現在、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の学習・推論インフラとして、クラウドプロバイダー各社は独自シリコンの開発を加速させている。Googleも長年にわたりTensor Processing Unit(TPU)を開発し、内部のAIワークロードやGoogle Cloudの顧客向けに提供してきた。NVIDIA製GPUの供給不足や価格高騰が業界の深刻な懸念材料となる中、自社製アクセラレータとしてのTPUの重要性はかつてないほど高まっている。今年4月にも新たなカスタムAIチップが発表されるなど、同社のハードウェア開発サイクルは明確な加速基調にある。独自シリコンの開発は、莫大なインフラコストを抑制し、クラウド事業における価格競争力を維持するための要となっている。

しかし、AIチップの性能向上を支える最先端の半導体製造拠点において、構造的なリスクが表面化している。それは、台湾のTSMCに対する業界全体の過度な依存である。NVIDIAをはじめ、AMD、Apple、そしてGoogle自身も、これまでの最先端チップの製造をほぼ例外なくTSMCに委託してきた。生成AIブームに伴う演算リソースの需要爆発により、TSMCの生産能力、特にCoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)などの先進パッケージングのラインは常に逼迫した状態が続いている。加えて、台湾有事などの地政学的リスクや自然災害のリスクも、単一ベンダー依存の危険性を増大させている。

最先端プロセスの製造枠を確保することは、巨大テック企業にとって事業の生命線となっている。TSMCの供給ボトルネックや価格高騰が自社のAIインフラ展開の足枷となるリスクを回避するため、Googleはサプライチェーンの多様化を本格的に模索し始めている。The Informationなどの報道によれば、Googleは第10世代TPU(コードネーム「Icefish」)の製造に関して、Samsung Electronicsのファウンドリ部門と初期の協議を行っているという。これまでTPUシリーズ(初代から現在開発中のv9まで)は一貫してTSMCが製造を担当してきたが、Icefishではこの独占的な生産体制が見直される可能性が浮上している。これは単なるコスト交渉の枠を超えた、巨大テック企業による物理的・地政学的リスクの分散という戦略的な判断である。

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チップレットアーキテクチャの採用と適材適所の製造戦略

Googleが現在MediaTekと共同で設計を進めているとされるIcefishの最大の特徴は、単一の巨大なシリコンダイ(モノリシック)ではなく、機能ごとに分割された複数の小さなダイを接続する「チップレット(Chiplet)」アーキテクチャの採用にある。製造プロセスが微細化するにつれて、歩留まりの低下や設計コストの高騰が深刻な課題となっており、巨大なチップを一つのウェハーから切り出す従来の手法は経済的な限界を迎えつつある。チップレットアプローチは、この物理的制約を打破するための解決策として業界の標準となりつつある。

報道によれば、Icefishの演算処理を担うメインのコンピュートダイは、引き続きTSMCが担当し、同社の次世代1.4nmプロセス(または先進的なサブ2nmプロセス)で製造される見通しである。その一方で、Samsung Electronicsはメモリとのデータ入出力をコントロールする「I/Oダイ(Input/Output Die)」の製造を担う計画が議論されている。このI/Oダイには、Samsungの最新の2nmプロセス技術が適用されるとみられている。最新プロセスをコンピュートダイとI/Oダイに分割適用することで、開発リスクを低減しつつ最適な歩留まりを確保する狙いがある。

現代のAIチップ、とりわけLLMの学習や推論においては、プロセッサの演算能力(TOPS)に加え、メモリ帯域幅(Memory Bandwidth)も性能のボトルネックとなる「メモリウォール」現象が深刻化している。膨大なパラメータを持つモデルを処理するためには、広帯域メモリ(HBM)と演算コアの間でデータを極めて高速かつ効率的に移動させる必要がある。I/Oダイは、まさにこのデータ転送の要衝となるコンポーネントである。2nmプロセスという極端な微細化技術をI/Oダイに適用することで、消費電力の削減や信号伝達の高速化に加え、チップ全体の熱設計の最適化が期待される。プロセスの微細化はもはや演算コア固有の課題にとどまらず、データ通信の効率化においても必須のアプローチとなっている。

Samsungの「ターンキー」戦略がもたらす優位性

数あるファウンドリ企業の中で、GoogleがSamsung Electronicsに白羽の矢を立てた背景には、Samsung固有の事業構造が大きく関係している。Samsungは世界第2位のファウンドリ事業者であると同時に、世界トップのメモリ半導体メーカーでもある。AIチップの性能を引き出すために不可欠なHBM市場において、SamsungはSK hynixと激しいシェア争いを繰り広げる主要サプライヤーであり、すでにGoogleの既存TPU向けにもHBMを供給している確かな実績がある。

もし今回の協議が最終的な合意に達すれば、SamsungはI/Oダイの製造委託にとどまらず、より広範な役割を担う可能性が高い。市場アナリストや業界報道は、Samsungのメモリ部門が最新世代のHBMを供給し、ファウンドリ部門が2nmプロセスでI/Oダイを製造、さらにアドバンスドパッケージング部門がそれらのダイとTSMC製のコンピュートダイをひとつのチップセットとして統合する「ターンキー(一括請負)」サービスを提供するシナリオを有力視している。

チップレットアーキテクチャでは、異なるプロセスノードや異なる工場で製造されたダイを、シリコンインターポーザなどを介して高密度に接続する高度なパッケージング技術が成否を分ける。設計段階から製造、メモリの統合、最終的なパッケージングまでを自社グループ内で一貫して提供できる体制は、技術的な擦り合わせ(インテグレーション)のコストを大幅に引き下げ、市場投入までの開発リードタイムを短縮する効果がある。Googleにとって、メモリの電気的特性を最も熟知したSamsungにI/O周りの設計・製造・実装を任せることは、システムレベルでの歩留まり向上と性能最適化を図る上で極めて合理的な選択と言える。

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ファウンドリ市場における新たな競争構造と業界再編の予兆

Icefishプロジェクトは、順調に進めば2028年に量産が開始される予定である。The Informationの追加報道によれば、GoogleはSamsungに加え、Intelのファウンドリ事業部門(Intel Foundry)とも2028年に向けて300万個以上のTPU製造に関する協議を行っているとされる。Intelは現在、最新の「Intel 18A」プロセスを武器にファウンドリ事業の再建を急いでおり、北米内に強固な製造拠点を有するという地政学的なアドバンテージを持っている。これらの動きは、これまでTSMCが独占的な地位を築いてきた最先端AIチップの製造エコシステムにおいて、SamsungやIntelへのマルチソーシング(複数購買)を本格化させるメガテック企業が増加していることを如実に示している。

Samsung Electronicsのファウンドリ部門は近年、大規模な顧客の獲得に苦戦しているとの見方もあったが、風向きは着実に変わりつつある。昨年には、Teslaの次世代自動運転向けAIチップ(HW5/AI6)の製造を2nmプロセスで受注するという165億ドル(約2.5兆円)規模の大型契約を獲得したと報じられている。さらに、推論特化型アクセラレータで急成長する新興企業Groqの言語処理ユニット(LPU)の製造も手掛けている。TSMCを猛追するSamsungにとって、Googleという巨大なクラウドベンダーのコアインフラに食い込むことは、同社の2nmプロセスやGAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術の信頼性を市場に対して強力に証明する絶好の機会となる。

これからのAIハードウェア開発競争では、トランジスタの微細化以上に、多様なチップレットを組み合わせるヘテロジニアス・インテグレーション(異種統合)が重要となる。ファウンドリ各社に求められるのは、単一の製造能力に加え、メモリ統合技術や2.5D/3Dパッケージングを含めた総合的なサプライチェーン構築能力である。Googleの「Icefish」におけるマルチファウンドリ戦略は、半導体業界全体のパワーバランスを再構築する重要な試金石となる。TSMC、Samsung、Intelによる三つ巴の覇権争いは、AIインフラの進化をさらに加速させていくことが予想される。