OpenAIとSynopsysは9月30日、半導体設計に特化したAIモデル「GPT-Synopsys」を共同開発する複数年の戦略提携を発表した。狙いは、AIが設計ソフトを操作し、その解析結果を読み取って、設計の修正と検証を繰り返せるようにすることだ。

Synopsysはその2日前、設計作業を支援するAI基盤「Autopilot」を発表し、9月30日にはAmazonとの10億ドル超のIP契約も公表した。専用AI、設計を自動化する基盤、再利用可能な回路IPを既存のEDAツールと組み合わせ、半導体設計の進め方だけでなく、課金の仕組みまで変えようとしている。

AD

設計ツールの操作と修正をAIに任せる

GPT-Synopsysは、SynopsysのEDA(電子設計自動化)ツールを扱うことに特化したAIモデルである。EDAは、回路の設計から動作検証、製造前の最終確認までを支えるソフトウェアだ。

両社の発表によると、OpenAIはモデル開発に必要なEDAツールのライセンスを受け、両社は研究開発と販売の両面で協力する。共同サービスから得られる収益を分配する仕組みも契約に含まれている。

現在でも、汎用AIモデルとEDAツールを接続し、設計作業を進めさせることは可能だ。今回の提携ではさらに踏み込み、EDAツールの使い方そのものに適応した専用モデルを開発する。

構想では、AIが解析結果を読み取り、次にどこを修正すべきかを判断し、設計を改善していく。基盤にどのモデルを使うのか、どのような方法で学習・最適化するのかといった詳細は明らかにされていない。

技術者がAIに与える目標としては、PPAの最適化やタイミング収束、検証作業の収束などが挙げられている。

PPAは、消費電力(Power)、性能(Performance)、面積(Area)の3つの指標を指す。設計では、用途や要求仕様に応じてこれらのバランスを取る必要がある。

タイミング収束とは、回路内の信号が定められた時間内に届くよう、問題箇所を修正していく作業だ。検証でも、設計が要求された条件を満たすまで、不具合や検証漏れを減らしていく必要がある。

GPT-Synopsysでは、AIエージェントがEDAツールを実行し、その結果を解析して設計を修正し、再び検証する。こうした作業を繰り返し、最終的な結果を技術者が確認する。

今回両社が発表したのは、この一連の設計作業を支援するAIモデルの共同開発である。AIだけで完成したチップを無人で設計し、そのまま製造できるようになったという発表ではない。

製造へ進めるには、設計が要求仕様を満たしているかを最終確認する「サインオフ」が必要になる。Synopsysの既存のサインオフ製品群は、信号のタイミングや電力などを解析し、設計が製造可能な条件を満たしているかを確認する役割を担う。

AIモデルがもっともらしい修正案や説明を生成できても、それだけで回路が物理的・電気的な条件を満たしていることの証明にはならない。

この役割分担について、Reutersの独自取材でSynopsysのSassine Ghazi CEOは、GPT-Synopsysが生み出した設計結果を、従来の計算手法を用いるSynopsysのツールで改めて確認すると説明している。

AIが修正案を考え、EDAツールが結果を検証し、最終的に技術者が確認する。AIによって試せる設計案の数を増やしても、その正しさを確認する工程そのものがなくなるわけではない。

AutopilotとGPT-Synopsysは何が違うのか

Synopsysはすでに複数のAI技術を半導体設計に導入している。

DSO.aiは2020年初頭に提供が始まり、強化学習を使って多数の設計候補を探索し、PPAを最適化する。

これに対してGPT-Synopsysは、設計や検証の目標を理解し、EDAツールを使いながら作業を繰り返すことに特化したモデルとして位置づけられている。両者を同じ条件で比較した性能試験は公表されていない。

さらに、9月28日に発表したAutopilotは、AIエージェントによる作業を管理するための基盤だ。

複数の処理を調整し、スキルや記憶を利用しながら、実行履歴や権限を管理する。その上で、検証や実装といった個別の作業を担当する分野別エージェント群が「AgentEngineer」である。

顧客はSynopsys製だけでなく、パートナーや第三者が提供するモデルやインフラも選べる構成となっている。

両社はGPT-SynopsysをSynopsys.aiやAutopilotへ深く統合し、顧客がすでに利用しているエージェント実行基盤とも連携できるよう設計する計画だ。

9月28日のAutopilot発表から2日後となる9月30日、SynopsysはOpenAIとの専用モデル開発と、Amazonとの用途別IP契約を発表した。2026年に発表された3つの取り組みを、役割ごとに整理すると次のようになる。

発表日 発表内容 担う役割 公表された状態・条件
9月28日 Autopilot/AgentEngineer エージェントの実行基盤と分野別の設計支援 50件超の技術協力が進行し、2026年末の提供を予定
9月30日 GPT-Synopsys EDAツールの利用に特化したAIモデル 複数年の共同開発契約。顧客との初期技術協力が始まっているが、一般提供日は未公表
9月30日 AmazonとのIP契約 特定用途に最適化した回路設計資産の供給 10億ドル超の複数年契約。ライセンスとロイヤルティを組み合わせる事業モデル

Autopilotという基盤、GPT-Synopsysという専用モデル、Amazonに提供する回路IPは、それぞれ役割が異なる。

この表は各発表の位置づけを整理したものであり、性能を同じ条件で比較したものではない。Autopilotについて示された「2026年末」という提供予定をGPT-Synopsysの発売時期と解釈することも、AmazonがGPT-Synopsysを採用すると結び付けることもできない。

一方、既存のAgentEngineerについては顧客事例が公表されている。

9月28日の発表で富士通は、Verification AgentEngineerを使ったRTLコード生成で10〜30%の生産性向上が得られたと説明した。対象として挙げられているのは、SystemVerilogによる検証条件の記述やモジュール生成、コードの整理などだ。

これは回路の動作を記述するRTLを扱う特定工程での成果であり、チップ開発全体の期間が10〜30%短縮されたという意味ではない。また、この数字をGPT-Synopsysの性能として扱うこともできない。

AD

Amazonとの10億ドル超契約で広がる収益源

Amazonとの契約では、Synopsysが提供するIPの用途をさらに広げる。

ここでいうIPとは、チップ設計に組み込んで再利用できる回路設計資産を指す。Amazonは、クラウドのセキュリティや通信、ストレージ処理を担うNitro、汎用計算向けのGraviton、AIの学習・推論向けのTrainiumなど、独自チップの開発を進めている。

SynopsysはAmazonを主要顧客として、こうした特定用途やシステム構成に最適化したIP事業を拡大する。

契約規模は10億ドルを超え、複数年にわたる。これはAmazonとのIP契約の規模であり、OpenAIとの契約額でも、Synopsysの単年度売上高でもない。

Synopsysは、IPのライセンス料にロイヤルティを組み合わせ、生産量が増えるほど両社が利益を得られる事業モデルを採用する方針を示している。前払い額やロイヤルティ率など、契約の詳しい内訳は公表されていない。

両社の協力はIPの供給だけでなく、設計や解析にも及ぶ。

AmazonはEDA、シミュレーション、AIエージェントの利用を拡大する。両社は、Synopsysの複数の物理現象を扱う解析ソフトをTrainiumやGraviton上で高速化するために協力するほか、Synopsys自身も製品開発でAmazon EC2やBedrockを採用する。

ただし、GPT-Synopsysについて発表されている実行基盤はOpenAIがホストする環境である。Amazonとの提携を根拠に、GPT-SynopsysがAWS上で提供されると判断することはできない。

OpenAIとの提携にも、SynopsysがEDAツールの利用から収益を得る仕組みが含まれている。

Reutersによると、Ghazi CEOは、OpenAIがSynopsysのツール利用についてサブスクリプション料を支払うと説明した。また、顧客が共同サービスを利用する場合には、モデルによる設計改善に応じて両社が収益を分配するという。

料金の算定方法や、設計改善をどの指標で評価するのかといった具体的な条件は報じられていない。

同日のInvestor Day発表でSynopsysは、EDAツール、AIエージェント、実行基盤を通じて、サブスクリプションと従量課金を組み合わせる方針を示した。

Autopilotをまとめて導入する顧客、自社のAI基盤にSynopsysのエージェントだけを組み込む顧客、GPT-Synopsysのような専用モデルを利用する顧客など、複数の利用形態を想定している。

AIに反復作業を任せるようになると、技術者が作業する時間と、EDAツールが実行される回数は必ずしも比例しなくなる。

一連の発表からは、Synopsysが従来の設計ソフトのライセンス料だけでなく、AIによる設計作業や、用途別IPの利用拡大からも収益を得ようとしていることが分かる。実際にどれほど利益へ貢献するかは、サービスの普及状況や契約条件が明らかになるのを待つ必要がある。

実用性を測るなら、検証まで含めた設計時間を見る必要がある

GPT-Synopsysの共同サービスでは、計算資源、AIモデル、EDAツールのライセンスを一体で提供する計画だ。

両社は、顧客の設計データをモデルの学習には利用せず、保存時と通信時の双方で暗号化すると説明している。データの保持期間や監査、アクセス権限についても設定できるとしている。

半導体の設計データは、企業の競争力に直結する機密情報だ。

学習に使われないことだけでなく、外部の計算基盤で処理することが各社の情報管理基準を満たすかどうかも確認する必要がある。データが実際に処理される国や地域、契約上の詳細な条件については、今回の発表では明らかになっていない。

また、両社が示しているのはサービス提供時の方針であり、第三者機関による独立した安全性監査の結果が公表されたわけではない。

半導体メーカーとの初期的な技術協力はすでに始まっているが、一般提供日や価格、設計時間の短縮率、PPAの改善率といった具体的な実測値は公表されていない。

GPT-Synopsysを使って設計したチップがサインオフを通過し、実際に量産されたという事例も、今回の発表には含まれていない。

導入効果を判断するには、AIが修正案を生成する速度だけでなく、再検証や技術者による確認まで含めた設計全体の所要時間を見る必要がある。

AIによって多数の設計候補を試せるようになっても、その分だけ解析に必要な計算資源が増えたり、誤った修正のやり直しに時間がかかったりすれば、開発全体として得られる効果は小さくなる可能性がある。計算資源とEDAライセンスをまとめたサービスの料金も、導入判断を左右する。

今後の顧客事例で注目すべきなのは、同じ設計条件の下で、消費電力・性能・面積を維持または改善しながら、サインオフまでに必要な時間と費用をどれだけ削減できたかという数字だ。

そこまで示されれば、GPT-Synopsysの価値を、単に「多くの設計案を試せる」という段階から、「実際のチップ開発をどれだけ短縮・効率化できるか」という尺度で評価できるようになる。