• 何が起きた: 東北大学などの研究チームが青色顔料の分子構造を改良し、白金を使わない正極触媒で最大出力密度902 mW/cm²を実現した。
  • なぜ重要か: 同じ条件で試験した2種類の触媒で最大出力に約21.2%の差が生じ、分子構造の違いが燃料電池の性能向上につながった。
  • 次に見るべき点: 負極に残る白金族金属の削減に加え、空気を使った場合の性能、長期耐久性、高性能触媒AZ-FO-30の供給体制が課題になる。

東北大学やイスラエル工科大学(Technion)などの研究チームが、青色顔料の分子構造を改良し、白金を使わない正極触媒で燃料電池の最大出力密度902 mW/cm²を実現した。東北大学が2026年9月29日に発表した。

安価な鉄を含む顔料を導電性炭素に担持し、アニオン交換膜(AEM)型燃料電池で性能を評価した。顔料を使った燃料電池触媒は以前から研究されてきたが、今回の研究では、分子構造の設計による触媒性能の向上を、実際の燃料電池セルの出力や連続運転まで結び付けて検証した。

ただし、試験セルの負極には白金族金属が使われている。今回示されたのは、燃料電池全体から白金族金属をなくした成果ではなく、酸素側の正極触媒を白金なしで高性能化した成果である。

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青い顔料の分子設計を、燃料電池の出力向上につなげる

燃料電池の正極では、酸素が電子を受け取る「酸素還元反応」が起こる。この反応はそのままでは進みにくいため、高い出力を得るには触媒が必要になる。

そこで広く使われてきたのが、白金の微粒子を炭素に担持した触媒である。白金は高い触媒活性を持つ一方、価格が高く、資源量にも制約がある。

アルカリ性の環境で動作するAEM型燃料電池は、酸性環境で動作する燃料電池に比べ、白金以外の材料を正極触媒として利用しやすい方式として研究されている。

研究チームが選んだのは、金属錯体を使った青色顔料である鉄アザフタロシアニン系の分子だ。中心にある鉄原子が酸素還元反応に関わり、その周囲を取り囲む分子構造を変えることで触媒の性質を調整できる。

ここで顔料そのものを燃料として使うわけではない。水素と酸素から電気を取り出す際、酸素側の反応を促進する触媒として利用する。

今回合成した2種類の分子では、通常の鉄フタロシアニンの周辺にあるベンゼン環の一部を、窒素を含む環へ置き換えた。

FeAzPc-4Nを導電性のケッチェンブラックに担持した触媒が「AZ-FT-30」、さらに窒素を多く含むFeAzPc-8N8Meを担持したものが「AZ-FO-30」である。

ただし、AZ-FO-30に使われる分子にはメチル基も含まれる。このため、両触媒の性能差を単純に「窒素原子の数が増えた効果」だけで説明することはできない。

分子を炭素の表面にどのような状態で配置するかも、触媒性能に影響する。

電子顕微鏡観察と元素分析では、鉄を含む分子が炭素表面に原子・分子レベルで分散し、大きな粒子として凝集していないことが確認された。導電性を持つ炭素と組み合わせることで、設計した分子を酸素還元反応に利用しやすい状態にしている。

顔料と炭素を組み合わせる発想自体は、今回初めて示されたものではない。

東北大学は2021年の研究発表で、安価なカーボンブラックを利用し、高温での焼成工程を必要としない触媒調製法を報告していた。

高温で炭化した後に活性点の構造を推定するタイプの触媒とは異なり、分子そのものを設計し、その構造と性能の関係を調べやすいことが特徴となる。今回の研究では、その分子設計の違いを実際の燃料電池セルの出力差まで結び付けた。

理論計算も、その関係を調べるために使われた。

密度汎関数理論(DFT)による計算では、反応途中で生じるOHが吸着した際の鉄と酸素の距離が、通常の鉄フタロシアニン、AZ-FT-30、AZ-FO-30の順に短くなった。

水分子を1個加えた計算モデルでも同じ傾向が確認され、AZ-FO-30ではOHが鉄の活性点により強く結合するという結果が得られた。この傾向は実験で確認された触媒活性の順序とも一致した。

ただし、これは計算によって反応機構を説明したものであり、実際に動作している燃料電池の中で鉄と酸素の結合距離を直接測定した結果ではない。

最大出力902 mW/cm²を支えた試験条件

80℃で行った燃料電池セルの試験では、AZ-FT-30が744 mW/cm²、AZ-FO-30が902 mW/cm²の最大出力密度を記録した。

東北大学の詳細発表によると、電気化学的表面積はAZ-FT-30が155.8 m²/g、AZ-FO-30が157.5 m²/gとほぼ同程度だった。

単純に反応に使える表面積が増えたから性能が向上したのではなく、分子構造そのものによる触媒活性の違いがセル性能に反映されたと研究チームは考えている。

比較項目 AZ-FT-30 AZ-FO-30
顔料分子 FeAzPc-4N FeAzPc-8N8Me
炭素担体 ケッチェンブラック ケッチェンブラック
電気化学的表面積 155.8 m²/g 157.5 m²/g
最大出力密度 744 mW/cm² 902 mW/cm²

同じセル試験条件では、AZ-FO-30の最大出力密度はAZ-FT-30を約21.2%上回った。これは2026年9月に公表された測定値から、(902÷744−1)×100として算出した値である。

論文の実験方法とセル評価によると、両触媒とも80℃で水素と酸素を供給し、正極・負極を大気圧より100 kPa高い圧力で運転した。

正極では触媒と炭素を合わせて1.5 mg/cm²、負極では白金・ルテニウムを合わせて0.6 mg/cm²の金属量を担持しており、この条件も両者で共通している。

したがって約21.2%という差は、同じ研究内で同条件の2種類の触媒について最大出力を比較した値である。空気を使った場合の性能差や、長期間運転した場合の性能差を示す数字ではない。

試験に使われたのは有効電極面積2.25 cm²の小型セルで、正極には空気ではなく酸素ガスを供給している。

実際の装置のように周囲の空気をそのまま取り込んだ場合でも、902 mW/cm²と同じ出力が得られるとは限らない。温度や圧力、酸素濃度を含む試験条件が、この数値の前提になる。

さらに、負極には白金とルテニウムを炭素に担持したPtRu/C触媒が使われた。

今回白金を使わない触媒に置き換えたのは、酸素還元反応を担う正極側である。水素側の負極からも白金族金属をなくした燃料電池ではない。

この違いは、燃料電池全体で白金族金属への依存度や製造コストをどこまで下げられるかを考えるうえで重要になる。

論文で最高水準とされているのも、金属フタロシアニン系触媒を正極に使ったAEM型燃料電池を、水素と酸素で動かした条件での文献比較である。

燃料電池全体、あるいはすべての非白金触媒を含めた世界最高記録という意味ではない。金属フタロシアニン系の分子触媒という材料群の中で、燃料電池セルの出力を大きく引き上げた成果と捉える必要がある。

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35時間の連続運転が示す、実用化までの距離

高い性能を示したAZ-FO-30を正極に使ったセルについて、研究チームは400 mA/cm²の一定電流密度で35時間の連続運転試験も行った。

その間に電圧は約12%低下し、平均低下率は2.4 mV/hだった。

最大出力を測定するだけでなく、分子触媒を組み込んだ燃料電池を一定時間動かし続け、性能がどの程度変化するかまで確認した点は今回の成果の一つである。

ただし、「902 mW/cm²の最大出力を35時間維持した」という意味ではない。

最大出力を測る試験と、一定の電流を流し続けながら電圧低下を測定する耐久試験は別の試験である。また、35時間で約12%の電圧低下が確認された段階であり、この結果だけから長期間使用できる燃料電池の寿命を推定することもできない。

触媒分子そのものの活性が高くても、実際の燃料電池では、酸素を触媒まで運び、反応に必要なイオンを移動させる必要がある。触媒層の中にどの程度の水分が存在するかも性能を左右する。

東北大学は今後の課題として、触媒層のイオン伝導性やガス輸送性能を改善することを挙げている。水分管理を含めた電極構造を最適化し、高出力と長期耐久性を両立させることを目指す。

つまり、今後の評価対象は分子単体の酸素還元活性だけではなく、電極や膜と組み合わせた状態で高い性能を維持できるかどうかへ広がっていく。

空気を使った場合の出力、さらに長時間の連続運転、起動と停止を繰り返す条件などは、実用化を判断するうえで今後確認したい項目になる。今回の35時間試験は、こうした条件までクリアしたことを示すものではない。

研究成果は、藪 浩教授、Dario R. Dekel教授らによる共同研究として、9月26日に査読誌『ACS Catalysis』のオンライン版で公開された。

今回示されたのは、分子構造の設計と燃料電池セルの性能との関係を検証した研究成果であり、商用燃料電池が完成したという発表ではない。

研究用触媒の販売は開始、高性能材料の供給は次の段階

AZ-FT-30については、AZUL Energyが製造し、2026年7月3日から富士フイルム和光純薬を通じて研究用試薬として販売されている。

AZUL Energyの販売開始発表では、製品名を「AZUL触媒(AZ-FT)」とし、電気化学反応向けの研究用触媒として提供している。

従来の共同研究や個別契約を通じた提供から、研究者が試薬カタログを通じて購入できる形へ移ったことになる。

他の研究機関でも材料を試しやすくなるため、こうした試薬販売は研究の広がりを支える。

ただし、すでに販売されているAZ-FT-30と、今回902 mW/cm²を記録したAZ-FO-30は別の材料である。

今回最も高い性能を示したAZ-FO-30が、すでに同じ形で市販されているわけではない。また、研究用試薬として購入できることと、商用燃料電池への採用や大量生産が始まっていることも分けて考える必要がある。

安価な鉄と炭素を利用できることは、白金への依存を減らす材料設計につながる。

一方、燃料電池全体のコストには、負極に残る白金族触媒だけでなく、電解質膜や電極の製造コスト、運転中の性能低下なども影響する。触媒材料そのものが安価だからといって、完成した燃料電池システムのコストがどの程度下がるかまで決まるわけではない。

高性能な分子を設計できる段階から、空気を使った燃料電池でも高い出力を維持し、長期間の運転や起動・停止を繰り返しても劣化を抑えられる段階へ進めるか。

そこが今後の開発を左右する。

正極の反応を高める分子設計と、長期間安定して使える電極構造の両方を実現できれば、この青色顔料を基にした触媒は、白金使用量を減らす燃料電池材料として、研究室での性能比較から実用化へ一歩近づくことになる。