インターネットの根幹を支えるのは、衛星でも無線タワーでもなく、海の底を這う光ファイバーケーブルた。世界の大陸間トラフィックの99%超が海底ケーブルを経由しており、その細い管の中に現代のデジタル経済が流れている。NTTが2026年3月13日に発表した技術は、その管の外径を一切変えることなく、中を流れる情報量を4倍にするというものだ。
NTTは、1本の光ファイバー内に4つのコア(光の通り道)を多重配置した「4コアマルチコア光ファイバー(MCF:Multi-core fiber)」を海底ケーブルに実装し、世界最高容量となる192コアの海底ケーブルシステムとして完成させた。発表の内容は光通信技術の国際会議「OFC 2026」(2026年3月15〜19日、米国ロサンゼルス)でトップスコア論文として採択されており、技術的完成度は国際的にも認証済みだ。実用展開のターゲットは2029年頃とされている。
なぜ海底ケーブルを「太くする」ことができないのか
海底ケーブルに対する誤解のひとつは、陸上ケーブルと同じ発想で容量を拡張できるというものだ。陸上であれば、より太いケーブルに置き換えるか、並行して敷設を増やすことで対応できる。しかし海底という環境はその選択肢を大幅に制約する。
水深8,000mという超高圧下では、ケーブルは膨大な外圧に耐えなければならない。加えて、海底ケーブルは25年以上の長期連続運用を前提に設計されており、一度敷設したら容易に引き揚げられない。敷設には専用の海底ケーブル敷設船が必要で、海洋調査から設計、製造、敷設工事まで一連のプロセスに多大なコストと期間を要する。ケーブル径を太くすることは、これらすべての制約条件を見直すことを意味する——事実上の再設計に近い。
現在の海底ケーブルは、すでに48心(48本の光ファイバー)という物理的な上限に達している。収容スペースの制約上、これ以上の芯数を詰め込むにはケーブルを太くするしかなかったが、前述の理由からそれは現実的ではなかった。NTTが取った方向性は、ファイバーの「本数」ではなく、1本のファイバーの「中身」を変えることだった。
4コアMCFの設計思想:「径は同じ、中身は4倍」
NTTが開発した4コアMCFの核心は、光ファイバーのガラス径を既存の標準規格と同じ125μm(マイクロメートル)に維持したまま、その中に4つの独立した光路(コア)を配置したことだ。従来の単一コアファイバーでは1本=1コアだったところを、1本=4コアとして機能させる。

これを48心の海底ケーブルに実装すると、48心×4コア=192コアとなる。接続インターフェースや既存の光学システムとの互換性も維持されており、既存ケーブルとの接続箇所でも透過的に利用できる設計だ。NTTの発表によれば、この48心実装状態においても、低損失・低クロストークという優れた光学特性を達成している。

クロストークとは、隣接するコア同士の光信号が互いに干渉し合うことで起きる信号品質の劣化だ。複数のコアを1本のファイバーに詰め込む際の最大の技術的難点がこれで、コア間の間隔設計と屈折率分布のコントロールが精度を左右する。NTTは2017年の段階からMCFの研究開発を続けており、今回の発表はその9年間の蓄積が形になったものだ。
システム商用化を可能にする「4つの周辺物品」
光ファイバー自体の性能だけでは、海底ケーブルシステムとして機能しない。ケーブル本体と陸上設備、そして海底での中継接続を担う周辺機器のエコシステムが必要だ。NTTが今回発表した内容が単なるファイバー開発の発表ではなく、業界から「商用化ストーリー」として評価されているのはこの点にある。
NTTがラインナップ化したのは以下の4種の物品だ。
まず「海底4コアMCFケーブル」は、4コアMCFを直径約20mmの海底ケーブル本体に48心実装したものだ。外径は従来の海底ケーブルと同等に保たれている。
次に「海底ジョイントボックス(JB)」は、MCFを搭載した海底ケーブルと、陸上に引き込む従来型シングルコア光ファイバーとを接続するための機器だ。海底からケーブルが陸揚げされるランディングステーション(通信局)での変換をここで担う。
「工場付ジョイントボックス」は、海底においてMCFケーブル同士を接続するための機器で、MCF対応の「融着接続」技術——具体的には側面画像調心技術——を用いて高精度な接続を実現する。
そして「MCFケーブル成端架」は、通信局内でMCFケーブルを配線し、既設の伝送装置や従来型ファイバーと接続するためのラックだ。これが揃うことで、既存の通信設備インフラとの現実的な統合が実現する。

NTT代表取締役社長の島田明氏は、このシステムを「増大する伝送容量需要に対応する大容量海底ネットワークの経済的な整備に向けた技術」と位置づけている。
既存設備との互換性が意味する経済的インパクト
海底ケーブルプロジェクトの費用は、ルートや距離によって大きく異なるが、大西洋横断ルートであれば数億から数十億ドル規模に及ぶことがある。その費用の大部分を占めるのは、敷設プロセス自体のコストだ。ファイバーをより高性能なものに替えるだけで、ケーブル1本あたりの容量が4倍になれば、単純計算で同一の敷設コストで4倍のトラフィックを賄える。NTTの試算によれば、これは実質的な敷設コストを従来の4分の1に削減することと等価だ。
より重要なのは、既存のケーブル構造——直径約20mmのケーブル、専用の敷設船、陸揚げ設備——をそのまま流用できる点だ。これは新技術の普及速度に直結する。テレコム業界ではNECやSubCommとの連携なしには一企業の技術は導入されにくいが、互換性の維持によってそのハードルは大幅に下がる。NTTは自国の海底インフラ企業であるNTT DATAを通じて、日本・マレーシア・シンガポールを結ぶ「イントラ・アジア・マリン・ケーブル(IAMC)」の計画を持っており、このシステムが実際にどの段階でどの路線に使われるかは、今後の注目点だ。
グローバルな海底ケーブル競争とMCFのポジション
NTTの開発は、業界内で孤立した出来事ではない。TeleGeographyによれば、2025〜2027年に就役を予定している新規海底ケーブルの総投資額は130億ドル超に達している。Metaは地政学的リスクの高い北欧、中東、マラッカ海峡といった地域を迂回する新たなサブシーケーブルルートの建設計画を持つとされており、同社は既存ルートへの依存を分散させようとしている。Googleも独自の海底ケーブル投資を続けており、大手テクノロジー企業がケーブルオーナーシップに関心を持つ新しい構造が生まれている。
競合する技術開発としては、NECと複数のパートナーが2022年に4コアMCF設計の海底ケーブル適用に関する実現可能性を示した研究を発表しており、OFS(古河電工グループ傘下)が2023年に「SCUBA 4X」マルチコア海底ファイバーをポートフォリオ化している。MCFの標準化や増幅器との互換性、接続ツールのエコシステムが整うかどうかをOFC 2026の場で議論が行われていたのは、もはや個別の研究競争ではなく、産業全体としての商業展開の準備段階に差しかかっているからだ。
その文脈において、NTTが今回発表したのが「ファイバーだけ」ではなく、4種類の周辺物品を含む「システムとしての完成形」という点は戦略的に意味がある。ファイバー単体の性能ではNECやOFSとの差別化は容易ではないが、システム全体のコマーシャルラインナップという形で打ち出す手法は、調達側のテレコムオペレーターにとって評価しやすい。
空間分割多重(SDM)という技術的文脈
MCFが実現するのは、空間分割多重(SDM:Space Division Multiplexing)と呼ばれる伝送方式だ。現在の海底ケーブルが依存する波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)は、1本のファイバーに複数の異なる波長の光を同時に流すことで容量を増やす技術だが、この手法は既に物理的な限界に近づきつつある。
SDMは、光を伝える「空間」そのもの——コアの数——を増やすことで、WDMが突き当たった壁の外側に回り込む発想だ。MCFは単一のガラス径の中に複数のコアを内包する「コア多重」型のSDMであり、これとは別に、複数のファイバーを1本のケーブルに束ねる「マルチモード」型も研究されている。4コアMCFが今回の文脈で特に有効なのは、ガラス径を変えないことで既存の製造・接続インフラとの整合性が取れる点にある。
NTTは同日、3.2Tbps級の光通信を見据えた200GHz動作の受光素子の開発も発表しており、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の各技術ピースが揃いつつある。MCFによる海底の容量拡大と、超高速受光素子による伝送速度の向上という2方向の技術開発を同時に前進させることで、将来の6G通信インフラへの対応を見据えた基盤づくりが着実に進んでいる。
2029年に向けた実用化の意味
「2029年頃の実用展開」というNTTのロードマップは、業界のペースと照らし合わせると現実的な数字だ。海底ケーブルプロジェクトは計画から敷設まで通常4〜5年を要する。2025〜2027年の投資サイクルで計画されているケーブルに本技術が間に合わせるには、2026年の発表はほぼギリギリのタイミングだ。
2029年の実用展開が実現すれば、その後数年以内に新たに敷設されるケーブル容量は、今日の4倍規模での議論が標準となる。6G通信が2030年代に普及する見通しと重なることを考えると、2029年という年は通信インフラの構造的なシフトが始まる節目となる可能性がある。
生成AIの普及によってデータセンターへのトラフィックは爆発的な増大が続いており、その需要の相当部分は国際的なデータ転送を伴う。クラウドプロバイダーや動画配信サービスの膨大なトラフィックを支える物理レイヤーが、このような地道な工学の積み上げによって拡張されていく構造は、デジタル経済のインフラがいかに物理世界に依存しているかを改めて示している。
Sources