MITの研究チームが、仮想の島で13体のAI「Eko」をそれぞれ30時間活動させたところ、塔を建てたり、スポーツに似た遊びを始めたりする様子が観察された。さらに、活動中に得た経験を記憶として残したAIは、初期状態の記憶しか持たないAIと比べ、その後の複数の課題で優れた成績を収めたという。Nathan Cloos氏、Antonio Norelli氏ら6人による研究「Is this machine playing?」は、2026年10月5日にarXivで公開された査読前のプレプリントだ(arXiv:2610.07130v1)。遊びに似た行動が生まれたという観察結果と、蓄積された記憶が課題の成績に影響したという実験結果を分けて考えることで、この研究が明らかにした学習の仕組みと、その限界が見えてくる。
13体のAIが30時間過ごした、課題のない仮想島
実験に使われたEkoは、Claude Code 2.1.116とClaude Opus 4.7を基盤に、仮想空間で動くための身体と、経験を記録する仕組みを組み合わせたAIだ。研究チームは13体のEkoをそれぞれ別の島に1体ずつ配置し、同じ初期条件から実時間で30時間活動させた。島には高さの異なる足場のほか、12個の立方体と岩、輪が置かれている。最も高い足場は「Spire」と呼ばれ、通常の跳躍だけでは到達できない構造になっていた。
ただし、Ekoが人間のように画面上の風景を見ながら行動するわけではない。AIに与えられるのは、物体の座標や形状、大きさなどを記述したテキスト情報である。Ekoはその情報を基に、移動や跳躍、物体を拾う、置く、投げるといった操作をコマンドで実行する。また、岩を強くぶつけると立方体が増えるという特殊な仕組みも用意されており、これは研究者がEko自身に発見させようと意図的に組み込んだルールだった。
実験では1時間ごとに会話のコンテキストと島の状態が初期化される一方、Ekoがファイルに書き残した経験や知識、作成したプログラムは次の時間に引き継がれた。このため、ある時間帯に発見した操作や工夫を、次の時間帯でも利用できる。重要なのは、実験中に基盤となるAIモデルの重み、すなわち学習済みのパラメータは変更されていないことだ。Ekoが新たに得た知識は、モデル自体に書き込まれるのではなく、外部の記憶ファイルに蓄積されていた。
研究チームはEkoに具体的な課題や得点目標を与えていないが、行動を促すための設定は設けている。性格を定義する「SOUL.md」には、好奇心が強く飽きやすいという特徴が記され、活動が止まると自動的に続きを促す仕組みも組み込まれていた。さらに、使用したのは事前学習済みの高度な言語モデルである。したがって、何の知識も指示も与えられていないAIが、自力で好奇心を獲得した実験と解釈することはできない。
AIは何をしていたのか。それを「遊び」と呼べるのか
30時間の活動中、Ekoは立方体を並べて自分の名前を描いたり、輪を標的に物を投げたりするようになった。岩と立方体を使ったボウリングに似た活動も見られたほか、立方体を積み上げて塔を作る個体も現れた。興味深いのは、すべてのEkoが同じ初期条件から出発したにもかかわらず、活動の内容には個体差があったことだ。塔づくりや高い場所への登攀に熱中する個体がいる一方で、地面に図形を描くことに多くの時間を費やす個体もいた。
研究チームは、こうした行動を古典的な遊びの研究で論じられてきた特徴と照らし合わせた。例えば、自分でルールや挑戦を考え、試行錯誤しながら同じ活動を繰り返すことや、物体を本来とは別のものに見立てて使うことなどだ。また、外部から与えられた報酬を得るためではなく、自ら選んだ活動を続けることも判断材料となった。Ekoの行動記録にはこれらの特徴が見られたため、著者らは「遊び」という概念を用いて説明している。
ただし、この研究でAIが楽しさを感じていたことや、意識を持っていたことが確かめられたわけではない。論文でも「この行動の内部機構を特定したり、それがどのように生じたかを説明したりはしていない」と明記している(日本語訳)。また、行動の分類や遊びの程度を評価する際には大規模言語モデル(LLM)が使われ、遊びの採点にはClaude Opus 5が使用された。評価対象のモデル名を隠すなどの工夫は施されているものの、AIによる行動評価は、人間の主観的な楽しさや心理状態を測定する検査とは異なる。今回観察されたのは、あくまで遊びの特徴に当てはまる行動である。
課題の成績を変えたのは、AIが書き残した記憶だった
研究チームは30時間の活動を終えた後、経験を記録した記憶を持つ13体と、初期状態の記憶しか持たない13体を比較した。どちらも同じAIモデルとシステム構成を使用し、新しい島で指定された課題に取り組ませた。各課題の実行時間は1時間で、事前に蓄積した記憶がその後の問題解決にどの程度役立つかを調べるのが目的だ。
評価課題は4種類あり、5個の立方体を積み上げた塔をできるだけ多く作ることと、Spireへできるだけ多くの物体を運ぶことが含まれる。残る2つは、1列に積み上げた塔の高さを最大化することと、足場に登らずにSpireへできるだけ早く物体を投げ入れることだ。5段の塔を3基以上作れた個体は、経験記憶を持つ群では13体中8体だったのに対し、初期記憶のみの群では13体中2体にとどまった。Spireへ配置できた物体の数も、経験記憶を持つ群が平均10.3個、初期記憶のみの群が平均3.5個と大きな差があった。一方、最も高い塔を作る課題では両群の成績はほぼ同じであり、記憶があればすべての課題で有利になるわけではなかった。
ただし、この比較だけでは「AIは遊ぶことで賢くなる」という一般的な因果関係までは証明できない。そこで研究チームは、一部のEkoが残した記憶から特定の知識だけを削除し、削除前後で課題の成績がどう変わるかを調べた。例えば、岩を使って立方体を増やす方法を記した部分をある個体の記憶から削除すると、5段の塔を作る課題の平均成績は6基から2基に低下した一方、ほかの3課題では変化が見られなかった。この実験は、特定の記憶がその後の課題遂行に実際に役立っていたことを裏付けている。ただし、因果的に確認されたのは、記憶の特定の記述が同じ仮想世界での課題成績に与える影響であり、遊びそのものの効果ではない。
論文本文と付録の第3節から第5節、および評価の詳細を記した付録C.8を基に、各実験の条件と、そこから導ける結論を整理すると次のようになる。
| 検証の段階 | 対象と比較条件 | 結果から分かることと限界 |
|---|---|---|
| 行動の観察 | 13体のEkoをそれぞれ30時間観察 | 遊びの特徴に当てはまる行動が現れた。ただし、主観的な楽しさは測定していない |
| 経験記憶の比較 | 経験記憶を持つ13体と初期記憶のみの13体を比較。各課題の実行時間は1時間 | 経験を記録した記憶を持つ群は複数の課題で好成績を収めたが、すべての課題で優れていたわけではない |
| 特定の記憶への介入 | 選択した3つの記憶履歴について、削除前後の各条件で各課題を5回ずつ、1回1時間評価 | 特定の記述が課題成績に影響することを確認。ただし、同じ記憶履歴を繰り返し評価したもので、独立した5件の経験履歴ではない |
この研究では、遊びに似た行動が生じたという観察、経験記憶の有無による成績比較、特定の記憶を削除する介入実験という、異なる方法でAIの行動と学習を調べている。特に記憶を削除する実験は、単に経験豊富な個体の成績が良かったという相関関係から一歩進み、特定の知識が課題の遂行に役立っていたことを示す点で重要だ。一方、直接操作したのは記憶ファイルの記述であり、遊びへの参加や楽しさそのものではない。この違いを踏まえる必要があり、今回の結果をそのまま別のAIシステムや現実の業務に当てはめることはできない。
誤った記憶が成績を下げることも。次は別の環境での検証へ
今回の実験では、蓄積した記憶が常に有益とは限らないことも明らかになった。あるEkoは、塔を作る際には立方体を「置くより投げるべきだ」という誤った知識を記録していたが、この記述を削除すると成績が改善した。別の個体は、仮想世界で空気力学的な計算が行われていないにもかかわらず、輪の飛び方を空気抵抗によって説明していたという。AIが試行錯誤を通じて経験を積み、その結果を自分なりに説明して記録できたとしても、その説明が正しいとは限らない。外部記憶を使った学習では、知識を蓄積するだけでなく、誤った内容を見つけて修正する仕組みも重要になる。
一方、研究者が予想していなかった有効な操作を発見した例もある。13体のうち6体は、跳躍中に物体を投げると、Eko自身の移動速度が物体の速度に加わることに気付いた。研究者も、この操作がシミュレータ上で可能だとは認識していなかったという。ある個体の記憶からこの技術に関する記述を削除したところ、Spireへ物体を投げ入れる課題の所要時間は60秒から19分へと大幅に増加した。ただし、同じ記憶削除によってSpireへ物体を配置する別の課題では成績が改善しており、獲得した技術が有益かどうかは課題によって異なることも分かった。
研究チームは、Ekoに与えた性格設定が行動に及ぼす影響も調べている。追加実験では「SOUL.md」を取り除き、指示を簡略化した5体をそれぞれ30時間活動させた。その結果、著者らは活動範囲に明確な差は見られなかったと報告している。ただし、比較対象は5体と少なく、この結果だけで性格設定や初期指示、モデルの事前学習による影響がなかったと結論づけることはできない。
今回の研究は、あくまで人工的に設計された仮想環境でAIがどのように行動し、記憶を利用するかを調べたものだ。自然界の新たな法則を発見したわけでも、実際のロボットが同様の技能を獲得できることを確かめたわけでもない。研究チームは公式サイト「Is this machine playing?」で13体の活動記録をリプレーとして公開し、使用したシミュレータ「Clawblox」のコードやデータにもアクセスできるようにしている。ただし、同じ研究の中で実験を繰り返すことと、独立した研究チームが結果を再現することは異なる。今回の調査では独立した追試は確認できておらず、論文も査読前の段階にある。
この研究がAI開発に示唆するのは、あらかじめ正解や作業手順を与えるだけでなく、AIに環境を探索させ、その経験を記録・再利用することにも可能性があるという点だ。モデルの重みを更新しなくても、外部に蓄積した知識によって後の問題解決能力が変わり得ることは、記憶を持つAIエージェントの設計を考えるうえで興味深い。ただし、経験から得た知識には誤りも含まれるため、蓄積された記憶の正確性を検証し、必要に応じて修正する仕組みが欠かせない。今後、異なる仮想環境や現実の作業でも獲得した技能を応用できることが確認されれば、AIに一つひとつ作業手順を教える方法に加え、自らの経験を通じて利用可能な知識を増やしていく、新たな学習の可能性が広がるだろう。



