北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は2026年9月7日、リチウムイオン電池のグラファイト負極を保護する電解液添加剤「FPTI」を開発したと発表した。試験用セルでは、1,000回の充放電後の容量維持率が、無添加の62.7%に対して95.6%に達している。負極材料を取り替えず、表面にできる薄い膜を整えて耐久性を高める成果だ。ただし、実際の電池に近い構成では、添加剤を電解液へ入れたままにせず、負極をあらかじめ処理する使い方が採られた。
1,000回後の95.6%は何を基準にした数字か
研究チームが長期試験に用いたのは、グラファイトと金属リチウムを組み合わせたCR2025型コインセルである。こうした「ハーフセル」は、対象となる電極の振る舞いを調べるための構成だ。スマートフォンやEVに搭載される電池そのものの寿命試験とは区別する必要がある。
大学の発表によると、試験はFPTIを加えない電解液と、2 mg/mLまたは4 mg/mLを加えた電解液で行われた。充放電の速さを表すCレートは、最初の3サイクルが0.1C、その後が0.5C。容量維持率の基準には、約200サイクル時点で得られた最大容量を使っている。
| ハーフセルの電解液 | 1,000サイクル後の容量維持率 |
|---|---|
| FPTIなし | 62.7% |
| FPTI 2 mg/mL | 89.4% |
| FPTI 4 mg/mL | 95.6% |
いずれも約200サイクル時点の最大容量に対する比率。出典はJAISTの研究発表である。
同じ試験手順で添加量を変えると、最大容量からの減り方に差が出た。その意味で、FPTIの添加による改善を検討した介入実験の結果といえる。ただし「使い始めの容量が1,000回後にも95.6%残る」と読み替えると、比較の基準が変わってしまう。大学の発表には最大容量と試験終了時の容量の絶対値が示されておらず、何mAh分を保持したかは確認できない。
また、比較したのは3条件であり、試験セルが3個だったという意味ではない。各条件のセル数や繰り返し数、容量維持率のばらつきは、大学発表に記載がない。効果の大きさと再現性を評価するうえで残る情報だ。
計算が示す反応順序と、実験で測った抵抗
FPTIは、フッ素を多く含む部分と、硫黄を含むチオフェン構造を持つイミン化合物だ。研究チームはこの分子を使い、グラファイトの表面にできる固体電解質界面(SEI)を安定させようとした。SEIは電解液の一部が分解して生じる薄い保護膜で、リチウムイオンを通しながら、それ以上の電解液の分解を抑える役割を担う。
保護膜が壊れて作り直されると、その過程でリチウムや電解液が消費される。膜の形成を制御できれば、材料としてのグラファイトを変えずに、容量低下の原因となる副反応を抑えられる可能性がある。
分子設計を支える計算と、セルで得た測定結果は分けて読む必要がある。密度汎関数理論(DFT)を使った計算では、FPTIのLUMO準位が一般的な電解液成分やバインダーより低かった。LUMOは電子が入っていない分子軌道のうち最も低いエネルギーの準位を指し、今回の計算は、FPTIが先に電子を受け取って還元されやすいという説明を支えている。これは反応の起こりやすさについての計算結果で、電池の耐用年数を予測した値ではない。
一方、実験では抵抗の低下が測定された。無添加と4 mg/mL添加のセルを比べると、SEI抵抗は7.6 Ωから2.2 Ωへ、電荷移動抵抗は41.8 Ωから19.8 Ωへ下がっている。後者は電極と電解液の界面で電荷が移動する際の抵抗だ。
負極表面の分析でも、フッ化リチウム(LiF)を多く含む膜や、FPTIの硫黄およびイミンに由来する成分が確認された。大学は、これらが膜の形成に寄与して界面を安定化したと考えている。添加条件を変えて性能差を測ったことと、膜の個々の成分がどれだけ改善をもたらしたかを突き止めることは、別の検証である。今回の表面分析と性能測定の対応だけから、LiFの量が寿命を決める唯一の原因だとは断定できない。
正極に触れさせず、負極を先に処理する
NMC811正極とグラファイト負極を組み合わせたフルセルの評価では、FPTIの使い方が変わった。大学の発表によると、NMC811正極がFPTIに直接触れると抵抗が増し、性能が悪化したためだ。
そこで研究チームは、FPTIを含む電解液でグラファイト負極を予備充放電し、先に保護膜を形成した。その負極を使い、FPTIを含まない対照電解液でフルセルを組み立てている。負極表面を処理する工程と、完成した電池の中で充放電する工程を分けたのである。
この構成で報告されたエネルギー密度は、対照が約130 Wh/kg、2 mg/mLのFPTIで前処理した負極では約192 Wh/kg、4 mg/mLでは約233 Wh/kgだった。ただし、大学発表にはこの質量の基準が電極の活物質なのか、セル全体なのかが明記されていない。したがって、市販電池の仕様値と直接比較する材料にはできない。
フルセルで得たエネルギー密度と、ハーフセルの1,000回後の容量維持率も、異なる構成で測った別の指標だ。両者をつないで「233 Wh/kgの実用電池が1,000回後も95.6%を維持した」と解釈する根拠はない。負極の改善を電池全体の改善へ移すには、正極との相性まで含めて材料と工程を組み合わせる必要がある。
量産へ残るのは、前処理を含めた長期検証
研究はUday Sai Reddi、Bharat Srimitra Mantripragada、松見紀佳教授のチームによるもので、査読誌『Energy & Fuels』に2026年8月31日付で掲載された。論文のDOIは10.1021/acs.energyfuels.6c02613だ。JAISTが公表した結果は同チームの実験に基づき、独立した研究チームの追試による再現性は未確認である。
JAISTは、実用サイズに近いフルセルでの長期試験に加え、温度条件や安全性の検証が必要だとしている。さらに、負極の前処理を製造工程へ組み込めるか、量産時にも狙った膜を作れるかを確かめなければならない。既存設備を大きく変えずに導入できる可能性は研究チームの見通しであり、製造ラインでの実証結果ではない。
松見教授は大学発表で「本研究成果についてはすでに国内特許を出願しています」と説明し、企業との共同研究に向けて開発パートナーを募集している。グラファイトを使い続けながら表面を改良する方法が電池交換の負担軽減につながるかは、前処理を含む製造工程と、実用条件での長期性能を両立できるかにかかっている。



