方針だ。Unreal Engine 5では既存の時間型アップスケーラー用インターフェースを使えるが、5.6より前の版ではジッター処理のために小さなエンジン変更も要る。SDKをゲームへ同梱し、作品ごとに統合するのが現在公表されている経路である。
エミュレータや既存ゲームに共通のスイッチを付けるには、ゲームが本来出力する深度や動きの情報を別の層で取得し、UIを分離する仕組みがいる。Qualcommはその提供を発表していない。スマートフォンを搭載SoCだけで選んでも、ゲーム側がAIFFを実装しなければ機能は使えない。
毎秒30フレームから60フレームを表示する例にも限界がある。追加された1枚には新しいゲームロジックや入力結果が含まれないため、見た目は滑らかになっても、操作の更新頻度まで毎秒60回へ増えるわけではない。QualcommはAIFFの遅延、処理時間、消費電力をまだ公開しておらず、GDCの1080pデモにも時間をかけて見れば分かるアーティファクトがあると認めた。
2.3msの先行研究と、9月までに欠けている数字
SIGGRAPH 2024で発表された「Mob-FGSR」は、色、深度、モーションベクトルから生成フレームと高解像度画像を作り、Snapdragon 8 Gen 3上で720pのフレーム生成を2.2ms、1080pのフレーム生成と超解像を2.3msで処理したと報告した。実行時にニューラルネットワークを使わない研究実装であり、AIFFとは別の方式だが、スマートフォンで両処理を組み合わせられることは2年前に示されていた。
QualcommがAIFFで加える価値は、ニューラルモデルをAdrenoのHPMとつなぎ、Vulkanを使うSDK、主要ゲームエンジンのプラグイン、開発ツールまで製品として揃える点にある。講演では、社内デモを使ったAIFFとSnapdragon Game Super Resolution 2の画質比較も示された。どちらも960×540から1920×1080へ拡大した条件だったが、画質を数値化した指標はなく、処理時間も示していない。電力と入力遅延も不明だ。比較画像もQualcomm自身が選んだものだ。
Snapdragon Summit 2026は、9月22日から24日まで米ハワイ州マウイ島で開かれる。そこで次期SoCとの対応関係が明かされても、AIFFの実力は対応タイトル、同じ端末での長時間動作、生成を切った状態との入力遅延差が揃うまで決まらない。Pro専用機能が端末価格に見合うかを判断できるのは、表示フレーム数ではなく、その3点が公開された後である。
