米国の厳しい半導体輸出規制の逆風を受けながらも、中国のテクノロジー巨人Huaweiが、次世代の超微細プロセスである3nm(ナノメートル)チップの開発に本格的に乗り出していることが明らかになった。台湾・経済日報の報道によると、Huaweiは最先端のGAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術を採用した3nmチップに加え、革新的なカーボンナノチューブベースの3nmチップの研究開発も進めており、早ければ2026年にもテープアウト(設計完了)を目指すという。この野心的な計画は、中国最大のファウンドリSMIC(中芯国際集成電路製造)との連携を軸に進められると見られ、米中技術覇権争いの新たな焦点となりそうだ。
Huaweiの野望:3nmで切り拓く未来と2つの技術アプローチ
Huaweiが目指す3nmプロセスは、現在の主流であるFinFET(フィンフェット)構造よりもさらに微細化と高性能化、低消費電力化を実現できるGAA技術の採用が鍵となる。GAAは、トランジスタのチャネル(電流の通り道)をゲートが全方向から囲む構造で、リーク電流を効果的に抑制し、より精密な電流制御を可能にする。すでに韓国Samsungが3nmプロセスでGAAを導入しており、Huaweiがこれに続く形となれば、技術的に世界トップレベルに肉薄することを意味する。
また、Huaweiは従来のシリコンベースのトランジチャネルから、「二次元材料」の採用も検討しているという。二次元材料は、原子数個分の厚みしかないシート状の物質で、シリコンの限界を超える特性を持つと期待されており、これが実現すれば3nmノードにおける性能と電力効率のさらなる向上が見込めるかもしれない。
さらに注目すべきは、HuaweiがGAAと並行して「カーボンベース」の3nmチップ開発も進めている点だ。これは、シリコンに代わる材料として期待されるカーボンナノチューブ(CNT)をトランジスタや配線に利用するもので、経済日報によると、すでに実験室レベルでの検証を終え、SMICでの生産ラインへの適応を進めている段階にあるという。CNTは優れた電気伝導性や熱伝導性を持ち、理論上はシリコンよりも高速かつ低消費電力なチップを実現できる可能性を秘めている。
これら2つの異なる技術アプローチを同時に追求する姿勢からは、Huaweiが最先端半導体開発において、あらゆる可能性を模索し、技術的ブレークスルーを何としても達成しようとする強い意志がうかがえる。
布石となった5nm「Kirin X90」とSMICの役割
Huaweiの3nmへの挑戦は、決して絵空事ではない。同社はすでに、SMICの5nmプロセスで製造されたとされる「Kirin X90」チップを、自社開発OS「HarmonyOS」を搭載したPC向けに発表している。このKirin X90について経済日報は、SMICのN+2プロセス(7nmをベースに改良を加えたものと見られる)と、長江存儲科技(YMTC)傘下の長電科技(JCET)などによる先進的なパッケージング技術(複数のチップレットを高密度に統合する技術など)を組み合わせることで、実質的な性能を5nmレベルに引き上げたものだと分析している。
この事実は、プロセスノードの数字だけでなく、チップレットのような設計技術や高度なパッケージング技術がいかに最終的なチップ性能を左右するかを示している。そして、このKirin X90の開発・製造を支えたのが、中国最大のファウンドリであるSMICだ。SMICは、Huaweiの野心的な半導体国産化戦略において、技術的にも生産能力的にも中核的な役割を担っていると言えるだろう。
EUVなき3nm製造という茨の道:国産化への挑戦と現実
しかし、HuaweiとSMICが3nmチップを実現する道のりは、決して平坦ではない。最大の障壁の一つが、最先端プロセスに不可欠とされるEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の不在だ。オランダASML社が独占的に供給するEUVリソグラフィ装置は、米国の輸出規制により中国への輸出が厳しく制限されている。
SMICはこれまで、旧世代のDUV(深紫外線)リソグラフィ装置を用いたマルチパターニング(同じ回路パターンを複数回重ねて露光する技術)によって、7nmや5nm相当のプロセスを実現してきたとされる。経済日報によると、Huaweiの5nm技術も、上海微電子装備(SMEE)が開発したDUVステッパー「SSA800」シリーズなどを活用し、マルチパターニングで5nmの線幅を実現しているという。さらに、エッチング工程では中微半導体設備(AMEC)の5nm対応エッチング装置、計測工程では北方華創科技集団(NAURA)の電子ビーム検査システムなど、国産装置の活用が進んでいることも報じられている。
これは、中国が半導体製造装置から材料、設計ツールに至るまで、国内サプライチェーンの完結(いわゆる「オールチャイナ」体制)を目指す壮大な国家戦略の一環とも言える。しかし、3nmプロセスでDUVマルチパターニングを用いるとなると、その複雑さは5nmの比ではなく、製造工程の長期化、コストの大幅な上昇、そして何よりも致命的な歩留まりの低下を招く可能性が高い。果たして、この技術的難題を克服できるのだろうか。
歩留まりという名の「アキレス腱」:SMICの現状と克服への道
また、SMICの既存の5nmプロセス(Kirin X90に使われているとされるもの)の歩留まりは、わずか20%程度という情報もある。これは、製造されたチップの8割が不良品となることを意味し、商業ベースでの大量生産には程遠い水準だ。仮にこれが事実であれば、より複雑な3nmプロセスでの歩留まりは、さらに悪化する可能性も否定できない。
歩留まりの低さは、チップ1個あたりの製造コストを高騰させ、製品の競争力を著しく損なう。HuaweiとSMICがこの「アキレス腱」を克服できなければ、たとえ技術的に3nmチップの製造が可能になったとしても、その実用化や市場への供給は極めて限定的なものになるだろう。歩留まり改善には、製造プロセスの徹底的な最適化、使用する材料の品質向上、製造装置の精度向上、そして何よりも膨大な経験とデータの蓄積が必要であり、一朝一夕に達成できるものではない。
中国独自のEUV開発は進むのか?期待と懐疑の交錯
このような状況下で、中国国内では独自のEUVリソグラフィ装置開発が進められているという噂が絶えない。以前の報道では、中国がEUV開発に370億ドルもの巨額を投じており、HuaweiがEUV技術を積極的にテスト中で、早ければ2026年にも量産準備が整うとの情報があった。
しかし、元ASMLのエンジニアからは、「ASMLの技術的優位性は巨大で揺るぎない」として、中国による早期のEUV国産化に懐疑的な声も上がっている。EUV露光技術は、強力かつ安定したEUV光源の開発、極めて高精度な反射ミラー光学系、専用のマスク技術など、超高度な技術の塊であり、ASMLが長年かけて築き上げてきた牙城を崩すのは容易ではない。
中国政府がEUV開発の進捗を国家機密として扱い、ある日突然、国産EUVによるチップ製造を発表する可能性もゼロではない。過去のKirin 9010チップのように、その製造プロセスがしばらく謎に包まれていた例もある。しかし現時点では、中国のEUV開発の真相は依然として厚いベールに覆われたままだ。
米中技術覇権と世界の半導体地図:Huaweiの挑戦が投げかける波紋
Huaweiによる3nmチップ開発の挑戦は、単なる一企業の技術革新に留まらない、米中両国の技術覇権を巡る地政学的な競争の縮図と言えるだろう。もしHuaweiが、SMICとの連携や国産技術の結集によって、実用的なレベルでの3nmチップ量産に成功すれば、それは中国の技術的自立と国際的な影響力拡大を象徴する出来事となる。そして、世界の半導体サプライチェーンや勢力図にも、少なからぬ変化をもたらす可能性がある。
一方で、技術的課題や歩留まりの問題を克服できず、計画が遅延したり、限定的な成功に留まったりすれば、先端半導体分野における西側諸国の優位性が当面は揺るがないことを示す結果となるかもしれない。
そんな中、Huaweiがサプライチェーンの垂直統合を進め、西側諸国の技術に依存しない体制を構築しようとしている点は注目に値する。この動きは、Huaweiが単に制裁を回避するだけでなく、長期的には独自の技術エコシステムを確立し、世界市場で再び競争力を持つことを目指している表れとも解釈できる。
Huawei 3nm計画の実現性と今後の展望
過去には、Huaweiが楽観的な計画を発表しながらも、後にそれを断念した例も確かにあった。しかし、米国の制裁という未曾有の困難の中で、7nm相当のKirin 9000Sや5nm相当とされるKirin X90を市場に投入してきた実績は、今回の3nm計画にも一定のリアリティを与えていると言えるだろう。
成功の鍵を握るのは、やはりEUV露光技術の壁をどう乗り越えるか、そして絶望的とも言われる歩留まりをどこまで改善できるかにかかっている。仮に国産EUVの実用化が間に合わない場合、DUVマルチパターニングに依存する限り、コストと生産効率の面でTSMCやSamsungといった世界のトップファウンドリと伍していくのは極めて困難だ。
「成功」の定義も重要となる。世界市場で最先端を争うレベルなのか、それとも国内市場や特定のニッチ分野向けに、限定的ながらも先端に近いチップを供給できるレベルを目指すのか。後者であれば、実現の可能性は高まるかもしれない。
確かなことは、中国政府による強力な資金的・政策的支援が続く限り、HuaweiとSMICは粘り強く開発を継続するだろうということだ。彼らの挑戦は、世界の半導体業界の勢力図を塗り替える可能性を秘めている一方で、技術的・経済的な現実という高い壁に直面している。
果たしてHuaweiは、この壮大な挑戦を成功させ、世界の半導体業界に新たな風を吹き込むことができるのだろうか。その答えは、今後数年間の彼らの具体的な成果によって明らかになるだろう。
Sources