Google Quantum AIは2026年10月15日、超伝導量子プロセッサ「Willow」を使い、量子計算に必要な特殊な量子状態「魔法状態」を高精度で生成する「魔法状態栽培(magic state cultivation)」の実証結果を発表した。Emma Rosenfeld氏、Craig Gidney氏らによる研究は同日、査読誌Scienceに掲載され、栽培を行わない従来の状態注入と比べて誤りを約40分の1に減らした。論文のプレプリントは2025年12月に公開されており、今回は査読誌への掲載に合わせた発表となる。ただし、高精度な状態を得られた試行の割合や、生成した状態を実際の計算に引き渡す工程まで詳しく見ると、実用化に向けた前進とともに、なお解決すべき課題も明らかになる。

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量子計算を支える「魔法状態」を、小さな符号で栽培

誤り訂正型の量子コンピューターでは、多数の物理量子ビットに情報を分散させ、ひとまとまりの「論理量子ビット」として保護する。表面符号などの誤り訂正符号は、情報の符号化方法と誤りの検出方法を定める仕組みだ。これまでWillowで進められてきた量子メモリの研究は、主に情報を壊さず保持することを目指していた。

しかし、情報を保護しながら任意の量子計算を実行するには、使える演算の種類もそろえなければならない。表面符号などで扱いやすい「クリフォード演算」だけでは、任意の量子計算を構成できない。そこで必要になるのが、Tゲートなどの「非クリフォード演算」に使う特殊な量子状態だ。これを「魔法状態」と呼び、あらかじめ用意した状態を計算の途中で消費する。使用した状態は再利用できないため、大規模な計算ほど継続的な供給が必要になる。実験論文の序論でも、この供給に必要な資源が重要な研究課題として位置付けられている。

従来の有力な方法は、精度の低い複数の状態から、より精度の高い状態を取り出す「魔法状態蒸留」だった。しかし、蒸留に使う演算自体も誤りから保護する必要があり、その分だけ多数の物理量子ビットと処理時間を要する。量子計算を実行する領域だけでなく、必要な魔法状態を生成するためにも、大きな領域を確保しなければならない。

Craig Gidney氏、Noah Shutty氏、Cody Jones氏が2024年に提案した魔法状態栽培は、単一の論理量子ビットに持たせた状態を小さな符号の中で精製し、符号を大きくして保護していく方法だ。大阪大学の糸川智博氏、藤井啓祐氏らが研究してきた、物理量子ビットの段階で精製するゼロレベル蒸留も、この発想につながる先行研究の一つである。今回、研究チームは105個の物理量子ビットを備えるWillowの一部を使い、距離3のカラー符号から栽培を開始した。ここでいう「距離」は、符号が誤りにどれだけ耐えられるかを表す指標であり、量子ビットの個数を意味するものではない。カラー符号には、栽培に必要な論理状態の測定を組み立てやすいという利点がある。

実験では、まず雑音を含む状態を符号へ注入し、補助量子ビットを使って、目的とする魔法状態の方向を測定する。そのうえで、測定結果が望む状態に対応し、ほかの誤り検出でも問題が見つからなかった試行だけを採用する。この「事後選択」によって、不適切な状態を取り除き、残った状態の精度を高める仕組みだ。さらに、回路を逆向きにたどる操作や追加の検査も組み込み、精製中に生じた誤りを検出する。単に測定を繰り返すのではなく、測定そのものに含まれる誤りまで検出できるよう回路を設計した点が重要である。

99.99%の忠実度と8%の採択率が意味するもの

栽培を行わずに状態を注入した場合、論理的な誤りの確率は4.4(2)×10⁻³だった。百分率では0.44%で、統計的な不確かさは約0.02ポイントとなる。一方、栽培を加えた場合は誤りが大幅に減り、研究チームは状態の誤りの上限を1(1)×10⁻⁴と評価した。Scienceの抄録では、理想的な状態との一致度を表す「忠実度」について、少なくとも0.9999(1)と報告している。これは99.99%という値に約0.01ポイントの統計的な不確かさが伴うことを示す表記であり、誤差のない確定値ではない。また、量子計算全体の成功率を表す数字でもない。約40倍の誤り低減と99.99%の忠実度は、あくまで小さなカラー符号内での評価結果であり、表面符号へ移行した後も同じ精度が保たれることを保証するものではない。

Rosenfeld氏らの著者公開版の第II節・図3と第III節・図4を基に、実験の各工程と結果を整理すると次のようになる。忠実度と採択率については、Scienceの抄録にも記載されている。

実験で調べた工程 得られた結果 数字を読む際の条件
栽培なしの状態注入 誤りの確率は0.44%、不確かさは約0.02ポイント 栽培を加えた場合との比較基準
栽培を加えた状態準備と精度評価 忠実度の下限の推定値は0.9999(1) 準備と測定を含む回路全体で、約8%の試行を採用
距離3から距離5の符号への移行 精製した状態の特徴を移行先で確認 移行先での待機中の誤りが精度を制限

約40倍という改善率は、状態注入と栽培を加えた状態準備を、特定の評価条件で比較した結果である。チップ全体の誤りが40分の1になったわけでも、必要な量子ビット数が40分の1に減ったわけでもない。また、約8%という採択率にも注意が必要だ。今回の実験では、状態を生成する工程だけでなく、精度を調べるための追加の栽培回路や誤り訂正の検査まで含め、誤りの兆候が見つかった試行を除外している。そのため、8%は評価回路を含むデータの採択率であり、将来の魔法状態供給装置の歩留まりと直接比較できる数字ではない。実用性を判断するには、得られた状態の精度だけでなく、その精度を達成するためにどれだけの試行を捨てたかも考慮する必要がある。

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量子状態が「物理的にあり得ない値」になった理由

研究チームは栽培の初期試験で、物理的にあり得ない量子状態が測定結果から推定される問題に直面した。量子ビットの状態を球の中の点として表す「ブロッホ球」で考えると、推定された状態が球の外側に位置してしまうケースがあった。もちろん、装置が量子力学の法則を破ったわけではない。問題は、測定結果から量子状態を推定する方法の前提にあった。

通常の「状態トモグラフィ」は、同じ方法で準備した量子状態を異なる方向から測定し、その結果を組み合わせて状態を再構成する。しかし、誤りを検出した試行を取り除く事後選択と、位相がゆっくり変動するコヒーレントな雑音が重なると、測定する方向によって採用される試行の集団が変わる可能性がある。異なる条件で選ばれた測定結果を一つの状態の成分として組み合わせると、実際よりも純粋な状態を推定してしまう場合がある。論文の補足資料では、読み出しが理想的で測定回数も十分に多い場合でさえ、この問題が発生し得ることを示している。

この問題に対処するために研究チームが開発したのが、「キックバック・トモグラフィ」だ。栽培回路そのものが魔法状態の方向を測定する性質を利用し、準備した状態を追加の栽培回路と誤り訂正回路で検査する。異なる軸の測定結果を後から組み合わせるのではなく、調べたい状態との一致度を同じ回路で直接評価するため、位相雑音に起因する不整合を避けられる。

新しい測定方法では、必要な測定回数も大幅に減らせる。論文によると、10⁻⁴程度の誤りを、その誤りと同程度の不確かさで評価するには、通常のトモグラフィでは約10⁸回の測定が必要になる。一方、キックバック・トモグラフィでは約10⁴回が目安となる。目的とする状態の方向を直接測定することで、統計的なばらつきを小さくできるためだ。ただし、これは精度評価に必要な測定回数の比較であり、魔法状態の生成速度や実験全体の所要時間が同じ割合で改善することを意味しない。

今回の99.99%という忠実度は、高精度な状態を作る技術だけでなく、その精度を過大評価せずに測定する技術によって裏付けられている。論理量子ビットの精度が高まるにつれ、物理量子ビットの評価で使われてきた測定手法も見直す必要があることを示す結果といえる。

「接ぎ木」の先に残る待機中の誤り

小さな符号の中で精製した魔法状態も、そのまま保持し続ければ、待機中に発生する論理的な誤りによって精度が低下する。実際の計算に使うまで状態を保護するには、より大きな符号へ移す工程が必要になる。Googleが今回試した「接ぎ木」は、この接続を検証するための実験だ。

研究チームは、距離3のカラー符号で精製した状態を、距離5の表面符号と接続できる符号へ拡張した。カラー符号で高精度な状態を作り、それを表面符号を使う量子コンピューターへ引き渡すという役割分担を、実機上で確かめたことになる。論文の第III節では、54個の量子ビットを含む回路のシミュレーション結果とも比較し、精製された状態の特徴が移行先にも引き継がれることを確認している。

ただし、符号を移行した後にT状態に近い点を評価すると、状態の純度は栽培を行わなかった場合とほぼ変わらなかった。どちらも距離5の移行先で発生する待機中の誤りによって精度が制限されていたためだ。つまり、小さな符号での栽培によって誤りを減らせても、その後の工程で発生する誤りが、せっかく得られた改善効果を打ち消してしまった。

さらに、移行先の符号にはカラー符号に由来する構造も残っている。今回の実験では、これを「Tesseract」という復号手法で処理しており、通常の表面符号で使われるマッチング型の復号へ切り替える工程までは検証していない。また、精製した魔法状態を使ってリアルタイムにTゲートを実行することも、今後の課題として残されている。「接ぎ木」によって異なる符号間で魔法状態を受け渡せることは確かめられたが、実用化には移行中や移行後も低い誤り率を維持する必要がある。

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実用化に向けて問われる資源コストと選別方法

2024年の魔法状態栽培の提案では、一様な脱分極雑音を仮定した数値評価により、従来手法より約1桁少ない「量子ビット数×誤り訂正のラウンド数」で、低い論理誤り率を目指せると見積もられていた。必要な量子ビット数と処理時間の両方を削減できる可能性が、栽培への期待を支えている。ただし、今回のWillow実験で、この資源削減効果まで実測されたわけではない。

実用化に向けては、生成した状態の中から、どの試行を採用するかという判断にも課題がある。Rohan Mehta氏、Mikhail Lukin氏らが2026年10月5日に公開した未査読論文『The practical cost of magic state cultivation』は、従来の資源見積もりで使われてきた選別方法に着目した研究だ。実験やシミュレーションでは、最後に量子状態を読み出し、その結果も利用して良い試行を選ぶことができる。しかし、実際の計算中にその読み出しを行えば、これから演算に使う魔法状態そのものを壊してしまう。したがって、実用的な供給装置では、状態を保持したまま得られる誤り検出情報だけを使い、採用するかどうかを判断しなければならない。

同チームは、この制約の下で状態を選別する「Caliper」という手法を提案した。数値評価では、使用する符号や目標精度によって、従来の資源見積もりに近い効率を達成できる場合もあれば、同じ低い誤り率を得るために、より大きな符号や長い処理時間が必要になる場合もあった。つまり、状態を壊さずに良否を判定しなければならないという実用上の制約が、最終的な魔法状態の供給コストを左右する可能性がある。

ただし、Caliperの評価にも限界がある。計算を簡略化するため、実際に必要なT状態の代わりにY状態を使ってシミュレーションしており、T状態とこの選別方法を組み合わせた厳密な評価は今後の課題となっている。これはWillowによる栽培実証を否定するものではなく、小さな符号での高精度な状態生成から、実際の量子計算で使える状態の継続的な供給へ進むために、追加で何を検証すべきかを明らかにする研究である。

Googleの研究チームも、より大きな符号への移行と、リアルタイムでのTゲート実行を今後の課題に挙げている。高精度な魔法状態を生成するだけでなく、状態を壊さずに選別し、より大きな符号でも精度を維持したまま演算へ引き渡せるかが重要になる。これらの工程を一貫して実行できるようになれば、魔法状態栽培による資源削減の効果を、実際の量子計算に必要な量子ビット数や処理時間に基づいて評価できるようになる。