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光を3倍捉え、色を完璧に再現。ペロブスカイトイメージセンサーが起こすシリコンを超える画質革命

Y Kobayashi

2025年6月21日

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)とスイス連邦材料試験研究所(Empa)の研究チームが、デジタルイメージングの常識を根底から覆す可能性を秘めた新型イメージセンサーを開発した。半導体材料「ペロブスカイト」を用いたこのセンサーは、従来のシリコンセンサーが抱える構造的な限界を突破し、光をほぼ無駄なく捉えることで、圧倒的な高感度、色再現性、解像度を実現する。これは、私たちが日常的に手にするスマートフォンのカメラから、医療、農業、環境科学の最前線に至るまで、あらゆる分野にパラダイムシフトをもたらすかもしれない。

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なぜ現代のカメラは「光」を無駄にしているのか?シリコンセンサーの構造的限界

この革命の意義を理解するには、まず我々が日常的に使うデジタルカメラやスマートフォンの「心臓部」であるイメージセンサーが、なぜ完璧ではないのかを知る必要がある。現在、市場のほぼ100%を占めるイメージセンサーは、シリコンという半導体で作られている。

シリコンは優れた材料だが、特定の色だけを認識することはできない。入ってきた光を、波長(色)の区別なく吸収してしまう性質を持つ。そこで、色情報を得るために「カラーフィルターアレイ(CFA)」、通称「ベイヤーフィルター」がセンサーの上にモザイク状に配置される。これは赤(R)、緑(G)、青(B)の微細なフィルター群であり、各ピクセルは特定の一色(例えば赤)の光しか通過させない。

ここに、デジタル写真が誕生以来抱え続ける「宿命」がある。赤いフィルターを持つピクセルは、入射光に含まれる緑と青の成分を遮断し、熱として捨ててしまうのだ。つまり、原理的に入射光の約3分の2が無駄になっている

さらに、各ピクセルは1つの色情報しか持たないため、フルカラー画像を生成するには「デモザイク(補間処理)」が必須となる。これは隣接するピクセルの色情報から失われた色を「推測」する処理であり、画像の解像感を実質的に低下させるだけでなく、「偽色」や「モアレ」といった、写真愛好家を長年悩ませてきた画質劣化(アーティファクト)の根源となっている。

「光を捨てない」思想の先駆者、Foveonの栄光と限界

この「光を捨てる」CFA方式の非効率性に、真っ向から異を唱えたのが、米Foveon社(現在はSigma傘下)が開発した「Foveonセンサー」であった。Foveonは、シリコンの層を垂直に3層重ねるという画期的な構造を採用した。光は波長によってシリコン内部に侵入する深さが異なる(青は浅く、緑は中間、赤は深い)という性質を利用し、フィルターなしで色を分離しようという試みだ。

この思想は正しかった。光を捨てることなく、1つのピクセル位置でRGB全ての色情報を捉えるため、理論上、CFA方式よりも高い解像感と光利用効率を実現できた。しかし、なぜFoveonは市場の覇者になれなかったのか。その答えは、論文で鋭く指摘されている、シリコンという素材そのものが持つ「本質的な色の分離能力の欠如」にある。

Nature誌の論文は次のように述べる。「シリコンの感光層は可視光スペクトル全体にわたってほぼ均一な感度を持つため、本質的な波長選択性を提供しない」。Foveonの色分離は、あくまでシリコンの「侵入深度の違い」という物理現象に依存しているに過ぎない。その結果、各色(RGB)を検出する層の感度スペクトルが広範囲に重なり合ってしまい、明確な色分離が極めて困難になる。いわゆる「色被り(クロストーク)」が発生しやすいのだ。

この不正確さを補うため、Foveonセンサーは複雑で強力な画像処理(クロスチャンネル補正)に頼らざるを得ない。しかし、この処理は画像内のノイズを増幅させる副作用を伴い、特に光の少ない暗所での撮影(低照度性能)において画質を著しく損なう原因となっていた。

Foveonは「光を捨てない」という理想の扉を開いたが、シリコンという素材の壁によって、その先にある「正確な色」の世界には到達できなかったのである。

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「フィルター不要」の衝撃。ペロブスカイトが実現する垂直積層センサー

ETH ZurichとEmpaの研究チームが提示した解決策は、この「光を捨てる」という前提そのものを覆すものだ。Maksym Kovalenko教授が率いるチームは、10年近くにわたりペロブスカイトを用いたイメージセンサーの研究を続けてきた。そして今回、科学誌『Nature』に発表された論文で、その技術が現実のものであることを証明した。

素材自体が「色」を見分ける魔法

彼らのアプローチの核心は、鉛ハライドペロブスカイトという特殊な半導体材料の性質にある。この材料の最大の特徴は、その化学組成をわずかに変えるだけで、吸収する光の波長(色)を自在に調整できる「バンドギャップ・チューナビリティ」にある。

  • ヨウ素イオンの比率を増やすと、赤い光を選択的に吸収するペロブスカイトになる。
  • 臭素イオンを多くすれば、緑の光を吸収する。
  • 塩素イオンを増やせば、青い光を吸収する。

驚くべきことに、各層は目的の色を吸収した後、残りの色の光に対してはほぼ透明になる。つまり、素材自体がフィルターの役割を完璧にこなし、しかも不要な光を遮断するのではなく、次の層へと透過させるのだ。

これにより、究極とも言える「モノリシック垂直積層構造」が実現した。

光を余さず捉える「三層構造」の叡智

フィルターが不要になったことで、センサーの構造を根本から変えることが可能になった。従来のシリコンセンサーがRGBピクセルを平面上に「横並び」させていたのに対し、ペロブスカイトセンサーは異なる色を吸収する層を「垂直に積層」することができる。

  1. 最上層(青センサー): 入射光のうち青い光だけを吸収し、緑と赤の光はそのまま透過させる。
  2. 中間層(緑センサー): 透過してきた光から緑の光だけを吸収し、残りの赤い光を透過させる。
  3. 最下層(赤センサー): 最後に残った赤い光をすべて吸収する。

この構造は、Foveonが夢見た「光を捨てない」思想を、Foveonがなし得なかった「正確な色分離」と共に実現する。さらに重要なのは、これが単なる機械的な重ね合わせではなく、半導体製造プロセスで一体成形される「モノリシック(monolithic)」な構造である点だ。これにより、将来的な大量生産と高密度化への道が拓かれた。

理論から現実へ。プロトタイプが証明した圧倒的な性能

研究チームは、単なる理論の提示に留まらず、薄膜技術を用いて完全に機能する2つのプロトタイプを製作し、その驚異的な性能を実証した。

驚異的な色再現性と感度

『Nature』誌で報告されたデータは、この技術のポテンシャルを雄弁に物語っている。

  • 高い光変換効率: 光を電気信号に変換する効率を示す外部量子効率(EQE)は、赤で50%、緑で47%、青で53%という、フィルターによる損失がないからこそ実現できる高い値を記録した。
  • 圧倒的な色精度: 色のズレを示す指標「ΔE_Lab」(数値が小さいほど色が正確)は、わずか3.8を達成。これは、複雑な色補正アルゴリズムに頼る最先端のシリコンセンサー(CFA方式)の7.4やFoveonセンサーの12.8をも上回る数値であり、ペロブスカイトセンサーが見たままの色をいかに忠実に捉えるかを示している。
  • ノイズに強い構造: この高い色精度は、無理な色補正計算(クロスチャンネル補正)をほとんど必要としないことに起因する。これにより、色補正の過程で発生するノイズの増幅が抑えられ、特に光の少ない暗い場所での撮影(低照度性能)において大きなアドバンテージとなる可能性が高い。

「デモザイキング」が不要になる未来

研究チームは、8×8ピクセルの試作アレイを用いてイメージング実験も行っている。各ピクセルがRGB全ての情報を取得するため、失われた色を推測するデモザイキング処理は原理的に不要だ。これは、偽色やカラーモアレといった、デジタル写真が長年抱えてきたアーティファクトから解放されることを意味する。シミュレーションでは、同じデータからCFA方式を模倣した場合と比較して、ペロブスカイトの積層方式が解像度と画質の両面で明らかに優れていることが示された。

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スマホカメラから宇宙まで。ペロブスカイトが見据える応用分野

この技術の応用範囲は、民生用のデジタルカメラに留まらない。むしろ、その真価は「人間の目を超える」領域で発揮されるかもしれない。

人間の目を超える「マシンビジョン」

我々のカメラがRGBの3色を基本とするのは、人間の視覚がそのようにできているからだ。しかし、機械の「目」(マシンビジョン)はその制約に縛られる必要はない。ペロブスカイトのバンドギャップを精密に調整すれば、RGB以外の特定の波長の光だけを捉えるセンサーを作ることができる。複数の波長を捉える「ハイパースペクトルイメージング」だ。

Sergii Yakunin教授は、「ペロブスカイトを使えば、互いにはっきりと分離された多数のカラーチャンネルを定義できる」と語る。これにより、以下のような応用が期待される。

  • 医療分析: 特定の病変部だけが発する微弱な光を捉え、がんなどの早期発見に貢献する。
  • 精密農業: 作物のストレス状態や病気を、人間の目には見えない色の変化で検知し、収穫量を最大化する。
  • 環境モニタリング: 大気中や水中の汚染物質を、その物質固有のスペクトルから特定する。

小型化の挑戦と商業化へのロードマップ

もちろん、この技術がすぐに我々のスマートフォンに搭載されるわけではない。現在のプロトタイプのピクセルサイズは0.5〜1mmであり、商用センサーで一般的なマイクロメートル(0.001mm)単位にはまだ及ばない。

しかし、Kovalenko教授は楽観的だ。「最初のトランジスタは巨大なゲルマニウムの塊でした。60年経った今、トランジスタのサイズは数ナノメートルです」と語るように、これは電子部品における正常な発展プロセスの一部だ。研究チームは、ペロブスカイトはシリコンよりもさらにピクセルを小型化できるポテンシャルがあると確信しており、今後はペロブスカイトの特性に最適化された読み出し回路の開発などが重要な課題となる。

この「静かなる革命」は、まだ始まったばかりだ。しかし、光を「捨てる」ことが前提だったイメージセンサーの世界から、光を「すべて活かす」世界への扉は、確かに開かれた。人間の視覚を忠実に再現し、時にはそれを超える精度で世界を捉えるカメラが我々の手のひらに収まる日は、想像よりも早く訪れるのかもしれない。


論文

参考文献

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