2026年2月27日金曜日の夜、OpenAI CEOのSam Altmanは自身のXアカウントで、米国防総省(Trump政権の呼称では「Department of War」)との新たな契約締結を発表した。その数時間前、Anthropicが国防総省との交渉を決裂させ、Pete Hegseth国防長官から「サプライチェーンリスク」という異例の指定を受けたばかりだった。Altmanは、OpenAIの契約にも国内大規模監視の禁止と自律型兵器への人間の責任という「レッドライン」が含まれていると主張した。しかし、この声明は即座に業界関係者や元従業員から疑義を突きつけられ、週末を挟んで事態はOpenAIにとって想定外の方向へ急転する。ChatGPTのアンインストール率は前日比295%に急騰し、AnthropicのClaudeは米国App Storeの無料アプリランキングで首位を奪取した。

本稿では、この一連の騒動を追ってみたい。OpenAIの契約が実質的に何を許容するのか、Anthropicが守ろうとした一線とは何だったのか、そしてAltmanの「謝罪ツアー」がなぜ火消しに失敗しているのかを、契約文言の分析と業界内部の証言から明らかにする。

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「all lawful use」——Anthropicが拒絶した3語の意味

OpenAIとAnthropicの契約交渉の分岐点は、たった3語に凝縮される。「all lawful use(すべての合法的使用)」である。

ペンタゴン側の交渉に詳しい情報筋がThe Vergeに語ったところによれば、国防総省は米国市民に関するバルクデータの収集・分析を放棄する意思を一切示さなかった。OpenAIの契約を一行ずつ読み解けば、あらゆる条項は「技術的に合法であれば、米軍はOpenAIの技術を使ってそれを実行できる」という構造に帰着する。Anthropicはこの枠組みを明確に拒否し、国内大規模監視と人間の監督なき致死的自律兵器(LAWs)の2点について、法律の文言に依存しない独立した契約条項での禁止を要求していた。

AnthropicCEOのDario Amodei氏は公開声明の中で、AIの能力が既存の法体系を超越しつつある現実を指摘している。位置情報データ、Web閲覧履歴、金融データ、監視カメラ映像、有権者登録記録など、個別には無害に見える散在データを、AIは自動的かつ大規模に統合し、あらゆる個人の生活を包括的に可視化できる。「この能力を国内大規模監視に使用することは、民主主義の価値観と相容れない」とAmodei氏は記した。

対照的に、OpenAIの契約は合衆国憲法修正第4条、1947年国家安全保障法、1978年外国情報監視法(FISA)、大統領令12333号といった既存の法的枠組みへの準拠を謳っている。OpenAI広報のKate Waters氏は「このシステムは、米国人のデータをバルク、無制限、または一般化された方法で収集・分析するために使用することはできない」と述べている。

「合法」の歴史的柔軟性:既存法への依拠がなぜ問題なのか

OpenAIが依拠する法的枠組みの脆弱性は、歴史が証明している。

2001年の同時多発テロ以降、米国の情報機関はOpenAIが引用するまさにこれらの法律の範囲内で合法と判断した大規模監視プログラムを構築した。2013年、Edward Snowdenが暴露した一連のプログラムには、Verizon顧客の通話記録の日常的・包括的な収集や、Microsoft、Google、Appleなどのテック企業からPRISMと呼ばれる秘密プログラムを通じてバルクデータを収集する活動が含まれていた。情報機関による改革の約束や法改正の試みにもかかわらず、これらの権限に対する実効的な制限はほとんど実現しなかった。

Techdirt創設者のMike Masnick氏は、OpenAIの契約について「大統領令12333号は、NSAが米国外の通信回線に接触することで国内監視を隠蔽する手段だ。たとえそこに米国人の情報が含まれていても」と指摘した。Palisade ResearchのDave Kasten氏も「このインテリジェンス法セクションは、過去30年間のすべての悪質なインテリジェンス・スキャンダルが、これらの権限に準拠しているという法的メモを持っていたことを知らなければ、非常に説得力があるように見える」と評した。

Trump政権はすでに、国際緊急経済権限法(IEEPA)のような既存法を前例のない大統領権限の根拠として援用している。これらの権限は事後的に違法と判断されることもあるが、その法廷闘争には数ヶ月を要する。その間、OpenAIは政権の命令に従うか、法律について独自の判断を下すかの選択を迫られる。Altman氏自身は「Anthropicとは異なり、OpenAIは一般的に米国の法律にかなり安心している」と公言している。

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自律型兵器の「レッドライン」:クラウド限定配信の欺瞞

致死的自律兵器に関するOpenAIの「レッドライン」も、精査すれば実体が希薄である。

OpenAIが公開した契約の抜粋によれば、同社の技術は「法律、規則、または省の方針が人間の管理を要求するいかなる場合においても、自律型兵器を独立して指揮するために使用されない」とされている。これは2023年の国防総省指令への準拠に過ぎず、追加的な契約上の禁止や制限は存在しない。Anthropicが求めていたのは、技術の信頼性が十分に実証されるまでの間、人間の監督なき致死的自律兵器そのものを禁止する条項だった。

Altmanは技術的セーフガードとして、OpenAIの技術がクラウドのみで展開され、エッジデバイス(軍事ドローンなど)には搭載されない点を強調した。しかし、ペンタゴンの交渉に詳しい情報筋はこの主張を一蹴する。大規模国内監視は膨大なデータ量を扱う性質上、クラウドを使わずに実行することがほぼ不可能だ。殺傷の最終判断は現場のデバイスで行われるとしても、そこに至る意思決定チェーンの大部分——いわゆる「自律的キルチェーン」——は、クラウド上で実行される高度なアルゴリズムによって構成される。OpenAIの技術が引き金を直接引かなくとも、その直前までのすべてのプロセスを駆動している可能性があり、最後のステップに人間が介在する保証はどこにもない。

Altman氏が言う「武力行使に対する人間の責任」と、Anthropicが要求した「適切な人間の監督」には、決定的な差異がある。「責任」は事後的な責任追及を意味しうるが、「監督」はAIシステムが殺傷対象を選定する前および最中に人間が介在することを要求する。この言葉の使い分けは、意図的な設計と見るべきだろう。

分類器という幻想:技術的セーフガードの限界

Altman氏は契約の正当性を補強するため、分類器(classifier)と呼ばれるモニタリング用小規模モデルの導入や、一部OpenAI従業員へのセキュリティクリアランス付与を挙げた。OpenAIのブログ投稿では「独自にレッドラインが守られていることを検証できる」と主張されている。

しかし、ペンタゴンとの交渉に精通した情報筋はこれらのセーフガードの有効性を否定した。分類器は、AIシステムが攻撃目標を決定した後に人間がその判断を確認したかどうかを検知できない。米国市民のSNS投稿を要約するクエリが、単発のリクエストなのか大規模監視プログラムの一部なのかも判別できない。そして、政府がある行為を合法と判断した場合、OpenAIの分類器がその実行を阻止する権限は与えられない。

カリフォルニア大学バークレー校の上級研究員で元OpenAI地政学チームリーダーのSarah Shoker氏は、OpenAI広報の声明に含まれる修飾語の多さに注目した。「’unconstrained’、’generalized’、’open-ended’といった語の使用は、完全な禁止ではない。これは指導層にオプショナリティを残すために設計された言語であり、Pentagonが法的に許容される形でLLMを使用した場合に、指導層が従業員に嘘をつかずに済む余地を作るものだ」とShoker氏は分析している。

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295%のアンインストール率:市場が下した即座の評決

契約締結から48時間以内に、ユーザーの離反は数字として可視化された。ChatGPTのアンインストール率は前日比295%に急騰し、AnthropicのClaudeは米国App Storeの無料アプリランキングで首位に立った。Redditのr/ChatGPTサブレディットでは「You’re now training a war machine(あなたは今、戦争マシンを訓練している)」と題した投稿がフォーラム史上最多のupvoteを記録し、「Cancel ChatGPT」「QuitGPT」といったハッシュタグがSNS上で急速に拡散した。ポップスターのKaty PerryがClaude Proのサブスクリプションに加入したことを公表するに至り、この動きはテクノロジーコミュニティの枠を超えて大衆的な広がりを見せた。

Altman氏は週末にXで異例のAMAセッションを開催したが、火消しには程遠い結果となった。「『人類のためのツール』から、どうやって『戦争省との協業』にたどり着いたのか」という質問に対し、明確な回答は提示されなかった。ClaudeがApp StoreでChatGPTを抜いたことへの感想を問われた際のAltman氏の回答は「No」の一言だった。

事後的な契約変更の異例さ

週末の大規模な批判を受け、Altman氏は3月3日月曜日に内部向けメモをXで公開し、契約の修正を発表した。追加された文言には「合衆国憲法修正第4条、1947年国家安全保障法、1978年FISA法を含む適用法に準拠し、AIシステムは米国人および米国籍者の国内監視に意図的に使用されないものとする」と記された。さらに「疑義を避けるため、国防総省はこの制限が、商業的に取得された個人情報または識別可能な情報の調達または使用を含め、米国人または米国籍者の意図的な追跡、監視、またはモニタリングを禁止するものであると理解する」という補足が加わった。

国防総省はまた、NSAがOpenAIのサービスを使用しないことを確認した。それには別途契約が必要となるが、Altman氏はその可能性を排除しなかった。

批判者たちは「intentionally(意図的に)」と「deliberate(故意に)」という修飾語に即座に反応した。政治研究者のTyson Brody氏は、この文言が「incidental collection(付随的収集)」という名目で私的データの収集を許容する抜け穴を作る可能性を指摘した。活動家たちは、改訂された文言が依然として「非意図的な」大規模監視と大規模データ収集を許容し、AI搭載自律兵器に関連するリスクには適切に対処していないと論じた。

注目すべきは、Altman氏の修正表明が自律型致死兵器について一切言及していない点である。監視に関する文言は追加されたが、Anthropicが守ろうとしたもう一つの柱——人間の監督なき自律的殺傷の禁止——は修正の対象外に置かれたままだ。

OpenAI内部からの離反と研究者の警告

外部からの批判に加え、OpenAI社内からも公然と疑義の声が上がった。OpenAIの元政策研究責任者Miles Brundage氏は「外部の弁護士やペンタゴンの発言を踏まえると、OpenAIの従業員のデフォルトの前提は、残念ながらOpenAIが屈服した上でそれを屈服していないと装い、Anthropicに打撃を与えながらそれを助けていると装った、というものであるべきだ」とXに投稿した。

一方、昨年の推論モデルのブレークスルーの立役者であるOpenAI研究者のNoam Brown氏は、修正後の条件を公に支持しつつも、原契約の言語が監視技術に関する多くの未解決問題を残していたことを認めた。「言語は更新されたが、世界がAI研究所や情報機関への信頼に安全とセキュリティを依存すべきでないと強く信じている」とBrownは記し、情報機関がAIにアクセスする前に民主的プロセスを通じてこれらのギャップを埋める必要があると主張した。Brown氏は、主要な政策決定において民主的監督が段階的に脇に追いやられる「緩やかな正常化」効果への警告も発している。

Anthropicの「英雄譚」に隠された複雑な現実

この騒動においてAmodei氏は広く英雄視されているが、その構図は単純ではない。Amodei氏自身は将来的な致死的自律兵器の使用を否定していない。Anthropicは国防総省に対し「これらのシステムの信頼性を向上させるためのR&D」への協力を申し出ており、同社の条件下での致死的自律兵器の軍事利用を加速させる用意があることを明確にしている。Amodei氏が一貫して述べているのは、「今日の」フロンティアAIシステムは人間の標的を監督なしに殺傷するほど信頼性が高くない、という時間的条件付きの主張に過ぎない。

2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃では、Wall Street Journalの報道によれば、国防総省がAnthropicのClaudeを標的選定に使用していた。「安全第一」を標榜し、大規模監視と自律兵器に「レッドライン」を設定した企業の技術が、致死的軍事作戦で使用されていたという事実は、AI企業の倫理的主張全体に対する根本的な疑問を投げかけている。

構造的問いとしての「all lawful use」

OpenAIとAnthropicの対照的な対応は、AI産業全体が直面する構造的な問いを浮き彫りにしている。AIの能力が既存の法体系の想定を超えて進化する中で、「合法であれば許容する」というアプローチで民主主義的価値観を守ることは可能なのか、という問いである。

Noam Brown氏が指摘する「緩やかな正常化」は、技術の進歩が法的枠組みの更新速度を常に上回るという構造的な非対称性に起因する。情報機関が新たな監視能力を獲得し、その法的根拠を事後的に構成するパターンは、Snowden以降も繰り返されてきた。OpenAIの契約が「現在の法律と政策」に基づくと明記した点は、将来の政策変更への歯止めとして提示されているが、過去には情報機関が既存法を独自に再解釈することで実質的に新たな権限を獲得した事例がある。

ChatGPTの295%のアンインストール率とClaudeのApp Store首位は、AI企業に対する消費者の信頼がいかに脆いかを示すと同時に、消費者がAI技術の軍事利用に対して明確な意思表示を行い得ることを証明した。OpenAIの「good learning experience(良い学習体験)」という総括は、数十億ドル規模の政府契約をめぐる生と死に関わる判断に対して、驚くほど軽量な反省の言葉である。ペンタゴンとの契約は「ずさんに扱ってよいものの中で最もずさんに扱うべきでないもの」だったのだ。


Sources