米サンディア国立研究所のTimothy Proctor氏らが、量子コンピューターの計算能力を共通の基準で測る新たな指標「QUOPS」を提案した。2026年9月10日に公開された論文では、Google、IBM、Quantinuumの4機種を対象に、どれほど大規模な計算を実行できるかと、その処理速度を測定している。

結果から見えてきたのは、大規模な回路を実行できる量子コンピューターと、高速に処理できる量子コンピューターが必ずしも一致しないということだ。さらに、代表的な実用問題に必要とされる計算規模と比べると、現在の装置との間にはなお約5桁の隔たりがある。

量子ビットを何個搭載しているかではなく、「どれほど大きな計算を最後まで正しく実行できるか」で量子コンピューターの進歩を測ろうという提案である。

AD

量子ビットの数ではなく、実行できる回路を測る

QUOPSが評価するのは、量子ビット数や個々のゲート性能だけではなく、それらを組み合わせた量子コンピューター全体の計算能力だ。

量子ビットが多くても、計算途中で誤りが蓄積すれば長い処理を完了できない。また、離れた量子ビット同士で演算するために追加の操作が必要になれば、その分だけ演算回数が増え、誤りが入り込む機会も増える。

そのため、量子ビットの数や個々のゲート精度だけを見ても、実際にどれほど大きなプログラムを実行できるかを判断するのは難しい。

従来の「量子ボリューム」も量子コンピューター全体の性能を測る指標だが、研究チームは、結果を検証するために必要な古典計算の負荷が量子ビット数とともに指数関数的に増えることを課題として挙げている。

将来、大規模な量子コンピューターを評価するために、古典コンピューターでその動作全体を再現しなければならないとすれば、評価する側の計算能力が先に限界へ達してしまう。

QUOPS論文では、実用的な計算との関係を保ちながら、この問題を回避する評価方法を示している。

試験には、1量子ビットに任意角の回転を与えるゲートと、2量子ビットに作用するCNOTゲートを用いる。これらをランダムに配置し、回路の「幅」と「規模」をそれぞれ変えて性能を測る。

幅は計算に使う量子ビット数、規模は共通の基準で数えた演算量を表す。1量子ビット回転を1、CNOTを2として数えるため、メーカーごとに異なる命令数をそのまま比較するわけではない。共通の回路を各量子コンピューターが実行できる命令へ変換する際の負担も、結果に反映される。

標準評価では、理想的な回路の動作がどれだけ維持されたかを示す「平均プロセス偏極」が約61%以上であることを、95%の信頼水準で確認できた場合を成功とする。

ただし、この61%は「実用問題の答えが61%の確率で正しい」という意味ではない。

評価に使うミラー回路では、計算を行った後に逆向きの操作を加え、さらにランダム化することで、理想的な出力があらかじめ分かる構造にする。その出力がどの程度崩れたかを調べることで元の回路の品質を推定できるため、大規模な回路全体を古典コンピューターで再現する必要がない。

QUOPSを1つのスコアにまとめる際には、回路幅をw、規模をsとし、

w² ≤ s ≤ w³

の範囲で正常に実行できた最大のsを採用する。

極端に細長い回路や、逆に浅すぎる回路を評価対象から外し、初期の実用的な量子計算に近い形へ対象を絞るためだ。

例えば幅6の場合、スコアの候補となる回路規模は36から216となる。

ただし、この最大値だけを見ても、ほかの回路幅でどこまで計算できるかは分からない。そのためQUOPSでは、最大スコアだけでなく、その元となる「実行可能領域」の広がりも確認する必要がある。

大規模回路に強いHelios、処理速度に強いWillow

標準条件で最も大きな回路規模に到達したのは、QuantinuumのHelios-1だった。一方、1秒あたりの実効的な処理量ではGoogleのWillowが大きく上回った。

機種 方式 QUOPSスコア 実効処理量(QUOPS/s) スコア達成時の回路幅
Google Willow 超伝導 216 20,000,000 6
IBM ibm_boston 超伝導 204 310,000 6
Quantinuum H2-1 イオントラップ 1,320 353 12
Quantinuum Helios-1 イオントラップ 1,504 303 16

数値は2026年9月公開論文の表Iによる。物理量子ビットを直接使い、誤りを検出した試行を除外しない条件で比較している。

処理量は、それぞれの機種がQUOPSスコアを達成した地点で測った値であり、まったく同じ回路を実行した際の速度を直接比較したものではない。

また、表の回路幅は量子コンピューターが搭載する総量子ビット数でもない。例えばWillowは105量子ビット、Helios-1は98量子ビットを搭載しているが、表のスコアはその一部を使った回路で得られたものだ。

超伝導方式の強みは、ゲート操作が高速なことにある。

ただし、直接接続できる量子ビットの組み合わせには制限があり、離れた量子ビット同士で演算する場合には追加の操作が必要になる。

一方、Quantinuumのイオントラップ型量子コンピューターでは、イオンを移動させることで幅広い組み合わせの量子ビット間で演算できる。このため接続関係による負担は小さいが、1回あたりの演算には時間がかかる。

QUOPSでは、こうした方式ごとの違いが、実行できる回路規模と処理速度という2つの側面に表れる。

「1秒あたり」の意味にも注意が必要だ。

QUOPS/sは単純なゲート速度ではなく、回路品質の低下や、除外した試行による負担も反映した実効的な処理量である。クラウドサービスへ計算を依頼してから結果が返ってくるまでの時間を示しているわけではない。

論文では、評価から除外できる待ち時間やデータ転送時間は含めないとしている。

さらに補足資料によると、Willowの速度測定では、回路切り替えにかかる時間の影響を小さくするため、50万回の実行を行っている。

IBMでは形の異なる回路が同じバッチ内で実行されたため、回路ごとの正確な実行時間を切り分けることが難しく、バッチ単位で時間を近似した。そのうえで、全体の経過時間ではなく、量子プロセッサが実際に使われた時間を採用している。

つまり、共通の指標を使っていても、処理時間の測定条件まで完全に同一というわけではない。量子コンピューターを比較する場合は、スコアや速度だけでなく、こうした測定条件も確認する必要がある。

AD

誤り緩和を使えば大きな回路を扱えるが、処理速度は落ちる

雑音を含む量子計算を何度も実行し、その結果を統計的に処理して誤りの影響を抑える「誤り緩和」を使えば、標準条件では成功と判定されない回路からも有用な情報を取り出せる可能性がある。

ただし、残る信号が弱くなるほど必要な試行回数は増える。

QUOPSでは、偏極のしきい値をαとすると、この負担をおおむね1/α²として処理量に反映する。しきい値を1%まで下げる場合、必要な試行回数は最大で約1万倍になる。

Helios-1の評価条件 回路規模(QUOPS) 実効処理量(QUOPS/s) 値の扱い
標準評価、試行の除外なし 1,504 303 実測
偏極1%まで誤り緩和を想定 20,442 0.29 実測値と外挿を組み合わせた推定

Helios-1では、標準条件で1,504 QUOPS・303 QUOPS/sだったのに対し、誤り緩和を想定すると20,442 QUOPS・0.29 QUOPS/sと推定されている。

扱える回路規模は約13.6倍に広がる一方、実効処理量は約1,045分の1まで低下する。

この倍率は、Proctor氏らの論文v1の表Iと誤り緩和の推定値から、20,442÷1,504、303÷0.29として算出したものだ。

同じ量子コンピューターについて、異なる成功基準を設定したときに到達できる最大の回路規模を比較している。そのため、同じ回路が約1,000倍遅くなるという意味でも、実用アプリケーションの処理速度を直接示した値でもない。

また、誤り緩和を使った値には測定範囲外への外挿も含まれている。補足資料も、実際に測定された領域と同じ確度の結果として扱わないよう注意を促している。

誤りを検出した試行を捨てる「事後選別」は、これとは別の方法だ。

Helios-1では、量子ビットが本来の計算状態から外れたことを検出し、その試行を除外することで、1,824 QUOPS・247 QUOPS/sを実測した。

結果の一部を捨てるため追加の負担は生じるが、得られるデータの品質が向上し、結果として実効処理量が改善する場合もある。

そのため、大きなQUOPSスコアが示された場合には、量子コンピューターそのものの性能が向上したのか、成功基準を緩めたのか、それとも試行を選別したのかを分けて見る必要がある。

実用的な計算には2.5億QUOPS規模が必要

研究チームは、現在の量子コンピューターが実用的な計算からどれほど離れているかを見るため、RSA-2048の素因数分解と、FeMocoと呼ばれる分子系のエネルギー計算を例に選んだ。

FeMocoは窒素固定に関わる酵素の活性中心であり、ここで対象としているのは、選択した電子軌道についてエネルギーを求める計算である。酵素の反応機構全体を量子コンピューターで解明するという意味ではない。

計算課題 論理データ量子ビット数 QUOPS換算の目標規模 5日以内を想定した目標処理量
RSA-2048の素因数分解 1,399 2.5億 約5,700 QUOPS/s
FeMocoのエネルギー推定 1,459 3.4億 約800 QUOPS/s

出典はQUOPS論文v1の補足資料V・表II。

いずれも実際に量子コンピューターで計算した結果ではなく、既存のアルゴリズムについて行われた資源見積もりをQUOPSに換算した値だ。

表の量子ビット数も、データを保持するための論理量子ビット数であり、誤り訂正や補助処理に必要となる物理量子ビットをすべて含んだ数ではない。

RSAについて基になったCraig Gidney氏の2025年の研究では、物理ゲートの誤り率0.1%、誤り訂正周期1マイクロ秒などを仮定し、100万個未満の物理量子ビットを使って1週間以内に計算を終えるという設計上の見積もりを示している。

QUOPS論文では、1回約12時間の回路を平均9.2回実行するという条件から、必要な処理速度を算出した。

一方、FeMocoの基になったGuang Hao Low氏らの研究では計算時間を指定していない。そのため「5日以内」という条件は、QUOPSの研究チームが比較のために設定したものだ。

2.5億と3.4億をHelios-1の標準スコア1,504と比較すると、それぞれ約17万倍、約23万倍となる。

これが論文で示される「約5桁の隔たり」の意味だ。

ただし、量子ビット数を単純に17万倍や23万倍に増やせばよいという話ではない。

Willowは小規模な回路では、表に示した実用計算の目標を上回るQUOPS/sを記録している。しかし、必要な幅と規模を持つ巨大な回路を最後まで正しく実行することはできない。

高速に演算できることと、大規模な計算を長時間にわたって誤りなく維持できることは、別の能力なのである。

QUOPSへの換算にもいくつかの仮定がある。

RSAとFeMocoの計算ではToffoliゲートを多用する一方、QUOPSの評価回路では任意角の回転ゲートを多く使う。

研究チームは両者を、誤り耐性量子計算で実装コストの大きいTゲートという共通の演算へ分解することで比較した。

その際には、Cliffordゲートで生じる誤りや待機中に発生する誤りを無視し、実際のアルゴリズムとランダム回路の構造的な違いも単純化している。

したがって、2.5億QUOPSという値は、あらゆる量子コンピューターに共通する「実用化の境界線」ではない。ここで示した目標値は、2026年9月10日公開版の論文に基づく推定値である。

QUOPSの定義から、もう一つ重要な点が分かる。

目標値よりスコアが低ければ、この換算モデルでは必要な計算能力に達していないと判断できる。一方、単純にスコアが目標値を超えただけでは、1,399個の論理量子ビットを使うRSAの回路を実際に実行できるとは限らない。

最大スコアを記録した回路の幅が、実用計算で必要となる幅とは異なる可能性があるためだ。

実用レベルへ到達したかを判断するには、最大スコアだけでなく、対象となる幅と規模の回路が実行可能領域に入っているかを見る必要がある。

AD

論理量子ビットも同じ基準で評価できる

Helios-1上で誤り訂正を組み込んだ論理量子ビットを使った実験では、40 QUOPS・4.9 QUOPS/sを記録した。

複数の物理量子ビットへ情報を分散して保護するSteane符号を使い、最大8個の論理量子ビットを構成した実験で、スコアは幅4の回路から得られた。

物理量子ビットを直接使った1,504 QUOPSと比べると大幅に低いが、これを誤り訂正方式そのものの限界と見ることはできない。

今回採用されたのは比較的単純な小規模構成であり、Helios-1で可能な誤り耐性量子計算の性能を最大限引き出した実装ではないためだ。

注目すべきなのは、同じハードウェア上で改善の過程をQUOPSによって追跡できたことだ。

当初24 QUOPSだったスコアは、演算に必要な補助状態の品質を改善することで40 QUOPSまで向上した。

さらに、誤りが訂正不能な形で広がらない条件を維持しながら、誤り訂正を入れる位置や演算の並列化を見直した結果、実効処理量も1.3 QUOPS/sから4.9 QUOPS/sへ向上している。

単に「論理量子ビットを実装できたか」だけでなく、誤り訂正に必要な追加処理を含めて、どれほど大きな計算をどの速度で実行できるかを評価できるわけだ。

サンディアの説明によると、QUOPSはCUDA-QやpyGSTiなどから利用できる。

QuantinuumもGuppyとpytketを使った実装例を公開している。ただし、公開リポジトリの注意書きでは、ノートブックは説明を目的としたものであり、論文に掲載されたすべての実験を厳密に再現するものではないとしている。

正式なQUOPSスコアを算出するには、個々の回路が実行できたかを見るだけでなく、論文で定められた統計的な評価手順に従う必要がある。

QUOPSの論文は現時点では査読前で、著者にはQuantinuumやNVIDIAの研究者も含まれる。

Quantinuum自身も、実際の用途に応じたベンチマークや第三者による検証は引き続き必要だとしている。

Proctor氏はIFLScienceの取材で、量子技術が進歩すれば、現在のQUOPSの評価条件が適切ではなくなる可能性にも触れている。そのため、評価に使う構成要素を将来変更できる設計にしているという。

今後の量子コンピューターの性能を見るうえでは、論理量子ビットの構成を改良したときに、実行可能な回路の領域がどこまで広がるのか、さらにその規模でも十分な処理速度を維持できるのかが重要になる。

第三者が同じ条件で結果を再現し、その実行可能領域に含まれる科学計算を実際に動かせるようになれば、QUOPSは量子コンピューターを導入する研究機関や企業にとって、「自分たちが必要とする計算を実行できる装置」を選ぶための一つの判断材料になりそうだ。