DatabricksとLinux Foundationは2026年6月10日、AIエージェントのスキル、機械学習モデル、非構造化データなどをプラットフォーム間で共有するためのオープンかつベンダー中立なプロトコル「OpenSharing」を発表した。データ連携のデファクトスタンダードとしてすでに数千の企業に導入されている「Delta Sharing」の進化系と位置づけられており、AI開発と運用におけるアーキテクチャの分断を解消する基盤技術である。
これまで、企業のデータ共有は主にテーブル形式などの構造化データに限定されており、AIを高度に活用するための非構造化データやモデルそのものの共有には高い技術的障壁が存在していた。2021年にDatabricksがDelta Lakeのサブプロジェクトとして立ち上げたDelta Sharingは、企業が所有するデータを安全に外部と共有する枠組みを提供し、ゼロコピーによるコラボレーションを普及させた。OpenSharingは、この原則をAI技術の深層まで拡張し、モデルやエージェントスキルといった高度なデジタル資産を、特定のクラウド環境に依存せずに共有する仕組みを提供する。Linux Foundationというオープンソースの中立的な組織がホストすることで、業界全体の標準規格として定着することを目指している。
AIの開発が急速に進む中、企業は高度なモデルやエージェントスキルを構築しても、それを外部のパートナー企業や顧客へ提供するプロセスにおいて多くの制約に直面してきた。システム間でのアセットのコピーや手動によるファイルの転送、あるいは特定ベンダーのマーケットプレイスを通じた制限付きの配布が必要となり、運用コストやセキュリティリスクが増大していた。OpenSharingは標準化されたAPIを用いることで、プラットフォームを問わずAI資産の発見、認証、アクセス制御を一元的に処理できる。これにより、企業間の安全なデータ共有とAIによる自律的な処理が技術的な摩擦なく実行できるようになる。単一の組織内にとどまっていたAIの恩恵が、外部のエコシステムへ直接的に提供可能となる意義は大きい。
ベンダーロックインからの脱却とオープン標準の重要性
現代のデータ基盤とAIエコシステムにおいて、特定のプラットフォームやクラウドインフラへの依存度を下げることは、企業のIT戦略における最優先課題の一つとなっている。OpenSharingの中核的な思想は、企業を単一ベンダーの囲い込み(ロックイン)から解放することにある。AIモデルやエージェントのスキルセットを他組織と共有する際、従来であれば双方の企業が同一のシステムを導入するか、あるいは高額なシステムインテグレーション費用を投じて専用の接続環境を開発する必要があった。
OpenSharingは、共有のための標準的なプロトコルを提供することで、こうした構造的な課題を根本から解決する。データプロバイダーは、自社が開発した独自のAIスキルやモデルを一度公開するだけで、異なるプラットフォームを利用する多数のコンシューマーへ安全にアクセス権を付与できる。物理的なデータの複製を必要としないゼロコピーの仕組みにより、常に最新のAIモデルやデータセットへアクセスさせることが可能となり、セキュリティレベルの維持と運用コストの削減を同時に達成する。Databricksの共同創業者兼CTOであるMatei Zahariaは、過去のDelta Sharingの実績を引用し、業界が閉鎖的な環境よりもオープンな規格を選択してきた歴史的経緯に言及している。
このオープンなアプローチは、AI資産の収益化という観点でも極めて重要な意味を持つ。データやAIモデルを提供する企業は、プラットフォーム固有の制限を受けることなく、自社の資産をより広範な市場へ流通させることができる。標準化されたアクセス制御と認証メカニズムによって、知的財産を保護しながら、必要な相手にのみ適切な単位でリソースへのアクセスを許可するビジネスモデルが構築可能となる。オープン標準の導入は、システムアーキテクチャの柔軟性を高め、将来的な技術移行時のコストやリスクを低減させる。特定のベンダーが提供するマーケットプレイスのルールの影響を受けず、プロバイダー自身が管理権を維持したままデジタル資産の取引を行える点は、エンタープライズ企業にとって大きな利点となる。
複数フォーマットのサポートとIceberg対応によるエコシステムの拡張
OpenSharingは、データエンジニアリングの分野で普及が進む複数のオープンテーブルフォーマットに対する相互運用性を確保している。その中でも特に注目されるのが、新たに組み込まれたApache Iceberg IRCクライアントのサポートである。これまでDelta Sharingを通じてDatabricksやApache Spark、Oracle、Snowflakeといったプラットフォーム間でのデータ共有が行われてきたが、Icebergのネイティブサポートが追加されたことにより、アクセス可能なコンシューマーの裾野がさらに拡大した。
Apache Icebergは、巨大な分析データセットを管理するためのオープンテーブルフォーマットとして多くの企業で採用されており、その技術基盤にネイティブに対応することは、OpenSharingが真のプラットフォーム非依存を実現するための重要なステップである。データプロバイダーは、利用者の環境がDelta LakeベースであってもIcebergベースであっても、単一のOpenSharingプロトコルを通じてデータやAI資産を提供できる。アーキテクチャの差異をプロトコル層で吸収することで、データ環境の断片化を防ぎ、より一貫性のあるコラボレーションモデルを構築する。
加えて、OpenSharingは複数のデータ環境が混在するハイブリッドクラウドの運用においても利点を備えている。企業のデータレイクやデータウェアハウスは、歴史的経緯や部門ごとの要件によって異なるテクノロジーが採用されることが多い。異なるフォーマット間の互換性を担保するプロトコルの存在は、組織内のデータサイロを打破し、全社的なデータ統合とAI活用を推進する原動力となる。データエンジニアはフォーマット変換やETLプロセスの開発に費やす時間を削減し、AIモデルの構築やデータ分析といった付加価値の高い業務に集中することが可能になる。複数のツールチェーンを横断して同一のプロトコルで接続できる環境は、データ管理の複雑性を大幅に低下させる効果を持つ。
オンプレミス環境とクラウドAIの直接接続
金融機関や医療機関、政府系組織など、厳格なコンプライアンス要件やデータ主権の問題から、重要データをオンプレミス環境やプライベートクラウドの内部に保持し続けなければならない企業は多い。クラウドベースの強力なAIプラットフォームを利用したくても、データを外部のパブリッククラウドへ移動させることが許されないという技術的なジレンマが存在していた。OpenSharingは、オンプレミスストレージパートナーとの直接的な統合機能を提供することで、この長年の課題に対する解決策を提示している。
Everpure、MinIO、Qumuloといったオンプレミス向けストレージソリューションのプロバイダーは、マネージドなOpenSharingサービスをすでに提供開始している。これにより、企業は自社のデータセンター内部にデータを保管したまま、クラウド上の分析プラットフォームやAIエンジンから直接データへアクセスさせることが可能となる。データの移動に伴う高額な通信コスト、データ転送時のセキュリティリスク、さらには複数環境でのデータ散在によるガバナンスの低下を回避できる。
今後、Cohesity、Commvault、HPE、NetApp、Nutanix、Rubrik、VAST Dataといったエンタープライズインフラストラクチャの主要プレイヤーもOpenSharingへの対応を予定している。この広範なストレージベンダーの賛同は、オンプレミス環境におけるデータ活用の在り方を大きく変容させる可能性を持つ。最先端のAIテクノロジーの恩恵を、セキュリティやコンプライアンスの壁に阻まれていた旧来のインフラストラクチャ上でも享受できるようになるため、機密性の高いデータを扱う大手企業におけるAIプラットフォームの採用ペースが一段と加速することが予想される。
業界全体へ波及するエコシステムの形成と長期的な展望
OpenSharingの設立には、AIおよびデータ産業を牽引する多様な企業からの支持が集まっている。OpenAIはDatabricksとの協力を通じて、AI資産の発見とアクセス権付与を標準化する取り組みに賛同を示している。旅行業界におけるITインフラの要であるAmadeusは、業界全体にまたがるエコシステムの中でAIを統合的かつスケーラブルに運用するために、セキュアなデータ交換基盤が必須であると説明している。データの相互運用性が、個別のシステム最適化を超えて業界規模でのサービス向上へ直結していることが分かる。
また、金融および決済インフラを提供するLSEGやStripeは、財務データや決済トランザクションという極めて秘匿性の高い情報を安全に分析・共有するための手段として、OpenSharingを自社システムへネイティブに組み込んでいる。顧客が自身の利用するツールや環境に合わせてデータを分析できる柔軟性の提供は、データ基盤としての付加価値を大きく高める。金融領域に限らず、マーケティングデータを扱うAcxiomやヘルスケアデータを提供するKythera Labsなど、業界特有の専門的な要件を持つ企業がこぞってOpenSharingの採用を進めている。
Linux Foundationという中立的な組織の下でコミュニティ主導のガバナンスが構築されることで、OpenSharingは特定のベンダーによる恣意的な仕様変更やライセンスの制約を受けることなく、長期間にわたって安定した標準規格として定着していくとみられる。自律的なエージェント型プログラム同士が情報を交換してタスクを処理する領域において、システム間の通信をセキュアに仲介するインフラストラクチャの役割はますます大きくなる。OpenSharingの普及は、企業間でのデータ流通とAIエコシステムの拡張を後押しし、次世代の技術基盤としての地位を確立していくと考えられる。