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太陽電池の「原理的限界」を突破する京都大学の量子的アプローチ——バルク光起電力効果が切り拓く次世代エネルギー革命

Y Kobayashi

2025年6月27日11:37AM

再生可能エネルギーの主役、太陽電池。その性能向上は、脱炭素社会の実現に向けた最重要課題の一つだ。しかし、現在主流のシリコン太陽電池には「ショックレー・クワイサー(Shockley-Queisser)限界」と呼ばれる、越えられない物理的な効率の壁が存在する。この長年の常識を、量子力学の不思議な効果で打ち破る可能性を秘めた画期的な研究成果が、京都大学から発表された。同大学の研究グループは、原子レベルの薄さを持つ特殊な物質を組み合わせ、磁場によって光から生まれる電流を自在に増幅・制御する新原理「磁気バルク光起電力効果」を世界で初めて実証。これは、太陽電池の設計思想を根本から覆し、未来のエネルギーデバイスに新たな道筋を示すものとして、大きな注目を集めている。

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太陽電池が直面する「ショックレー・クワイサーの壁」という物理限界

私たちが普段目にする太陽光パネルのほとんどは、シリコン半導体を用いた「p-n接合型」である。これは、性質の異なる2種類の半導体を接合することで内部に電場(電位の坂道)を作り出し、光によって生まれた電子を効率的に一方向へ流す仕組みだ。

しかし、この方式には原理的な限界が存在する。太陽光には様々なエネルギー(波長)の光が含まれているが、シリコン太陽電池は特定のエネルギー幅の光しか電力に変換できない。半導体の「バンドギャップ」と呼ばれるエネルギー準位より低いエネルギーの光は透過してしまい、高すぎるエネルギーの光はその超過分が熱として失われてしまうのだ。この宿命的なエネルギー損失により、単一のp-n接合を持つシリコン太陽電池の理論的な変換効率は、最大でも約33%とされている。これが「ショックレー・クワイサー限界」であり、太陽電池開発者が長年挑み続けてきた、高く厚い壁であった。

では、この壁を乗り越える術は本当にないのだろうか?その答えの鍵は、p-n接合という「古典的」な仕組みから脱却し、物質そのものが持つ「量子力学的」な性質を利用することにあった。

京大が拓く新境地:量子が生み出す「バルク光起電力効果」

今回、京都大学エネルギー科学研究科の朝田秀一博士課程学生、松田一成教授らの研究グループが着目したのは、「バルク光起電力効果」と呼ばれる量子現象だ。

p-n接合が内部の「電場の坂道」を利用するのに対し、バルク光起電力効果は、物質の結晶構造そのものが持つ「対称性の破れ」によって電流を生み出す。結晶の中で原子の並びが非対称だと、光を吸収した電子の波動関数が空間的に偏り(シフト)、外部から電圧をかけなくても自発的に電流が流れる。これが「シフト電流」と呼ばれる現象であり、バルク光起電力効果の主要な源の一つと考えられてきた。

この効果の最大の利点は、ショックレー・クワイサー限界に縛られないことだ。原理的にはバンドギャップを大きく超える電圧を発生させることも可能であり、次世代の超高効率太陽電池を実現する切り札として期待されてきた。しかし、その現象は極めて特殊な物質でしか起こらず、本質的な理解やデバイスへの応用は十分に進んでいなかった。

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原子レベルのサンドイッチ構造が生んだブレークスルー

研究グループは、この量子効果を人工的に引き出し、さらに制御するという大胆なアプローチをとった。彼らが作製したのは、わずか原子数層の厚さしかない「二次元物質」を巧みに組み合わせたデバイスだ。

具体的には、優れた半導体特性を持つ二次元物質「二硫化モリブデン(MoS2)」と、磁性(スピンが整列する性質)を持つ層状物質「四硫化クロム燐(CrPS4)」を、原子レベルの精度で積層した「人工ヘテロ構造」を構築した。

この組み合わせが、今回の発見の核心だ。MoS2とCrPS4は、それぞれ異なる結晶の対称性を持つ。これらを重ね合わせることで、界面では結晶構造の対称性(空間反転対称性:P対称性)が人工的に破られる。さらに、CrPS4が磁性体であるため、電子のスピンの向きが揃い、時間の向きを反転させると元の状態に戻らない「時間反転対称性:T対称性」も破れている。

研究チームは、このPとT、二つの対称性が同時に破れた特殊な量子状態を人工的に作り出すことに成功。これが、未知の光電変換現象を観測するための完璧な舞台となったのである。

世界初の発見:「磁気注入電流」による光電流の増幅

この特殊なデバイスに光を照射し、発生する電流を精密に測定した結果、研究グループは驚くべき現象を発見した。

予想通り、P対称性の破れに起因する「シフト電流」は観測された。しかし、それだけではなかったのだ。研究チームは、シフト電流に加えて、T対称性の破れ(磁性)に由来する全く新しい光電流が同時に発生していることを突き止めた。これが「磁気注入電流」である。

さらに重要な発見は、この磁気注入電流が、磁性材料であるCrPS4の磁気的な状態(スピンの向き)によって、その大きさが劇的に変化することだった。外部から磁場をかけたり、温度を変化させたりしてスピンの向きを制御すると、磁気注入電流が強まったり弱まったりし、結果としてデバイス全体から取り出せる光電流を増減させることができたのだ。

これは、光電流に対して「磁場」という調整ノブを手に入れたことに等しい。従来のシフト電流という「固定された電流」の上に、磁場でコントロール可能な「可変の電流」を足し合わせることで、全体の出力を増幅させることが可能になった。研究成果を報告した国際学術誌『Nature Communications』の論文では、特定の条件下で磁場をかけることにより、光電流が数倍に増強される様子が明確に示されている。

研究を主導した朝田氏は、「人工ヘテロ界面を用いたこのデバイスは設計の自由度が高く、理論研究での予言を実証しうる非常に面白い研究対象です」と、その可能性に言及する。この発見は、単に新しい光電流を見つけただけでなく、それを能動的に制御する道筋を示した点で、極めて画期的と言える。

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二次元材料エコシステムが描く、太陽光発電産業の地殻変動

この研究成果を産業的視点から見ると、現在のシリコン主導体制に対する根本的な挑戦として位置づけられる。グラフェンの発見以来、二次元材料は「次世代の基盤技術」として期待されてきたが、実用化への道筋は必ずしも明確ではなかった。今回の成果は、その具体的な応用先として太陽光発電分野を明確に提示したのだ。

特に重要なのは、この技術が材料設計の自由度を飛躍的に拡大する点である。従来のシリコン技術では、基本的な物理特性が材料によって固定されていた。しかし、異なる二次元材料を組み合わせたヘテロ構造では、積層順序、層間距離、界面状態といった設計パラメータを調整することで、目的に応じた特性を「オーダーメイド」できる。

この設計自由度の高さは、従来の太陽電池産業とは全く異なる競争軸を生み出す可能性がある。製造技術の規模効率よりも、材料設計とデバイス工学の知的集約度が競争優位の源泉となるのだ。日本の材料科学技術と精密制御技術の蓄積を考慮すれば、この新しい競争軸は極めて戦略的な意味を持つ。

量子効果がもたらす「第三の太陽光革命」への展望

太陽光発電の歴史を振り返ると、第一の革命はシリコン技術の確立、第二の革命は薄膜技術とペロブスカイト材料の登場だった。そして今、量子効果を活用した第三の革命の幕が上がろうとしている。

この量子的アプローチが真に革新的なのは、従来の「より効率的な材料を見つける」という発想から、「量子現象を設計して効率を創出する」という発想への転換を促す点にある。バルク光起電力効果は材料固有の特性ではなく、人工的に構築された量子システムの創発的性質なのだ。

実用化への道筋を考えると、まず特殊用途での応用が予想される。宇宙空間での発電、極限環境でのセンサー電源、そして高効率が求められるニッチ市場での展開である。これらの分野で技術的成熟度を高めながら、製造コストの低減と大面積化技術の開発を進めることで、最終的には汎用太陽電池市場への参入を目指すことになるだろう。

しかし、この技術が持つ真の潜在力は、単独デバイスとしての性能向上にとどまらない。AI制御による動的最適化、IoTシステムとの統合、さらには量子コンピューティングとの融合といった、次世代エネルギーシステムの中核技術として機能する可能性を秘めているのだ。

京都大学の研究チームが開いた扉の向こうには、エネルギー変換の物理的限界を量子力学で突破する、全く新しい技術的地平が広がっている。この「第三の太陽光革命」が人類社会にもたらす変革の全貌を予測することは困難だが、一つだけ確実に言えることがある。エネルギー問題の解決策は、もはや既存技術の改良ではなく、量子の世界から生まれるということだ。


論文

参考文献

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