2020年10月、SK hynixIntelNANDフラッシュ事業を90億ドルで買い取る契約を結んだ。当時のSK hynixにとって過去最大のM&Aであり、DRAMに偏った事業ポートフォリオをNANDへ広げる戦略的一手だった。それから5年半。この買収から生まれた米子会社Solidigmが、50兆ウォン(約351億ドル)の企業価値を目指してpre-IPO資金調達に動き出した。

朝鮮日報系のChosun Bizが8月7日に報じたところによると、Solidigmはグローバルなオルタナティブ資産運用会社やソブリンウェルスファンドに対して投資関心を打診している。主幹事候補にはMorgan StanleyとGoldman Sachsの名が挙がり、SEC(米証券取引委員会)への提出書類や外部財務報告を統括する幹部の募集も始まったという。

SK hynix自身は7月10日にADR(米国預託証券)を通じてNasdaqに上場したばかりだ。1株149ドル1億7,790万ADSを発行し、約265億ドルを調達。外国企業による米国市場での株式公開としては史上最大規模となった。親会社がこれだけの資金調達力を示した直後に子会社の上場準備が進む構図は、SKグループが米国資本市場へのアクセスを段階的に深めていることを示す。

ただし、SK hynixは8月7日付の開示文書で「Solidigmは競争力強化のため様々な選択肢を検討しているが、具体的な計画は確定していない」と述べ、9月4日までに詳細を公表するとしている。

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AIがNAND市場を「構造的不足」に追い込んだ

Solidigmの上場議論が現実味を帯びる背景には、NANDフラッシュ市場の急変がある。TrendForceのデータによれば、2026年第1四半期のNANDフラッシュ上位5社の合計売上は389億ドルを超え、前四半期比83.7%増を記録した。AIサーバーの構築に必要な大容量ストレージ需要が供給を大幅に上回り、TrendForceは契約価格も急騰したと分析している。売上の83.7%増は、出荷数量の拡大と単価上昇の両方が寄与した結果だ。

指標 2025年第4四半期 2026年第1四半期 変化
NAND上位5社合計売上 212億ドル 389億ドル +83.7%
SK hynix Group NAND売上 52億ドル 75.3億ドル +44.6%
SK hynix Group市場シェア 22.1% 17.6% -4.5pt
Samsung NAND売上 66億ドル 135.1億ドル +104.7%
企業向けSSD市場全体 99億ドル 184.6億ドル +86.1%

SK hynix Group(SK hynixとSolidigmの合算)は売上75.3億ドルでSamsung(135.1億ドル、シェア31.6%)に次ぐ2位につける。シェア自体は22.1%から17.6%に低下したが、これはSamsungの成長率が104.7%と群を抜いていたためで、絶対額では大幅な増収だ。

特にSolidigmの存在感が大きいのは企業向けSSD分野である。SK hynix Groupの企業向けSSD売上は第1四半期に46.4億ドルに達した。Solidigmは2024年11月に世界初となる122TB QLC eSSD「D5-P5336」を発売し、AI推論ワークロード向けの大容量ストレージ需要を取り込んでいる。このドライブ1台で、1990年代に劇場公開されたすべての映画を4K画質で2.6回分収納できる。次世代製品として245TB級のeSSDを2026年内に出荷する計画も進んでおり、SolidigmのAvi Shetty副社長は「需要の上限は見えない。これはまだ始まりに過ぎない」と述べている。

8兆ウォンの累積赤字と負債比率4,484%という現実

製品戦略と市場環境だけを見れば、Solidigmの上場は自然な流れに映る。しかし財務諸表を開くと、別の風景が広がる。

Solidigmは2021年の設立から2023年にかけて、累計で約8兆ウォンの純損失を計上した。NAND市況の急落に加え、統合に伴う一時的費用が重なった結果だ。2024年上半期には総資本がマイナス9,060億ウォンに落ち込み、完全資本欠損状態に陥った。

転換点は2024年だった。AI需要の回復とともに黒字化を達成し、通年で8,307億ウォンの純利益を計上。総資本もプラス3,079億ウォンに回復し、資本欠損からは脱出した。

問題は、黒字化しても負債構造が解消していない点にある。2025年の負債比率は4,484.6%。一般的に健全とされる200%以下と比較すると、約22倍の水準だ。この数字は、SK hynixが買収後にSolidigmへ注ぎ込んだ運営資金(2024年上半期時点で約26億ドル)や、Intelへの最終支払残(2025年3月に約22.4億ドルを支払って完了)が、子会社のバランスシートに重くのしかかっていることを反映する。

財務指標 2021〜2023年累計 2024年 2025年
純損益 約-8兆ウォン +8,307億ウォン 非公開
総資本 マイナス圏 +3,079億ウォン 非公開
負債比率 - - 4,484.6%
健全水準との比較 - - 約22倍

pre-IPOで5兆10兆ウォンを調達できれば、この負債構造の改善に充てられる可能性がある。ただし、50兆ウォンの目標評価額が市場に受け入れられるかどうかは、投資家がNAND市場の成長持続性とSolidigmの財務体質改善の両方をどう評価するかにかかっている。

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大連工場という「地政学的ボトルネック」

Solidigmの製造基盤は、中国・大連にある工場に集中している。この立地が、米中技術競争の中で構造的な制約を生んでいる。

2022年5月に大連Plant 2の起工式が行われたが、米国商務省産業安全保障局(BIS)の輸出規制により、EUV露光装置などの先進設備を搬入できない状態が続いた。2025年8月には、Intel大連工場やSamsung中国工場とともにVEU(検証済み最終使用者)指定から外され、設備輸入には個別の輸出許可が必要になった。

状況が動き始めたのは2026年に入ってからだ。BISはVEUに代わる年間ライセンス制度を導入し、SK hynixに対して2026年中の事前承認済み設備出荷を許可した。これを受けて、大連Plant 2の拡張が2026年後半に再開される見通しが浮上した。韓国のNews Tomatoが7月に報じた内容によれば、国内パートナー企業が遊休NAND設備の大連への移送を開始し、海外サプライヤーにも予備的な購買発注(PO)が出ているという。

計画では、Plant 2に238層NAND(V8世代)の新ラインを設け、月産3万5万枚のウェハ処理能力を追加する。設備搬入は2026年後半に開始し、2027年前半にかけて段階的に立ち上げる。既存のPlant 1では192層NANDへのライン転換と老朽設備の更新がすでに進んでいる。

ただし、この計画には明確な不確実性が残る。年間ライセンスは2026年の設備搬入をカバーするが、2027年の更新が承認される保証はない。BISは既存工場の運営維持は認める方針を示しつつ、中国拠点での生産能力拡大や技術アップグレードを目的とした申請には承認を与えないという政策も明示している。Plant 2の新ライン建設が「既存運営」に該当するのか「能力拡大」に該当するのか、その線引きは依然として不透明だ。

192層にとどまる大連と、321層を進む韓国本社との技術格差

大連工場の技術世代が遅れている点も、中長期的な競争力に関わる。現在、大連Plant 1が稼働するのは192層NANDであり、SK hynix本体が韓国で量産を進める321層NANDとは2世代以上の開きがある。Plant 2に導入予定の238層(V8)でも、本社最先端からは1世代遅れる。

この格差は偶然ではない。輸出規制によって最先端設備を搬入できない大連では、技術ノードの更新が物理的に制約される。Solidigmが122TB QLC eSSDに採用しているのも192層フローティングゲートNANDであり、競合がチャージトラップ型で270層超を実現しているのと比べると、層数では見劣りする。

ただし、層数だけが競争力を決めるわけではない。SolidigmのQLC eSSDは、読み取り集約型のAI推論ワークロードにおいて、大容量と低消費電力を両立する製品として独自のポジションを築いている。122TB D5-P5336は、従来のHDD+TLCハイブリッド構成と比べてストレージ消費電力を最大84%削減し、ラックスペースを4分の1に圧縮できる。AIデータセンターの電力とスペースがボトルネックになる中、この効率性は層数の差を補う価値を持つ。

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上場への道に残る3つの検証ポイント

Solidigmのpre-IPOとNasdaq上場の行方を左右するのは、次の3点に集約される。

第一に、財務構造の改善速度。負債比率4,484.6%という数字は、pre-IPO調達で資本を増強しても一朝一夕には解消しない。投資家は、黒字化が持続するのか、それともNAND市況の循環的反発に過ぎないのかを見極めようとするだろう。

第二に、大連Plant 2の設備搬入が2026年後半に実際に始まるか。年間ライセンスの範囲内で搬入が実行され、2027年のライセンス更新も承認されれば、生産能力の制約は緩和される。逆に、許可が下りなければ、Solidigmは製造基盤の拡大手段を失ったまま上場を迎えることになる。

第三に、製造と販売の分離構造。報道によれば、大連工場の製造機能はSK hynixの中国子会社(SK hynix Semiconductor Dalian)が保持し、Solidigm自体は販売中心の会社として運営されている。製造資産を持たない販売会社の上場は、投資家にとってバリュエーションの根拠を構築しにくい。この構造がpre-IPOの評価額交渉でどのように扱われるかは、まだ見えていない。

SK hynixがIntelのNAND事業を90億ドルで取得したとき、業界の一部では「DRAMと違いNANDは技術差別化が難しく、競争が激しいため、ダウンサイクルの打撃が最も大きい」という懐疑論があった。2023年上半期には、SK hynixの連結営業赤字約44.9億ドルのうち約8割がNAND部門由来だった。あの時点から3年。AIストレージ需要がNAND市場の構造を変え、Solidigmは「不運な買収」から「50兆ウォンのIPO候補」へと姿を変えつつある。ただし、その足元には4,484.6%の負債と、地政学に制約された中国工場がある。上場の成否は、市場がその両方をどこまで織り込むかで決まる。