2025年5月23日、台湾・台北で開催されたアジア最大級のICT見本市「Computex 2025」において、SSDコントローラ開発の雄であるPhison Electronics (以下、Phison) が、次世代規格PCI Express Gen 6 (以下、PCIe Gen 6) に対応したSSDコントローラ「PT1601」のプロトタイプを世界で初めて公開した。現場のデモンストレーションでは、1レーンあたり単方向で64Gbpsという驚異的な帯域幅が示され、ストレージ技術が新たな次元へと突入することを強烈に印象付けている。
PCIe Gen 6とは何か? なぜ今、これほどまでに注目されるのか
PCI Expressは、PCやサーバー内部でCPUやGPU、ストレージなどのコンポーネント間を接続するための高速インターフェース規格だ。世代が進化するごとに帯域幅は倍増しており、PCIe Gen 5では1レーンあたり単方向32Gbps(双方向で64GT/s)であったのに対し、PCIe Gen 6ではその倍、単方向64Gbps(双方向で128GT/s)を実現する。
この飛躍的な帯域幅向上の鍵を握るのが、PAM4 (Pulse Amplitude Modulation with 4 levels) と呼ばれる信号変調方式の採用だ。従来のNRZ (Non-Return-to-Zero) 方式が0と1の2つの信号レベルでデータを表現していたのに対し、PAM4では4つの信号レベルを用いることで、同じクロック周波数で2倍の情報を伝送できる。これにより、物理的な配線変更を最小限に抑えつつ、劇的な高速化を達成したわけだ。
では、なぜ今、これほどの高速インターフェースが求められているのだろうか。その背景には、AI(人工知能)や機械学習(ML)、ビッグデータ解析、高性能コンピューティング(HPC)といった、膨大なデータをリアルタイムに処理する必要があるアプリケーションの急増がある。これらの分野では、CPUやGPUの処理能力向上に伴い、ストレージアクセスがボトルネックとなるケースが増えており、より高速なデータ転送が渇望されていたのだ。PCIe Gen 6は、まさにこうした時代の要請に応える技術と言えるだろう。
Phison PT1601、そのベールを脱いだ詳細
今回Phisonが発表したPT1601は、このPCIe Gen 6インターフェースにネイティブ対応したSSDコントローラのプロトタイプである。Computexの同社ブースでは、PT1601を搭載したテストベッド上で動作デモが行われ、その実力が示された。
特筆すべきは、1レーンあたり単方向64Gbpsという圧倒的な帯域幅だ。現在のハイエンドM.2 SSDで主流のPCIe Gen 4 x4(4レーン)構成の理論帯域幅が約8GB/s、最新のPCIe Gen 5 x4 SSDでも約16GB/sであるのに対し、PT1601をx4レーン構成で利用した場合、単純計算で256Gbps、つまり32GB/sものデータ転送速度が視野に入ってくる。これは、数十GBクラスの大容量ファイルもわずか数秒で転送可能になることを意味し、そのインパクトは計り知れない。
展示されたテストプラットフォームは、SSD設計者がコントローラの各フラッシュチャネル、コア制御コンポーネント、さらには多様なコントローラレベルの調整機能を詳細にテストできるようになっており、Phisonが単にコントローラチップを提供するだけでなく、SSD開発を包括的にサポートする姿勢の表れとも言えるだろう。
高速化を支える縁の下の力持ち:リドライバーとリタイマーの役割
PCIeのデータ転送速度が向上するにつれて、信号の品質を維持することがますます困難かつ重要になる。特にPCIe Gen 6のような超高速域では、信号の減衰やジッター(時間的な揺らぎ)がデータエラーを引き起こすリスクが高まる。Phisonはこの課題に対応するため、PT1601コントローラと合わせて、PCIe 6.0 x4に対応したデジタル信号技術、そして信号品質を向上させるためのリドライバー (re-driver) とリタイマー (retimer) も展示した。
リドライバーは、減衰した信号を増幅し、伝送距離を延ばす役割を担う。一方、リタイマーはより高度なデバイスで、信号を一旦終端し、クロックを再生成してジッターを除去、波形を整形した上で再送出する。これにより、信号の完全性(インテグリティ)を大幅に向上させることができるのだ。
Phisonがこれらのコンポーネントも自社で開発・提供することは、SSDメーカーにとって、より安定した高性能なPCIe Gen 6 SSDを開発する上で大きな助けとなるはずだ。特にマザーボードや拡張カード上の配線が複雑化・長距離化する中で、これらの信号補強技術は不可欠と言えるだろう。
Phisonの戦略と次世代ストレージへの展望
Phisonは、独立系SSDコントローラメーカーとして長年市場をリードしてきた実績を持つ。SamsungやWestern Digital/KioxiaのようなNANDフラッシュメモリからSSDまでを垂直統合で手がけるメーカーとは異なり、幅広いSSDブランドに対してコントローラや関連ソリューションを提供するビジネスモデルで知られている。
今回のPT1601の発表は、Phisonが次世代ストレージ技術においてもリーダーシップを維持しようとする強い意志の表れだ。同社はコントローラチップだけでなく、ファームウェアの開発、そして今回注目されたリドライバーやリタイマーといった周辺コンポーネントまで含めた包括的なソリューションを提供することで、顧客であるSSDメーカーの開発サイクル短縮と製品競争力向上に貢献している。
PT1601を搭載したSSD製品が実際に市場に登場するのは、まだ少し先になるだろう。一般的に、新しいPCIe世代のコントローラが発表されてから、対応するSSD製品が普及価格帯に降りてくるまでには1年から2年程度のタイムラグがある。しかし、データセンターやワークステーションといったエンタープライズ市場、あるいは性能を追求するハイエンドコンシューマ市場から、徐々に採用が始まると予想される。
PCIe Gen 6エコシステムの成熟には、CPUやチップセット、マザーボード側の対応も不可欠だ。AMDやIntelといったプラットフォーム側の巨人たちが、いつPCIe Gen 6を本格的にサポートし始めるかが、普及の鍵を握るだろう。
PT1601のインパクトと今後の課題
今回のPhison PT1601の発表は、間違いなくストレージ業界における大きなマイルストーンだ。その圧倒的な性能は、これまで想像もできなかったようなアプリケーションやワークフローを可能にするポテンシャルを秘めている。例えば、8K/16Kといった超高解像度ビデオ編集、リアルタイムでの大規模シミュレーション、より高度なAIモデルの学習と推論など、データ集約型タスクの効率を劇的に改善するだろう。
しかし、いくつかの課題も考慮に入れる必要がある。まず、これほどの高性能化に伴う消費電力と発熱の問題だ。特にM.2のようなコンパクトなフォームファクタでは、冷却が大きな課題となる可能性がある。また、コントローラ自体の製造コストや、対応するNANDフラッシュメモリの性能要求も高まり、初期のPCIe Gen 6 SSDは非常に高価になることが予想される。
競合他社の動向も気になるところだ。Silicon Motion (SMI) やInnoGritといった他の独立系コントローラメーカーも、PCIe Gen 6対応コントローラの開発を進めているはずであり、市場競争は今後さらに激化するだろう。
それでもなお、Phison PT1601が示した技術的到達点は、ストレージの未来に対する期待を大きく膨らませるものだ。PCIe Gen 7、Gen 8へと続く技術革新のロードマップも既に議論され始めている中、PT1601はその重要な一歩となるだろう。
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