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ChatGPTが脳活動を最大55%低下させる?MITの最新研究が“AI依存”に警鐘、AI時代の「認知的負債」に迫る

Y Kobayashi

2025年6月23日

ChatGPTをはじめとする生成AIは、私たちの仕事や学習のあり方を根底から変えつつある。しかし、その利便性の裏で、私たちの脳内では一体何が起きているのだろうか。この根源的な問いに、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの研究者たちが、脳波測定という客観的なメスを入れた。その結果は衝撃的だ。ChatGPTを使用してエッセイを書いたグループは、自力で書いたグループに比べ、脳の神経接続性が最大で55%も低下していたのである。これは、AIが私たちの思考プロセスを「肩代わり」することで、脳が本来行うべき知的活動を放棄してしまう「認知的負債」の蓄積を示唆しているのかもしれない。

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衝撃の研究結果:ChatGPTは脳を「静か」にするのか?

MITメディアラボの研究者、Nataliya Kosmyna氏らが発表した論文「Your Brain on ChatGPT」は、これまで漠然と議論されてきた「AIが思考力に与える影響」に、具体的な科学的根拠を提示した。

研究チームは、18歳から39歳までの54人の被験者を3つのグループに分けた。

  1. LLMグループ: OpenAIのChatGPTのみを使用してエッセイを作成。
  2. 検索エンジングループ: Google検索を使用(ただしAIによる要約機能は除外)。
  3. Brain-onlyグループ: 外部ツールを一切使わず、自らの頭脳のみで作成。

彼らには、SAT(大学進学適性試験)で出題されるようなテーマ(例:「真の幸福とは何か」)について、20分間でエッセイを執筆してもらった。この間、研究チームは高密度脳波計(EEG)を用いて、被験者の脳の32領域にわたる神経活動の連携、すなわち「脳の接続性」を記録した。

その結果は、あまりにも明確だった。

論文によれば、脳の接続性は外部からのサポート量に比例して体系的に低下した。Brain-onlyグループが最も活発で広範な神経ネットワークを示したのに対し、検索エンジングループは中間、そしてLLMグループは最も接続性が弱かったのだ。

特に、意味の処理やモニタリングに関連する低周波数帯のネットワークにおいて、LLMグループはBrain-onlyグループに比べて、脳接続性の総量(dDTF magnitude)が最大で55%も減少していたことが明らかになった。これは、AIという強力な外部ツールが、私たちの脳を本来の活動から「解放」し、ある意味で「静か」な状態にさせていることを物語っている。

なぜ脳の活動は低下したのか?「認知的負債」という新たな警告

単に脳の活動が低下したというだけでは、ことの本質を見誤るだろう。それは「効率化」の証なのか、それとも「能力の衰え」の予兆なのか。研究チームは、この現象の背景にあるメカニズムを、行動データと脳波データの両面から丹念に解き明かしていく。

記憶形成のバイパス:書いた内容を思い出せないLLMユーザー

この研究で最も衝撃的な行動データの一つが、「引用能力」の著しい差だ。最初のセッション終了後、被験者に自身が書いたエッセイから一文を引用してもらうテストを行ったところ、LLMグループの83%(18人中15人)が正確な引用に苦労し、完璧に引用できた被験者は一人もいなかった。一方、Brain-onlyグループや検索エンジングループでは、このような困難はほとんど見られなかった。

この「書いたはずなのに思い出せない」現象は、脳波データと見事に符合する。LLMグループでは、記憶の符号化や定着に深く関わるシータ波アルファ波といった低周波帯域での脳接続性が著しく低下していたのだ。これは、LLMが提示する洗練された文章を読み、選択し、転記するというプロセスが、情報を深く理解し、自らの知識としてエピソード記憶のネットワークに統合するという、本来不可欠な脳の働きをバイパスしてしまっている可能性を示唆している。

創造性の源泉が枯渇?アルファ波の沈黙が意味するもの

特に注目すべきはアルファ波の活動低下だ。アルファ波は、リラックスしている状態だけでなく、内的な思考、つまり記憶の中から情報を引き出したり、新しいアイデアを組み合わせたりする創造的な思考(クリエイティブ・イマジネーション)の最中に活発になることが知られている。

Brain-onlyグループでは、アイデアを練り、文章を構成する過程で、頭頂部から前頭部にかけての広範なアルファ波ネットワークが活性化していた。これは、彼らが自らの内なる知識や経験を総動員し、まさに「創造」していた証左と言える。

対照的に、LLMグループの脳内ではこのアルファ波が沈黙していた。AIが生成したアイデアや構成案に頼ることで、自らの内なる世界に深く潜り、試行錯誤する機会が奪われ、創造性の源泉とも言える神経活動が抑制されてしまったのではないだろうか。

「認知的負債」の正体:目先の楽さと引き換えに失うもの

研究チームは、この一連の現象を「認知的負債(Cognitive Debt)」という言葉で説明する。これは、目先の認知的な負荷をAIに肩代わりさせることで、短期的には「楽」ができるものの、長期的には批判的思考力、記憶力、創造性といった知的資本を失っていく状態を指す。

まるで、短期的な資金繰りのために高利の借金をするようなものだ。LLMを使うことで、エッセイは素早く、見栄え良く完成するかもしれない。しかしその裏では、思考の筋トレを怠った代償として、「自ら考える力」という最も重要な資産が、静かに目減りしていくのである。

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ツールの使い方で未来は変わる:絶望か、それとも希望か?

では、私たちはAIによって思考力を奪われる未来を受け入れるしかないのだろうか。この研究は、警鐘を鳴らすと同時に、一条の光も示している。その鍵は、実験の第4セッションにあった。

「脳からLLMへ」:AIを使いこなす脳の覚醒

第4セッションでは、これまでツールを使わずに書いてきたBrain-onlyグループが、初めてLLMを使ってエッセイを書き直した。すると、彼らの脳内では、あらゆる周波数帯で脳接続性が劇的に上昇したのだ。

これは何を意味するのか?彼らは、LLMの出力を鵜呑みにするのではなく、これまで培ってきた自らの知識や思考の枠組みと、AIが提示する情報を比較・検討し、統合しようと試みた。この「AIを批判的に使いこなそう」とする能動的なプロセスこそが、脳を最大限に活性化させたのである。これは、AIが思考を代替するのではなく、思考を深化させる触媒となりうる可能性を示している。

「LLMから脳へ」:失われた思考回路の行方

一方、これまでLLMに頼ってきたグループが、ツールなしでエッセイを書き直した場合はどうだったか。彼らの脳の接続性は、最初のセッションよりは改善したものの、Brain-onlyグループが練習を重ねて到達したレベルには遠く及ばなかった。

これは、「認知的負債」がそう簡単には返済できないことを示唆している。一度「楽」を覚えてしまった脳は、自力で思考の山を登るための神経回路を再構築するのに、より多くの時間と努力を要するのかもしれない。

私たちはAIとどう付き合うべきか?

このMITの研究は、私たちにAIとの付き合い方を根本から見直すことを迫っている。

第一に、教育現場への示唆は極めて大きい。生徒の思考力を育むという教育の本質に立ち返れば、学習の初期段階から安易に生成AIを導入することには慎重であるべきだ。まずは自らの頭で考え、調べ、文章を構築する「思考の体力」を徹底的に鍛える。その上で、AIをより高度なリサーチや壁打ちの相手として活用する。この研究が示すように、「Brain-to-LLM」の順序こそが、人間の能力を最大化する鍵となるだろう。

第二に、個人レベルでの向き合い方も重要だ。私たちはAIを「答えをくれる魔法の箱」としてではなく、「思考を刺激する対話相手」として位置づける必要がある。AIの生成物をコピー&ペーストするのではなく、「なぜこの提案なのか?」「別の視点はないか?」と問いかけ、自らの言葉で再構築する。このひと手間が、認知的負債を避け、AIを知的成長の糧に変える分水嶺となる。

最後に、この論文はエネルギーコストという物理的な「負債」にも言及している。2023年の研究によれば、LLMの1クエリあたりのエネルギー消費量は、Google検索の約10倍にものぼるという。私たちがAIに思考を委ねるたび、認知的な負債だけでなく、環境的な負債もまた蓄積されている現実から、目を背けてはならない。

この研究は、まだ査読前の段階であり、結論は予備的なものとして慎重に扱うべきだと研究者自身も述べている。しかし、AIという強力なツールが私たちの認知のあり方そのものを変容させうることを、脳波という客観的データで示した功績は計り知れない。私たちは今、テクノロジーとの関係性を再定義する歴史的な岐路に立たされているのである。


論文

参考文献

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