長らく続いたDRAM(記憶保持動作が必要な半導体メモリ)価格の上昇トレンドに、ようやく変化の兆しが見え始めた。特に最新規格であるDDR5メモリの高騰が鈍化し、市場全体が2025年第3四半期に向けて安定化する可能性が、市場調査会社TrendForceの最新レポートで示されたのだ。PC自作ユーザーや新たなデバイス購入を検討している人々にとっては、一筋の光明と言えるかもしれない。しかし、その一方でAI(人工知能)サーバー向けの需要は依然として旺盛で、市場全体を一括りにはできない複雑な様相を呈している。
加熱するDDR5市場に変化の風、DDR4への一時的揺り戻しも
ここ数ヶ月、DRAM価格は上昇の一途を辿ってきた。しかし、TrendForceが2025年5月28日に発表したレポートによると、特にDDR5メモリの価格上昇の勢いがここにきて弱まっているという。DDR5のスポット価格(変動する市場価格)は、一部で契約価格(大口顧客向けの固定価格)を上回るほど高騰していたが、ようやくその過熱感も落ち着きを見せ始めているようだ。

このDDR5価格の高止まりを受け、バイヤーやトレーダーの間では、より価格が安定しているDDR4メモリへの関心が再び高まっているという。実際、代表的なDDR4チップである「1Gx8 3200MT/s」のスポット価格は、わずか1週間で2.18ドルから2.46ドルへと12.8%もの急騰を見せた。これは一時的な需要シフトの影響と考えられるが、専門家はこうしたDDR4の急激な価格上昇も長くは続かず、第3四半期には落ち着きを取り戻すと見ている。今後はスポット価格の上昇も緩やかになり、契約価格が徐々に追いつくことで、両者の価格差は縮小していくとの予測だ。
NANDフラッシュ市場も沈静化へ、高値警戒感と供給増が影響か
DRAMと同様に価格上昇が続いていたNANDフラッシュメモリ市場にも、変化の兆しが見られる。2月下旬から続いていた価格上昇により、NANDフラッシュのスポット価格は高値圏に達していた。しかし、TrendForceの分析では、サプライヤーが積極的に製品供給を増やした結果、市場の購買意欲は低下し、価格照会や実際の取引は減速しているという。

具体的には、512Gb TLC(Triple-Level Cell、1つのメモリセルに3ビットの情報を記録する方式)ウェハーのスポット価格は、2.73ドルと前週比で0.18%のわずかな下落を見せた。これは、市場が様子見姿勢を強めていることの表れと言えるだろう。数ヶ月にわたる急激な価格上昇の後、NANDフラッシュ市場もようやく安定化に向かう可能性が示唆されている。
価格変動の背景:在庫調整、生産戦略、そして地政学的リスク
なぜ、このような価格変動が起きているのだろうか。その背景には、いくつかの複合的な要因が存在すると考えられる。
第一に、OEMメーカー(相手先ブランドによる生産を行う企業)による在庫調整と慎重な調達戦略が挙げられる。2024年末の予測では、PC、サーバー、GPU市場全体でDRAM価格が2025年初頭に下落する可能性が指摘されていた。これは、OEMメーカーが在庫調整を進め、慎重な購買戦略をとったためと分析されている。この動きが、現在の価格安定化の一因となっている可能性がある。
第二に、大手メモリメーカーの生産戦略の転換だ。Samsung、Micron、SK hynixといった主要DRAMメーカーが、中国メーカーとの価格競争激化を理由に、旧世代のDDR4生産から撤退しつつあると報じている。さらに驚くべきことに、中国の大手メモリメーカーであるCXMTも、北京政府の意向を受け、同時期にDDR4生産を終了する可能性があるという。このDDR4供給の先細り懸念が、前述した一時的なDDR4価格の急騰に繋がった可能性も否定できない。将来的にはDDR5への完全移行が進む中で、過渡期的な価格変動が起きていると言えるだろう。
第三の要因として、地政学的リスク、特に米国の関税政策の影響も見逃せない。Trump大統領が発表した輸入関税の90日間の猶予期間を受け、多くの企業が関税適用前にメモリチップを確保しようと在庫を積み増した可能性があるというのだ。実際、8GB DDR4チップの平均市場価格は、3月の1.37ドルから4月には1.65ドルへ、そして5月には2.10ドルへと、2ヶ月連続で20%以上も急騰した。この「駆け込み需要」が、DRAM全体の価格を押し上げる一因となったことは想像に難くない。関税問題の行方によっては、再び市場が不安定化するリスクもはらんでいる。
AIサーバー市場は別格の熱気、エンタープライズSSDは供給逼迫も
しかし、メモリ市場全体が沈静化に向かっているわけではない。特にAI(人工知能)分野における需要は、依然として爆発的な伸びを見せている。TrendForceの別のレポートによれば、エンタープライズ向けSSD(ソリッドステートドライブ)の需要が、AIサーバーへの投資拡大によって急増しているという。
北米の大手クラウドサービスプロバイダー各社がAIインフラへの投資を加速させており、これがデータセンターにおける高性能SSDの需要を強力に牽引しているのだ。この結果、エンタープライズSSDの価格は2025年第3四半期に最大で10%上昇する可能性があるとTrendForceは予測している。在庫は依然として逼迫しており、旺盛な需要に供給が追いつかない状況が続く可能性も指摘されている。このセグメントにおいては、価格安定化はまだ先の話となりそうだ。
今後の展望と消費者への影響:2025年Q3以降、市場はどう動くか
これらの情報を総合すると、2025年第3四半期以降のメモリ市場は、全体としては緩やかな安定化に向かうものの、セグメントによって温度差が生じる展開が予想される。
消費者向けのPCパーツ市場においては、DDR5メモリやNANDフラッシュの価格高騰に一応のブレーキがかかり、これまでのような急激な値上がりは避けられる可能性が高い。スポット価格と契約価格の差も徐々に縮小し、より予測しやすい市場環境へと移行していくのではないだろうか。これは、新しいPCの購入やアップグレードを計画しているユーザーにとっては朗報と言えるだろう。
ただし、DDR4メモリの供給動向には引き続き注意が必要だ。大手メーカーが生産を縮小していく中で、短期的には価格が不安定になる局面も考えられる。長期的に見ればDDR5への移行が主流となることは間違いないが、既存のDDR4システムを使い続けたいユーザーにとっては、価格と供給のバランスを見極める必要がありそうだ。
一方で、AI関連の投資は今後も継続的な成長が見込まれるため、エンタープライズ向けSSDや高性能DRAMの需要は高止まりし、価格も高水準で推移する可能性が高い。この分野の動向は、メモリ市場全体の需給バランスにも影響を与えるため、注視していく必要がある。
安定化への期待とAIという巨大な変数
長らく続いたメモリ価格の上昇局面は、ようやく転換点を迎えようとしている。2025年第3四半期には、DRAM市場全体が安定化に向かうとの見通しは、多くの消費者や企業にとって歓迎すべきニュースだろう。しかし、その道のりは平坦ではないかもしれない。
AIという巨大な技術トレンドは、特定のメモリセグメントにおいて依然として強力な需要を生み出し続けており、市場全体の予測を複雑にしている。また、国際情勢や各メーカーの生産戦略といった不確定要素も多く、予断を許さない状況が続く。
私たち消費者は、こうした市場のダイナミズムを理解し、短期的な価格変動に一喜一憂することなく、自身のニーズと予算、そして長期的な視点を持って製品選びを行うことが肝要ではないだろうか。
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