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Microsoftが既存の気象予測モデルを遥かに凌駕するAI「Aurora」を開発

Y Kobayashi

2025年5月22日

気候変動による異常気象が頻発する現代において、より正確で迅速な気象予測の重要性は増すばかりだ。そんな中、Microsoftとペンシルベニア大学らは、既存の天気予報システムをはるかに凌駕する新たなAIモデル「Aurora」を発表した。この画期的な基盤モデルは、熱帯サイクロン経路、大気質、海洋波などを驚異的な精度で、しかも従来のシステムと比較して格段に高速かつ低コストで予測することを可能にする。

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天気予報に革命の兆し? AI「Aurora」とは何か

Auroraは、Microsoft Researchとペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)などの研究機関によって開発された、大規模なAI「基盤モデル(Foundation Model)」である。この基盤モデルというアプローチが、Auroraの大きな特徴の一つだ。

従来の予測との根本的な違い – 物理法則からデータ駆動へ

従来の気象予測は、大気の動きを物理法則や数学の方程式に基づいてシミュレーションする「数値予報モデル」が主流であった。これらはスーパーコンピュータによる膨大な計算を必要とし、モデル開発にも長い年月を要する。

一方、Auroraはこのような物理法則を直接的に解くのではなく、過去の膨大な気象データや地球観測データから気象パターンの変化を「学習」する、いわゆるデータ駆動型のアプローチを採用している。ペンシルバニア大学の機械工学・応用力学准教授であるParis Perdikaris氏は、「Auroraは、ChatGPTがテキストに対して行うように、過去の地球物理学的データから学習し、従来の物理方程式に明示的に依存することなく複雑な物理プロセスを予測します」と説明している。

「基盤モデル」というアプローチの強み

基盤モデルとは、広範なデータセットで事前学習された大規模AIモデルであり、その後、特定のタスクに適応させるために「ファインチューニング」という追加学習を行う。Auroraの場合、まず100万時間以上にも及ぶ多様な地球物理学的データ(衛星、レーダー、気象観測所からのデータ、シミュレーション、過去の予報など)で大気や地球システムの基本的な振る舞いを学習する。これは、AI予報モデルの学習データとしては過去最大級の規模だとMicrosoftは述べている。

この事前学習を経たAuroraは、いわば地球システムに関する広範な知識を持つ「高校卒業生」のような状態だ。そこから、サイクロン進路予測、大気汚染予測、波浪予測といった個別の専門分野に対応するため、比較的少量の追加データでファインチューニングを行うことで、それぞれのタスクに特化した高性能な予測モデルへと進化する。この柔軟性こそが、Auroraが単なる大気モデルではなく、「地球システムのための基盤モデル」と呼ばれる所以である。

驚異的な予測精度 – Auroraが示した具体的な成果

Nature誌に掲載された論文では、Auroraが様々な予測タスクにおいて、既存の運用システムを上回る、あるいは同等以上の性能を示したことが報告されている。

サイクロン進路予測:台風Doksuri事例と主要機関超えの精度

特に衝撃的なのは、サイクロンの進路予測における成果だ。2023年7月にフィリピンに甚大な被害をもたらした台風Doksuri(ドクスリ)の事例では、公式予報が台湾北部を通過すると予測していたのに対し、Auroraは4日前にフィリピン北部への上陸を正確に予測していた。Microsoft ResearchのシニアリサーチャーであるMegan Stanley氏は、「台風やハリケーンの多くのケースから我々が知っているように、たとえ1日早くても事前通知があれば、多くの命を救うのに十分です」と述べており、この精度の高さは防災において極めて重要と言えるだろう。

さらに、2022年から2023年にかけて発生した全球のサイクロンについて、Auroraは7つの主要な気象予報センターの5日間進路予測を全て上回る精度を示し、平均して20~25%精度が向上したという。これは機械学習モデルとしては前例のない成果だと研究チームは強調する。

大気汚染予測:イラク砂嵐事例に見る広範な適用可能性

Auroraの能力は気象現象だけに留まらない。2022年6月にイラクを襲った大規模な砂嵐の事例では、Auroraは発生の1日前にその状況を正確に予測した。大気汚染予測は、複雑な化学反応や人為的な排出源を考慮する必要があるため、気象予測よりもさらに複雑で計算資源を要するとされる。しかし、Auroraは事前学習で得た地球システムの広範な知識を基盤とすることで、比較的少ない大気質データによるファインチューニングでも高い適応能力を示した。これは、Auroraが多様な環境問題への応用可能性を秘めていることを示唆している。

波浪予測:台風Nanmadol事例と詳細な波浪パターンの把握

2022年9月に日本に上陸し大きな被害を出した台風Nanmadol(ナンマドル)の際の波浪予測においても、Auroraは既存の予測モデルを上回る精度で波の高さや進行方向を予測した。特に、波浪予測のための学習データが2016年以降のものしか利用できないという制約があったにも関わらず、高い性能を示した点は注目に値する。

高解像度な全球気象予報での優位性

一般的な天気予報アプリで用いられるような、最大14日間程度の中期予報においても、Auroraは0.1度という高解像度で、既存の最先端数値モデルを92%のターゲットで上回る性能を示したと報告されている。

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コストとアクセシビリティ:民主化される高精度予報

「Aurora」のもう一つの画期的な側面は、その運用コストの低さとアクセシビリティの高さにある。従来の物理ベースの天気予報モデルがスーパーコンピューターで数時間かけて予測を生成するのに対し、Auroraはグラフィック処理ユニット(GPU)を活用し、わずか数秒で予測を生成する。これは、従来のシステムと比較して約5,000倍の高速化であり、運用コストも大幅に削減される。

この低コストと高速性により、強力な天気予報は、これまで自前の物理ベースシミュレーションを運用する財政的余裕がなかった国や地域でも利用可能になる。Stanley氏は、「他の気象予測能力が十分でない国々、特に局所的な、高解像度の、あるいは洪水モデリングなど、それぞれのニーズに合わせてファインチューニングできる可能性は計り知れない」と、予報の「民主化」への期待を語る。

Microsoftは、この「Aurora」のソースコードとモデルウェイトを公開している。これにより、開発者はモデルをダウンロードして実行したり、独自のイノベーションを構築したりすることが可能になり、地球システム予測の分野におけるオープンな研究と発展が促進される。すでにMicrosoftのMSN WeatherアプリにはAuroraのデータが組み込まれ、より正確な時間ごとの予報や降水量、雲量などの詳細な気象情報を提供している。

専門家はどう見る? Auroraへの期待と課題

欧州中期予報センター(ECMWF)の地球システムモデリンググループを率いるPeter Dueben氏は、Auroraが高解像度の予測を機械学習で実現した点を評価し、「彼らがその限界を押し広げた最初の存在だと思う」と述べている。同センターでは、既にAuroraと同様の機械学習モデルを2年前から試験的に運用しているという。

一方で、AI気象モデルの分野では開発競争が激化しており、中国Huaweiの「Pangu-Weather」やGoogleの「GenCast」、さらにはデスクトップGPUで動作する「Aardvark」など、類似のAIモデルも次々と登場し、成果を上げている。これらのAIモデルが、既存の数値予報モデルを完全に置き換えるのか、あるいは補完し合う形で発展していくのか、専門家の間でも議論が続いている。ECMWFの事務局長であるFlorence Rabier氏は、この分野の進展を「非常に真剣に受け止めている」と述べ、ECMWF自身もAI学習モデルの開発を進めていることを明らかにしている。

Megan Stanley氏は、「Auroraが物理法則をどれだけ正しく学習しているか、そしてそれが異なる気候条件下でも頑健な予測を行えるかについては、興味深い研究がたくさんある」と述べ、Auroraがこの分野における最初の一歩であり、最後ではないとの見解を示している。

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Auroraが拓く未来 – 気象予測の先にあるもの

Auroraの登場は、単に天気予報の精度が上がるという話に留まらない。その影響は社会の様々な側面に及ぶ可能性がある。

  • 気候変動対策と防災: 異常気象の予測精度向上は、より効果的な避難計画やインフラ防護策の策定に繋がり、人命や財産を守る上で不可欠だ。
  • 多様な産業への応用: 農業における収穫量予測、エネルギー産業における再生可能エネルギー発電量予測、海運ルートの最適化、さらには洪水や山火事、海氷被覆の変化予測など、Auroraの技術は広範な分野で活用が期待される。
  • オープンソース化によるイノベーションの加速: MicrosoftはAuroraのソースコードとモデルウェイトを公開しており(Azure AI Foundry Labs経由)、世界中の開発者や研究者がこれを基にさらなる改良や新たな応用研究を進めることが可能になる。これにより、イノベーションが加速されることが期待される。
  • 実用化の進展: MicrosoftのMSN Weatherでは、既にAuroraのデータを活用した、より詳細な1時間ごとの予報(降水や雲量を含む)を提供する取り組みが始まっている。

今後の課題としては、アンサンブル予報(複数の予測結果を組み合わせることで不確実性を評価する手法)への拡張や、衛星などの観測データをより直接的にモデルに取り込む「エンドツーエンド」の予測システムの開発などが挙げられる。Microsoftの機械学習リサーチャーでありAuroraチームのメンバーであるWessel Bruinsma氏は、各ファインチューニング実験が少人数のエンジニアチームによってわずか4~8週間で実行された点に触れ、従来の数値モデル開発のタイムラインと比較してその迅速性を強調している。

AIは気象予測の「ゲームチェンジャー」となるか

MicrosoftのAuroraが示した成果は、AIが気象予測の分野においてまさに「ゲームチェンジャー」となり得る可能性を強く示唆している。従来の物理ベースのシミュレーションに依存したモデルが長年かけて築き上げてきた牙城に、データ駆動型AIが新たな風穴を開けようとしている。

もちろん、AIモデルが万能というわけではなく、物理モデルとの連携や、AIが学習した内容の解釈可能性(なぜそのような予測をしたのか)といった課題も残されている。しかし、Auroraが示した精度、速度、コスト効率、そして汎用性は、これからの気象予測、さらには地球システム全体の理解と予測に、大きな変革をもたらすことは間違いないだろう。気候変動という地球規模の課題に直面する我々にとって、このような技術革新は一筋の光明と言えるのかもしれない。今後のさらなる進化と社会実装に、大きな期待が寄せられる。


論文

参考文献

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